第413話 レンニルを追って

 スルトを下し、支配領域が解かれていく。それを確かめてから仲間に振り返ると、親父がぼろ泣きしていた。


「キモ」


「ウェイド~~~! お前、お前って奴は、立派に成長してくれてよぉ~~~!」


「ウザい」


 抱き着いて来ようとしたのを蹴り飛ばしてから、俺はトキシィに歩み寄る。


「勝った」


「うん、見てたよ。流石ウェイドだね」


「ウェイドちゃん褒められてメチャクチャ満足気―っ! トキシィちゃん愛されてるね~」


「やっ、ピリア、もう! いいの! 夫婦だからこれで!」


 三人で騒いで、カラカラと笑う。すると、両腕を失って倒れたスルトを見ながら、トキシィが言った。


「ね、ウェイド。全部終わったらさ、一緒に行ってほしいところがあるんだ」


「ん、いいぞ。どこに行きたいんだ?」


「……お父さんの、お墓参り。実はさ、その、色々事情があって、一回も行けてなくて。少し、勇気が必要で……それで」


 僅かに震えながら言うトキシィを抱き寄せて、俺は言う。


「ああ、行こう。全部ってなると、ローマン皇帝を倒した後か?」


「あはは、まだまだだいぶ先だね。でも、ちょうどいいかも。そのくらいにはきっと、……覚悟も、決まってると思うから」


「分かった、そうしよう」


 俺はトキシィに頷いてから、「よし」と気持ちを切り替える。


「遊んでる時間はない。次はどうする?」


「あ、ウェイドちゃんウェイドちゃん。実はねーっ、君のお師匠様ことムティーから伝言を預かってて」


「あのクソ師匠がどうしたって?」


 どこからともなく頭を叩かれる。何だムティーあいつ、遠隔でこっち監視してんのか? 暇かよ。


「内容は、『スルトどうにかしたら、次はバザールに来い』だって。多分ローロちゃんたち、そっちに向かったんじゃない?」


「なるほどな。分かった、じゃあ素直にそっちに向かおう」


 俺が頷くと、「あ、それでなんだけど」とトキシィが言う。


「アイスちゃん、今少し離れた廃墟に安置してるんだよね。隕石にやられないように、ピリアが細工だけしてくれたんだけど」


「そうか、アイス回収しなきゃだな」


「あとスルトも、このままだともしかすると死んでウェイドの近くに復活するかもだから、腕の傷の断面も止血しないと。思ったより事後処理あるね……」


 二人して苦笑である。少し考え、俺は言った。


「じゃあ俺と親父で先にバザール行ってるから、二人は後から合流って感じにするか?」


「うんっ、分かった。じゃあそんな感じで」


 トキシィたちと別れる。それから、倒れたスルトの姿を見た。


 スルトは、両腕を失って倒れていた。血を流し、今は失神している。そこにトキシィが近づいていった。諸々済ませるつもりなのだろう。


 と、そう思っていたら、ピリアが一人で、こそっと戻ってきて言った。


「ウェイドちゃん、さっきのケンカ、良かったよ。数百年越しに、ちょっと救われた気になった」


「え? 何の話だ?」


「秘密ーっ♪ じゃねっ、ウェイドちゃん」


 それだけ言って、ピリアは再び去っていく。俺はよく分からなくて首を傾げるばかりだ。


 その後、俺はスルトを見た。盛大にケンカをし、死なない程度にボコボコにした。


 今スルトは、腕を失って、失血の多さに失神しているところだ。ケンカの最中。やり合っている時は楽しかったが、こうやって残された惨たらしい姿を見ると、嫌な気持ちになる。


「……あいつらから向かってきたんだから、仕方ないんだけどな」


 傷つけずには勝てない。だが、どうやっても身内の無残な姿だ。思うところはあって当然だろう。俺は思考を切り替える。


 ともあれ、次の行動は決まった。


「ってわけだ。行くぞ親、じ……」


 俺は振り返る。そして、気付く。


 親父の姿が、薄くなっていることに。


「……親父?」


「あー、こりゃあ……悪いなウェイド。ここからってタイミングなのに、ちと魔法に限界が出たみたいだ」


 親父は肩を竦める。


「流石、神話級の巨人の攻撃を受け過ぎたみたいだな。むしろこの長期間、良くもたせられたもんだ。新記録だぜ」


「……一応確認するけど、それはその、その体がダメになるってだけで、本体に影響はないんだよな?」


「そりゃあそういう魔法だからな」


「そうか。ならいい。お疲れさん」


 俺が言ってそっぽを向くと、親父は「お~?」と薄くなった体で、俺の顔を覗き込んでくる。


「何だぁ? 心配してくれたのか? ウェイド」


「してねぇっての。はやく消えろ」


「はっはっは。まったくよ……ま、何だ」


 親父は最後の一瞬、本来の姿に戻りながら、こう言った。


「これ以上、お前に俺の力なんて必要ねぇよ。お前ならやり遂げると分かってる。俺は罪人らしく、大人しく檻の中で静かにしてるさ」


「言われるまでもねぇっての」


「そうだな。その通りだ。じゃ、元気でやれよ、ウェイド」


 そう言い残して、親父は風に流れるように消えていった。


 それを俺は見送るように見つめ、息を落とし、自分の顔を両手で叩く。


「よし、やるか」


 俺はスラムを駆け抜ける。次なる相手を求めて、バザールへと。











 クライナーツィルクス所属、リーダーキリエに続くナンバー2であるリィルが、最初にキリエに出会ったのは、バザールの隅で乞食をしていた頃だった。


 スラムで乞食をするのと、バザールで乞食をするのとでは訳が違う。スラムに行くのは、本当に何の価値もない奴だ。バザールでは、乞食にも価値が求められる。


『あ? 乞食か』


『ああ、本日も麗しゅうございます旦那様! どうか哀れなわたくしめに、お慈悲をいただけませんでしょうか……!』


 とにかく媚びへつらい、気分を良くしてもらう。優越感に浸らせられなければ、その時点でもうダメだ。


 そう。乞食にもスキルがいる。憐れみを誘う技術。とにかく褒めて気を良くしてもらう技術。とにかく相手に、良い感情をもたらす技術が求められる。


 しかも乞食にはリスクが伴う。失敗したら蹴られるし、奴隷狩りに見つかっても終わりだ。だから逃げ足も大事。


 だが代わりに、自由がある。乞食でも、奴隷にはない自由が。


 しかし、このニブルヘイムでは、そんなささやかな自由を謳歌することすら、まともに許されはしない。


『へへっ。ツイてるぜ。乞食からわざわざ近づいてきてくれるんだからな。奴隷納品の手間が省けて助かる』


『やめろーっ! 放せ! アタシは、乞食ではあっても奴隷じゃないッ!』


 まんまと連れ出されて奴隷保管用の倉庫に連れられ、リィルは拘束されていた。


 無論リィルは暴れた。暴れると拳が飛んできた。殴られた。何度も何度も殴られ、ボコボコにされた。


 こんなことなら、と舌を噛み千切ろうとした。だが、舌を噛み千切るのには、不死の魔人と言えど、勇気が要るものだ。


『んっ? あ、こいつ舌噛んで死のうとしてやがる! テメェ逃げようとしてんじゃねぇぞカスが!』


 そして、それがバレると、とことん念入りにボコボコにされた。舌噛み自殺すら出来ないほどに、ボコボコに。


 それで、リィルは思ったのだ。ああ、終わった、と。乞食をしながらも謳歌していた自由すら、奪われるのだ、と。


 リィルは結局、引きずられる形で、人攫いたちがを集める小屋の牢に入れられて、他のたち同様に、ボロボロの姿のまま転がされた。


 そうやって、静かに絶望していたから、その時には、驚いたものだ。


『こんにちはーっ、人攫いのみーなさんっ♪ バザールの活動拠点が必要になったので、ここ、もらっちゃいまーすっ☆』


 人攫いたちを切り刻みながら現れた、サーカスを思わせるピエロや団員などの仮装集団。その先頭に立つ、中性的な赤髪の魔人。


 人攫いたちはみるみる内に排除されていき、復活して襲い掛かった端から制圧された。その見事なやり口に、リィルはただただ見入っていた。


『お、こっちのは……なるほど、売りさばく前の奴隷ってとこかな? ま、用はないし、ここは解放してあげましょー☆』


 そうして、輝くように光を纏う赤髪の魔人に、優しく解放されながら、リィルは思ったのだ。


 今まで、乞食に身をやつしても奪われまいとしていた自由。


 その自由は、今ここで、赤髪の魔人―――キリエの出会うために、守っていたものだったのだと。






 だから。


「リーダーッ! リーダーぁぁぁあッ!」


「うるさいな、黙れよお前」


 追手。レンニルとか言う、リィルの分け身らしい魔人に掴まりながら、リィルは大声で叫んでいた。


 リィルが捕まった時、そのまま逃げたキリエ。


 でも、リィルは知っている。キリエは、リーダーは、決してクライナーツィルクスを見殺しにしない。


 絶対に助けに来てくれる。それを信じて、リィルは叫ぶ。

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