第421話 サーカスは燃えているか
二度運命を奪われた俺は、運命が戻ってくる感覚というのが分かるようになっていた。
「……」
むくり、と起きる。すると、目の前にサンドラの顔がある。
「良かった、起きた」
「めちゃくちゃ顔が近い」
「愛してるから」
「俺も愛してるよ。それはそれとして退いてくれるか?」
「やだ」
「ワガママ嫁め」
俺は仕方ないので、キスを一つしてサンドラを抱きしめながら状況を確認する。
すると、サンドラだけでなく、アイス、トキシィの二人も俺のすぐそばに寄り添っていてくれたことが分かった。それぞれひどく心配そうな目つきで、俺を見つめている。
「ウェイドっ! 大丈夫……? き、傷は全部治したし、途中からその、勝手に治ってったけど……!」
「大丈夫だ、トキシィ。心配かけたな」
「よかったぁ……! もー……! 心配させないでってばぁー……!」
俺のことをポカポカ叩きながら、トキシィは俺に泣きついてくる。俺は「ごめんな」と苦笑しながら、トキシィも一緒に抱き留める。
それから、アイスを見た。アイスは唇を噛んで、思いつめたような目で俺を見つめている。
「……アイスも、ごめんな。心配かけてさ」
「―――ううん。ウェイドくんを、守れて良かった……! でもね、ウェイドくん。少し、お話ししたいことがある、の」
「何だ?」
俺が答えると、アイスは深呼吸して、話し始める。
「その、ね? ウェイドくんが、フェンリル君に負けるところ、わたし、見てて」
言われて、俺はドキリとする。「えっ、と……」と言葉に詰まると、アイスは「ウェイドくん……! あの、ね?」と強い目で俺を見つめてくる。
そこで、巨大な破壊音が聞こえて、俺たちは一斉に振り返った。
「……は?」
フェンリルによって、瓦礫だらけになったバザール。だが、俺たちの視線の先、サーカスには、それよりも遥かに巨大な破壊がもたらされていた。
それは、蛇だった。真っ白で、尻尾の代わりに胴体の両端に頭の付いた蛇。
それが、恐らく、全長十数キロはありそうな巨大すぎる体で、暴れまわっている。
「……!」
遠巻きに見ているから、というのもあるが、その蛇と比べて見ると、まるでその足元にあるサーカス区域が、ミニチュアめいて見えた。
「いや、で、デカすぎだろ……! スールとフェンリルでもかなりデカかったのに、アレは……!」
元から神話の連中を相手取ってはいたが、とうとう事態が神話スケールになってきてしまった、と俺はゴクリ唾を飲み下す。
それから、三人に鋭く告げた。
「すまん、アイス。話は後にしよう。三人とも、まずはサーカスに急行する! それから状況を見て指示を出すから、その通りに動いてくれ」
「「りょ、「了解」!」」
アイスとトキシィがどもり、サンドラだけはいつも通りに頷いて、俺たちは立ち上がる。
「全員、上手く受け身は取れるな!? オブジェクトポイントチェンジ!」
俺は自分含めた四人全員に重力魔法を掛けて、揃って空に落下した。
「ひゃ、ひゃあああっ」「うわっ、これっ、これ思ったより不安!」「楽しい」
アイスは悲鳴を上げ、トキシィはまごつき、サンドラは無表情で楽しんでいる。それぞれに個性が出るなぁとか思いながら、俺は魔法を調整してさらに速度を上げる。
そうして、俺たちは十数秒と立たずに、サーカスへとたどり着いていた。魔法を切って着地すると、アイスは氷鳥に自身を受け止めさせ、トキシィ、サンドラは自力で降り立つ。
サーカスは、遠巻きに見た以上の大惨事に陥っていた。
フェンリルの何百倍か、という巨躯の蛇、恐らくヨルムンガンドの暴虐に、サーカスの街並みはすでに半分以上が瓦礫と化していた。
場所を問わず火が上がり、道端にはスラムよりもずっと多い死体の山が築かれている。復活できる魔人たちも、この事態にはパニックに悲鳴と怒号をあげるばかり。
「邪魔だどけぐばっ」
突進してきた魔人を重力魔法で掴んで壁にぶつけつつ、俺は周囲を見回して、指示を出す。
「道にいるとその辺の魔人たちが敵になりそうだな。アイス、氷鳥に乗せてくれるか? ゆっくり飛んで状況把握したい」
「う、うん……!」
アイスの作り出した巨大な氷鳥に、四人で乗り込む。氷鳥は高く跳びあがり、それからゆっくりと上空を旋回した。
スラム、バザールと災禍が続いたのもあって、かなりの数の魔人がサーカスに集まっていた。それがこのヨルムンガンドの出現により、一気に大パニックに陥った、と言うのが顛末らしい。
俺は地上の大混乱を分析しつつ、顔を上げた。
そこには、視界すべてを覆い尽くすようなヨルムンガンドが、二つの頭で暴れている。尻尾はなく、両端に頭を付けた怪物は、お互いに食い合っているように見えた。
「……なぁ、ヨルムンガンドって、こんな特徴だったか? 頭二つあるとか、聞いてないぞ」
「そうだよね。私もそう聞いてるよ、ウェイド。ヨルムンガンドは、すっごい大きい蛇ってだけで、こんな、頭が二つあって、争い合ってるなんて知らない」
トキシィの補足に、俺は考える。
元々、ローロ率いる魔人連中は、自らの分け身を食らって神話の怪物として顕現し、俺たちを殺すことが目的だったはずだ。
だが、現状ヨルムンガンドは完全とは言い難い状況で蘇ったし、そもそも俺たちに見向きもしない。
何か、ローロたちの方でも異常事態が起こっている。そう見るのがいいだろう。
そう思っていると、アイスが「あっ……!」と声を上げた。
「みんな、見て……! あそこに、ローロちゃんと、キリエさん、が」
「っ! どこだ!」
アイスの指差した場所を見下ろす。すると、必死に逃げるキリエと、ゆったりとそれを追うローロの姿が見て取れた。
「降りる! ついてこれる奴はサポート頼む!」
「あたしが行く」
俺が即時飛び降りると、すぐにサンドラがついてくる。俺たちは自由落下して、地面スレスレで魔法を使って勢いを殺し、着地する。
そこは、ちょうどキリエとローロの間だった。俺たちの唐突な登場に、ローロ、キリエは揃って目を丸くする。
「わ~っ♡ ご主人様、もうローロのことが恋しくなっちゃったの~? も~、ご主人様ったら、ローロのこと大好きなんだから~!」
「うぇ、ウェイド! どうしてここに、いや、助けて! あいつキリエのこと襲ってきてて」
続いてトキシィがヒュドラの翼を広げて降りてくる。俺は僅かに逡巡して、「みんな!」と大声で指示を出した。
「キリエを保護して、なるべく遠くまで逃げてくれ! 俺はローロを相手する!」
「「「了解!」」」
いの一番にサンドラがキリエに肉薄し、素早くキリエを抱えあげて走り去っていく。それについていくように、トキシィ、アイスと続いて遠ざかっていった。
そうして、俺はローロと対峙する。ローロは変わらず、揶揄うような、挑発的な笑みで俺を見つめている。
「も~♡ ローロと二人っきりになりたいなら、そう言ってくれればいいのに~♡ ご主人様ったら、素直じゃないんだから~♡」
ローロは体をくねくねさせながら、そんなふざけたことを言っている。まるで、まだ敵対していなかった今朝のように。
―――いいや。
恐らく、ローロ含めた全員が、俺たちの敵になったつもりは、本当にないのだろう。
俺は言う。
「……素直じゃないのは、お前だろ、ローロ」
俺の言葉に、ローロはピタ、と動きを止めた。それから「ん~……」と少し考える様子を見せて、俺に問う。
「ご主人様は~……どこまで、分かってるの?」
「……お前らに、隠してる狙いがあること。そのために、お前ら自身色々制限の中で動いていること。そして……この戦いが、茶番だってこと」
明確に、何がどう、という事は分かっていない。だが、ローロたちは敵じゃない。ヘルと再会した土壇場でおかしくなって、こんなことをした訳じゃない。
ローロたちは、まともなまま、まともな考えで、俺たちと戦うことを決めた。
それだけは、確信を持って言える。ローロは突如おかしくなったのではない。目的があって、こうして俺たちに立ち塞がっている。
そう俺が睨むと、ローロは微笑んだ。
「ローロのこと、この期に及んで信じてくれるの~? ……嬉しいな。やっぱりご主人様は、優しくて、素敵な人♡」
でもね、とローロは言う。
「ローロは、嘘は吐いてないんだ~。ご主人様たち全員殺して魔人にすれば、みんな仲良し大ハッピー! っていうのは、嘘じゃない。それも一つの目標」
それを聞いて、俺は苦笑する。
「まぁ、そんな気はしてたけどな」
「にひひっ♡ ローロとご主人様、通じ合ってる~♡」
不思議な気持ちだ、と思う。憎くない。敵意もそうない。むしろ身内に対する親愛すら感じている。だが、敵としてこうして向かい合っている。
「でも、ご主人様の見立ては、まぁ間違ってないかな~……? うん。そんなに間違ってない。当たってるとも言えないけど~」
「だろうな。で、それをお前は隠してる」
「うん♡ 隠すよ。ご主人様には絶対に教えな~い♡ それこそ、この戦いが終わっても、絶対にね」
「え、何でだよ。負けたら教えろよ」
「ぜ~ったい、ダメ~♡ 何でだか、教えてあげよっか?」
「……どっちなんだよ、という気持ちはあるが、教えてくれるなら教えてくれ」
「それはね~?」
にひひっ、とローロは笑う。
「ローロが、意地悪だから~♡」
ローロが、指を鳴らす。直後、ローロは跡形もなく消えた。
「―――――ッ」
やられた。と俺は周囲を振り返る。だがローロの気配はない。
「
第二の瞳、アジナーチャクラを起動する。すると、ずっと遠く、キリエを抱えて逃げていった三人の方に、ローロがいることに気付く。
「クソッ! 完全に嵌められた! これ団長キエロの使ってた幻覚か。アジナーチャクラ、ローロ相手には常に使ってる必要があるな」
とはいえ、そう大きく離れているわけではない。そう俺が追おうとした瞬間、殺気を感じて重力魔法で大きく跳び退った。
ヨルムンガンドの口が、俺が立っていた場所を大きくえぐって飲み込む。その一撃で、街並みの一区画がクレーターを残して消え去ってしまう。
「……そうだったな。忘れるところだった。お前を放置するのは、流石にできないな」
かつてないほど巨大な敵。見上げる先のもう一つの頭は、雲に隠れて見えないほど遠い。サーカスの広大な土地を、まるで小さな庭のように暴れまわるヨルムンガンド。
俺は大剣デュランダルを構え、世界蛇と対峙する。
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