第412話 家族愛

 俺は正気に戻ったスールに切りかかりながら、こう叫んだ。


「憎しみで家族殺すからそんなグダグダになんだよバァ――――――カ!」


「!?」


 俺の言葉がスールの動揺を誘い過ぎたのか、スールは俺の剣を弾きながらも、明らかに剣先がブレていた。


「なっ、なにを、ウェイド様……!?」


「おいおい図星か!? これならまだ、さっきみたく泣きじゃくって駄々こねてる、ガキみたいなスールの方が強かったかもなぁ!」


「!?」


 俺は弾かれた剣を縮めてくるりと回転し、再び伸ばして一閃した。スールはまだ動揺が勝っているのか、先ほどのようなキレのある動きができずに防ぐばかりだ。


「なっ、何を、あなたは何を言っているのですか!」


「殺した親にいまだにグチグチ言ってるスールが気に食わねぇって言ってんだよ! 親殺ししたんだろ!? 乗り越えたんだろ!? ならグチグチ言い訳してんじゃねぇよ!」


「―――――ッ!」


 俺の言葉の主旨が分かったのか、スールはやっと表情を引き締めた。


「あなたにッ! あなたに何が分かる! 親から殺されかけた経験もないあなたに、何が!」


「はぁぁあああああ!? あるけど!? 親に殺されかけた経験なんか何度もあるが!? お前こそ『理解者なんてどこにもいませーん』みたいな被害者面止めろよバカが!」


「!?!??!??!?!?」


 俺の返しがよほど予想外だったのか、スールは目を白黒させながら俺と剣を切り結ぶ。


 スールは不利を悟ったのか、一歩大きく飛び退って、炎の剣を構えなおした。それから鋭く息を吐き、俺に突きを放ってくる。


 それを、俺は叩き潰した。コツはもう分かった。めちゃくちゃな速度も、もうついていける。俺はスールと、正面から渡り合える!


「なっ、い、いつの間にそれほど強く……!」


「対等かちょっと強いくらいの相手と戦ってんだ! このくらいまでならすぐに合わせられるっての! 舐めんな!」


「はっ? 合わせ? なんっ、いや、じゃ、じゃあ、今までワタシが見てきたウェイド様は、その真髄をまともに発揮していなかった、と……!?」


「そりゃあ格上がいなかったら、成長してもつまらなくなるだけだろ! つーか俺の話は良いんだよ! お前の話してんだろうが、スール!」


 怒鳴り合いながら、俺たちは切り合う。スールは苦しそうな顔をしながら、懸命に俺に張り合ってくる。


「ワタシのことはワタシのことです! 放っておいてください! ウェイド様の説教など、今更聞いて何になる!」


「説教!? しねぇーよ! だからケンカだって言ってんだろ! 俺と、お前で、お互いの気に食わねぇところをぶっ叩くって言う、それだけのケンカをよぉ!」


 俺はスールの剣を上に弾き、振ってきた隕石を野球ボールよろしくデュランダルで打った。隕石がスールの胴体にめり込み、初めてスールに有効打を入れる。


「ぐぅ……! こんな、この程度でッ!」


 スールの剣が、さらに早くなる。俺はまだそこまで合わせ終わっていなかったので、「まずっ」と言い残して、一回蒸発した。


 アナハタチャクラで復活する。けどぶっ壊れた。やっば、直撃受けたから残機がないぞ。油断できない。


 そんな地味に窮地の俺に、スールは畳みかけるように挑みかかってくる。


「ウェイド様はずるいのですよ! そんな圧倒的な強さをひけらかして! 自分が乗り越えた問題を、さも簡単に乗り越えられると言う! ワタシにとって、それがどれだけ大変かも知らずに!」


「乗り越えられるって何だよ! 親殺したんだろ!? 乗り越えた後ってことじゃないのかよ! 何で『まだ乗り越える前です大変です』みたいな顔してんだお前!」


「乗り越えてないからですよ!」


 スールの叩きつけに、俺は、目が慣れてきて、素早く動き回避した。ピリアが「うわっ、とうとう避けたよウェイドちゃん」とドン引きの声を上げる。うるさいなあいつ。


「父を殺せば、父の呪縛を乗り越えられると信じていた! けれど乗り越えられなかった! 殺してもなお、踊り食いしてなお、父の呪縛は強まっている!」


 スールは泣きながら、歯を食いしばりながら剣を振るう。


「何故! 何故なのですか! 愛してくれない父を一方的に殺して、唾棄して、何故いまだに父の影に脅かされなければならないのですか! ワタシはとっくに父より強い! 父を踊り食いにして、文字通り取り込んで、なのに、何で……!?」


 回避する俺を叩き潰そうと、まるでもぐら叩きみたいにして、スールは何度も駆け抜ける俺目がけて剣を地面に振り下ろす。地面がその威力にえぐれ、炭化し、ひび割れる。


 だが、俺はそんなこと気にせずに、スールに怒鳴った。


「お前が何も分かってねぇからだよバーカ!」


「――――何ですって!?」


 スールが泣きながらブチギレる。歯を食いしばり、純度100%の怒りで俺をもぐら叩きにしようとする。


 だが俺は、その剣を防いで、逆に弾き返した。俺は息を鋭く吐いて、がら空きの胴体に一撃入れる。


「がぁッ!」


「スール! お前は何にも分かってない! 何でザコの父親に自分が執着してるのか! 殺したはずなのに何でどうにもならないのか! 何にも分かってない!」


「が……な、ら、なら、教えてくださいよ……! 何で、何でワタシは、父から逃れられないのですか!」


 再び振り下ろされる炎の剣を、俺は正面からデュランダルで受け止める。


「んなもん、簡単だろうが! お前が、父親を愛してたからだろ!?」


「は――――――」


 俺は叫ぶ。


 すると、スールは顔から表情を失って、言った。


「ぶち殺します」


「ははははははははは! スール、ガン切れじゃん! ごめんそれは流石に面白い」


「ぶっ殺します!」


 スールは鬼の形相で俺に切りかかってくる。俺は防御しようとしたが、威力が高すぎて吹っ飛ばされる。やっべぇ煽り過ぎたかこれ! マズイマズイ!


「うわははははははは! いいぞスール! 楽しいケンカになってきたなぁ!」


「ウェイド様! あなただけは、絶対に、殺す!」


「あれだけバカ丁寧だったスールがここまで荒れるのは、流石にメチャクチャおもろいわ! みんな呼べばよかった!」


「殺す! 死ね!」


 荒れ狂うスールである。俺はその増した攻撃力に楽しみながら、こう言い返す。


「おいスール! 何でお前がキレてるか教えてやろうか! それはな! お前が図星を突かれたからだ!」


「何を! ワタシは、父が昔から大嫌いだったのですよ! 憎んでいました! ずっとずっと許せなかった! それが、言うに事欠いて愛しているだのと――――」


 俺はスールの剣を弾きつつ、叫ぶ。


「そこだよ! お前が分かってないのはそこだ、スール! !?」


「は……?」


 隙。俺はそこを突こうとする。だが弾いて隙を作って一撃、というパターンにスールも慣れてきたからか、防がれてしまう。


「愛するのも、個人的な好き嫌いも、憎むのも、許すのも、全部別の次元の話だろうが! 何でごちゃまぜにしてんだよお前! だから訳わかんないことになってんだろうが!」


「ぐっ、何を言っているのか分かりません! 支離滅裂なことを言わないでください!」


「俺の話をするがなぁ!」


 俺は重力魔法で飛び上がり、素早くスールの頭上を通過した。スールは俺の場所を一瞬見失って、俺が放った一閃を遅れて剣で防御する。


「俺だってゴミカスみたいな親がいた! つーかいる! そこにいる! 何お前のうのうと来てんだよ思い出したらムカついてきた! 後でしばく!」


「嘘だろ!?」


 親父が完全にとばっちりの八つ当たり宣言を受けて叫ぶ。何だあのクソ親父、笑える。


「そのクソ親父と、俺も揉めた! 殺し合い一歩手前まで行った! 正直一回殺すまで覚悟は決めてた! けどそうならなかった!」


「ウェイド様が幸運だったという話をしているのですか!? そんな話を聞いたところで、ワタシに何をどうしろと!?」


「だからちげぇよ! 正直な話をするがなぁ! 俺はあの時、親父を殺しても殺さなくてもどっちでもよかったんだ!」


「はっ?」


「えっ」


 俺の言葉に、スールは理解ができないという顔で俺を見る。ついでに『殺しても良かった』と言われて親父が怯えている。


「何でか分かるか! 分からねぇだろうなぁ! 親殺しを成し遂げた癖に、今もウジウジグダグダ言ってるスールくん(笑)にはよぉ!」


「その舐めたような物言いをおやめなさい! ええ! 理解できませんよ! あなたのような異常者の考えなんて、欠片も分かりません!」


「じゃあ教えてやるよ! あの時俺が親父を殺しても殺さなくてもいい理由! それは―――」


 俺は、スールの頭上からデュランダルを振り下ろす。スールは防戦一方で、デュランダルを炎の剣で受け止める。


 俺は、言い放った。


「―――俺はもうその時! 親殺しを終えていたからだ!」


「……えっ、俺殺されてた?」


「親父ぃ! バカみてぇな茶々入れてんじゃねぇぞ!」


「うぉぉおおおい! 俺の方切るんじゃねぇよ! 幻影だって完全に散れば元に戻んねぇんだぞ!」


「ごめん!」


 俺ちょっと興が乗り過ぎてるな、と少し冷静になる。ついでに着地する。


 一方で、訳が分からない、と言う顔で俺を見つめるのは、スールだ。炎の剣を振りかぶりもせずに、混乱した顔で、俺をじっと見つめている。


「……どういう、ことですか。殺していないのに、親殺しが終わっている……? 親殺しとは、何ですか? 何をして、親殺しと呼んでいるのですか」


「そりゃ、親を超えることだろ。親殺しをするために、親を本当に殺す必要はない。超えて、超えたところを親に見せつけて、『参った』って言わせりゃ親殺しだ」


「い、いや、殺してないじゃない、ですか。それに、それだけなら、ワタシだって」


「言われたかもな。でも、親殺しで一番大切な部分が、スールには欠けてる」


「……それは、何ですか」


 俺は、自分の胸を叩く。


「『親を愛している』という自覚だ」


「……、……、……?」


「欠片も分からないって顔するじゃん」


 スールは、じっと俺を見下ろしている。ケンカは終わり、対話が始まったのだと俺は思う。


 だから俺はデュランダルを担ぎ、言葉を続けた。


「俺は、クソ親父が嫌いだ。憎んでた。今はそうでもないが、親殺しのタイミングでは全然憎んでた。あと今でも許してない」


「えっ」


「お前生涯許されると思うなよ? ずっと許さないからなおい」


 俺が一睨みすると、親父はしょぼくれた顔でうなだれる。


「けど、俺は親父を愛してる。だから殺す必要なんかなかった。殺す必要があったら、嫌いで、憎み、許さないまま、愛して殺した。だからどう転んでも、俺はお前みたいに親を引きずることはないんだよ」


「……分かりません。愛するのと、好き嫌いが別と言うのが、何も、分かりません」


「スール、お前父親とバトってて、いまだに何か胸に突っかかってる言葉とか、何かないのか」


 俺が言うと、スールは泣きそうな顔になって、言葉を絞り出す。


「……家族で、ワタシだけは、愛していない、と」


「うわキッツ。クソ親だな」


「……ウェイド様」


 スールは睨みつけてくる。だが、きっとそれは反射的なものだ。きっとスールは、自分が今俺を睨みつけていることにも気付いていない。


 だから俺は笑う。


「スール、何だ? 憎い親父さんを俺にバカにされて、ムカつくのか」


「っ。い、いや、その……」


「愛するってさ、好き嫌いの延長にあると思うよな。でもさ、そうでもないからややこしいし腹立つんだよな。分かるよ」


 スールは、ぎゅっと炎の剣を握り締め、立ち尽くす。俺はスールに、さらに言葉をかける。


「親は子供を愛するもんだ、なんて話をよく聞くけどさ、意外にそうじゃないなんて話、よくあるよな。親の子殺しなんてよくある話だ。なのに、親殺しの方は、これだけ拗れる」


「……ワタシは」


「愛してなかったって言われて、これだけ苦しんで、憎んでいるはずなのに、知らねぇバカに貶されればムカツク。これは愛だよ。スールは父を憎んで、嫌って、でも愛してるんだよ」


「……ウェイド様……」


 スールは、その場で、子供みたいにポロポロと泣きながら、俺に問うてくる。


「ワタシは、どうすればよかったのでしょうか……? 父を殺さない選択肢は、あの時のワタシにはなかったのです。でも、ワタシは殺してしまった」


 父だけではありません、とスールは続ける。


「兄を、姉を、ワタシは殺しました。姉なんて、ワタシに、愛しているとまで言ってくれたのに……! ワタシは、自暴自棄で、それに応えられなくて、もう、もうこの罪は、取り返しはつきません……」


 スールの、縋るような言葉に、俺は言う。


「別に、親を殺したこと自体は良いんじゃねーの? 愛されたくても、決して愛してくれない親で、それどころか殺してこようとする親だろ? 殺して正解だよ」


「……!? え、でも、あの」


「逆に、姉に関しては、……俺から言えることはない。俺はスールの姉のことは何も知らない。どんなつもりで言ったのかも、何も知らない。ただ、スール。お前はどうやっても後悔したと思うぜ」


 過去はどうにもならない。冷静になった今、過去の選択を変えるわけには行かない。誰しも、今しか生きられないのだから。


 だが逆に言えば、今この瞬間ならば、変えられる。


「だからさ、俺が言ってるのは、一貫してお前の話なんだよ、スール」


 俺はスールをまっすぐに見つめる。


「スール、お前は家族を愛していた。けど嫌ってて、憎んでて、殺すしかなかった。でも、お前は『親を愛してない』って、自分に嘘を吐いてるから苦しんでる」


「……」


「だから、まず認めるんだよ。スールは親を愛していた。親だけじゃない、兄も、姉も、家族全員を愛してた。けど、殺すしかなかった。それを認めて、嫌いでも、嫌いなまま愛してやるんだよ」


 だって、と俺は続ける。


「今や、お前自身のことでもあるんだろ。普通の家族関係でも同じだ。俺たちは例外なく、親から生まれた。兄弟だってその意味じゃ生き写しみたいなもんだ」


 ならば。


「その家族に唾を吐けば自分に返ってきちまうだろ。家族を愛してるって認めないと―――自分も愛せないじゃんかよ」


「……嫌いでも、嫌いなまま、愛していると、認める……」


 スールは、俺の言葉を反芻している。それを見ながら、俺は思う。


 そうだ。これは、どこまで言ってもスールの話なのだ。親との関係性をどうこうという話ではない。スール自身の、考え方の話。


 近くにいるだけで害悪をもたらす家族と言うのは、存在する。家族なんだから愛せと、愛するならば関われというのは、違う。


 愛は、特に子供が親に向ける愛は、執着に近い。本能的なもので、満たされないと生物として歪む。


 けれど、それでも俺たちは、家族を愛している。例え殺し合うことになったとしても、愛しているのだ。


 それを認める。それだけで、呪縛はなくなる。だって愛していると知っているから。


 嫌いで、憎んでいて、それでも愛しているのだから、苦しんでも仕方がないと、やっと自分を許せるようになるのだと。


 だって家族は、どう足掻いても、自分という存在からは切り離せないのだから。


「……ウェイド様」


 スールは、腕で涙をぬぐう。それから、冷静な目で、俺を見る。


「ワタシには、あなたの言う事は、まだよく分かっていません。飲み込めないままでいる。けど、何か、このモヤモヤを取り払う、ヒントを得たような気がします」


「それは良かった」


「……ワタシは、真に、あなたに報いたくなりました。だから、もはやワタシがあなたに釣り合う実力でないと理解した上で、言います」


 スールは、スルトは、再び炎の剣を構えながら、言う。


「ウェイド様。本気で、あなたと戦いたい」


「ああ、俺もだ。決着と行こうぜ、スール」


 俺は応えるように、スルトに向けてデュランダルを構えた。


 静かな時間だった。沈黙の中で、緊張感が高まり続けていた。人間と巨人との切り合いなのに、俺はスルトが今までほど巨大には感じなかった。


 相手の呼吸さえ聞こえるような、張り詰めた静寂。実力の拮抗した者同士の生み出す、一触即発の空気。


 俺は、思わず微笑んでいた。俺の、一番大好きなもの。そのすべてが、ここにある。


「―――ハァッ!」


 スルトが、動く。炎の剣を振るい、俺以外の誰も反応できないほど、鋭い剣閃を。


 それに俺は、ただ笑って、駆け抜けた。


 スルトの両腕が、落ちる。

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