第418話 守りたいと思うのは
ウェイドを抱えて逃げ出したアイスは、フェンリルから十分離れてから支配領域を解除した。
「っ」
途端、停止していたウェイドが動き出す。ウェイドの主観的には、一瞬の間に場所が変化したように映っただろう。
「ウェイドくん、大丈夫……!?」
そしてそれは、停止していた傷口から、再び血が流れだすことも意味していた。アイスは素早く傷口を凍らせて血を止めつつ、ウェイドの身を案じる。
「あ、ああ……。ちょっと調子が良くないけど、ひとまずは、問題ない……。……助けてくれてありがとな、アイス。ああ、クソ。俺は一体、何やってんだ」
ウェイドは、悔やむように首を振る。負けたことを恥じているのか。そうアイスは予想したが、違った。
「……俺は、贅沢だったんだ。強いに越したことはないんだ。でも、最近の俺は、強くなって失うばっかりで、どうかしてた」
何を悔やんでいるのか、アイスには分からない。けれど、ウェイドの言う事は、本当だ。
ウェイドはこれから、強くなる度に、失っていく。戦闘と言う楽しみを。対等な相手を。強くなり、完全に近づくにつれ、孤独になっていく。
アイスがそれに想いを馳せ、唇を噛むと、ウェイドは言った。
「……それにしても、アイス、いつの間に支配領域なんか、覚えたんだ? それ、ヘルの支配領域、だろ」
アイスの背筋に、ヒヤリとしたものが降りる。まさかヘルを食い殺しただなんて、そんなことはウェイドに知られたくない。
「え、えっと、あの、その、ね……?」
「すごいな……。俺の仲間は、みんな、本当にすごい。みんな、俺と並んで、ついてきて、くれる」
取り繕おうとするアイスに、しかしウェイドは、そもそもさほど興味はないようだった。
「たまに、俺のことを、追い越してくれる、くらいだ。みんな、本当に、すごい……」
それを聞いて、アイスは、胸がきゅっとする。それから、確信を深めるのだ。
やはり、アイスは間違っていなかった。アイスたちは、ウェイドについていこうと、死に物狂いで強くなってきた。
それは、ウェイドを孤独にしないことにつながると。ウェイドを守ることにつながると。
「アイスちゃんっ! ウェイドは―――」「アイス、それ」
そこで、トキシィ、サンドラの二人がアイスを見つけて合流した。「二人とも……!」とアイスは振り返る。
「ウェイド、それ」
トキシィが険しい顔で、ウェイドの失われた腕を見る。一方で、サンドラは目を見開いて、ウェイドに視線を向けながら、どこか焦点の合わない目で言った。
「チャクラが動いてない」
「はは……サンドラ、その、通り、だ。フェンリルの支配領域、には、運命を無効化する、力がある、らしい」
「……それ、事実上の死と同義」
サンドラの言葉に、アイスとトキシィはギョッとする。
「さ、サンドラちゃん、どういう、こと……?」
「前回ウェイドがダウンしたときに、アレクから詳しい話を聞いた。運命っていうのは、そういうもの。あればあるほど栄華に繋がり、無いと破滅、つまり死に繋がる」
「……フェンリルは、それで北欧神話の主神を、殺したん、だろ……? なら、そういう、ことだと思うぜ……」
死にかけで、ウェイドは補足する。アイスは、今ウェイドが死に瀕している、と思うと、心がざわめかないではいられなくなる。
だが、それでは、ダメだ。今、自分が動かなくて、どうするのだ。
「……ウェイドくん。一人で、待っていられる……? もちろん、氷兵はつける、けど……」
アイスの言葉に、トキシィが「えっ」と反応する。トキシィは優しい。ここまで追い込まれたウェイドに、誰か一人でもついているべきと考えたのだろう。
だが、フェンリルは強敵だ。この場の一人でも欠けては、きっと勝つのは難しい。
「……ああ。でも、任せていいのか……?」
ウェイドの心配そうな声色に、アイスは力強く頷く。
「うん……! わたしたちが、どうにかする、から。だから、信じて……!」
「……そうだな。じゃあ、任せて俺は、寝てることにする……」
ウェイドは、静かに目を閉じる。アイスはそっと囁いた。
「おやすみなさい、ウェイドくん……。起きる頃には、全部解決してるから、ね」
ほとんど気絶するようにして寝たのだろう。ウェイドは静かに、すーすーと寝息を吐いている。一応トキシィが様子を見て「直ちに問題はないみたい」と強張った顔で言う。
アイスは氷兵に三体呼び出して、ウェイドを担がせる。ともかく、離れた場所へ。安全だと思われる場所へ移動させる。
それからアイスは、二人に振り返った。
「二人とも、行こっか」
アイスが言うと、トキシィは少し驚いたようにびくりとし、それから「うん」と表情を引き締めて頷く。サンドラはすでに立ち上がり、「二人とも遅い」だなんて言っている。
そうして、三人は歩き出した。
フェンリルの場所は見れば分かる。バザールのどこから見ても、見つかるような巨躯。
「歩きながら、作戦を話す、ね」
アイスの言葉に、二人は首肯する。アイスは二人に、どうフェンリルを倒すのかを話し始める。
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