第411話 スルト
スルトの場所は、すぐに分かった。
「あぁぁぁああああああああ! あぁぁぁぁあああああ!」
巨人の体躯で絶叫を上げながら、スルトは近くにあるあらゆる廃墟を薙ぎ払っていた。その姿は泣きじゃくる子供にも似ていて、異様さに俺は息を飲んだ。
「……親父、アレ、囮効くか? それ以前の問題じゃないか?」
「そう、だなぁ……。何があったってんだこりゃ……」
俺と親父は、物陰に隠れながらひそひそと声を交わす。そうしていたら、「見つけた!」と息を潜めた声が聞こえた。
「トキシィっ? それにピリアも」
「よかった~! ウェイド無事だったぁ! 中々見つからないから本当に焦ったよー!」
「どもー、お二人さん♪ でまぁ、この惨状なわけだけども」
ピリアはトキシィの横に立って、トキシィを揶揄うように突いている。トキシィは「うぅ……」とキュッと顔をすぼめて言った。
「その、あの、これ、私がしました……」
「えっ」
「トキシィちゃん、何したんだマジで」
俺と親父が目を丸くしていると、トキシィは指をツンツンと合わせながら、「その、ね?」と泣きそうな顔で言う。
「スルトを無力化するために、幻覚効果のある毒を打ち込んだの……。殺しちゃうとさ? ほら、ウェイドの近くに復活とかされたらマズイじゃん?」
「それよりは遥かにマシだな。っていうか一撃入れる隙はあったのか」
「ウチが頑張って作ったよーっ」
舌を出してウィンクするピリアである。流石だ。未だに底見えてないもんなピリア。いつか手合わせ願いたい。
「絶対ヤダ」
「!?」
「え、ピリア、何いきなり」
「何でもなーいっ」
言いつつ、ピリアは俺にウィンクする。い、今俺心読まれたか? ホントこいつ何者なんだ?
それはさておき、である。
「で、スルトは今、幻覚を見ている、と」
「うん……。その、ね? 最終的に罪悪感とかで何もできなくなるタイプの幻覚毒を打ち込んだから、待っていれば多分倒れてくれると思うんだけど……」
そんな都合のいい毒があるのか、と思いつつ、トキシィのことだから出来ても不思議ではない、と納得する。
「幻覚の過渡期だから、今みたいに幻覚に抵抗して、暴れてるんだと思う。私も自分で味わったことがあるから分かるんだ」
物陰から、四人でスルトの様子を窺う。スルトは変わらず、叫びながら一心不乱に暴れまわっている。
「なら、放っておけば解決する……のか?」
「た、多分」
おずおずとトキシィは頷く。それに、親父は頭を掻いた。
「こりゃトキシィちゃんに先を越されちまったな。俺が華麗な回避術で、奴の視線を引きまくってやろうと思ってたのに」
「抜かせよ親父」
盛ったことを言う親父を俺は鼻で笑う。「あん?」と睨み返してくるので無視する。
「え? 親父?」
「ああ、トキシィ。そのな? さっき判明したんだが―――」
トキシィが言葉尻をとらえて反応するのに、俺が説明しようと口を開く。それに親父が「やめろよおい」と嫌な顔をし、ピリアが「何々? どういうこと?」と面白がって。
「親、父……?」
スルトの声が、静かに、響いた。
「「「「……」」」」
全員が、沈黙する。息を潜める。
廃墟の向こうから聞こえていたスルトの破壊音が、止まった。だからスラムの中に、痛いほどの静寂が張り詰めていた。
響くのは、遠くで降り注ぐ隕石の音ばかり。
油断したつもりはなかった。会話だって小声でしていた。そもそも破壊音がうるさすぎて、普通の会話だって聞こえないはずだった。
だが、その一言の何かが、スルトの琴線に触れ過ぎた。
スルトの歩く、地鳴りにも似た足音が近づいてくる。俺たちが隠れていた廃墟の屋上に、巨大なスルトの手がかかる。
そしてその上から、覗き込むように、スルトの顔が現れた。
「……あ、ぁぁ、あぁぁぁ、ぁぁぁあああああ……」
泣きじゃくり、涙で顔全体を濡らした、子供のような顔をしたスルトが、
俺たちを見下ろして、こう言うのだ。
「―――そこにも」
憎しみ、怒り、そして悲しみをにじませた表情で、高らかに炎の剣を掲げ、親父、俺、トキシィの順番に見て。
「―――そこにも、居たのですね、お父様、お兄様、お姉様……」
炎の剣が、振り下ろされる。
「逃げろッ!」
俺が叫ぶとともに、全員が走り出す。
だが、自由には逃げられない。依然として、空から激しく炎を纏った隕石が降ってきている。小さく固まっているのならまだしも、移動するとなればその脅威度はグンと上がる。
だからか、途中で親父が反転した。「何やってんだ親父!」と叫ぶと、親父が叫び返してくる。
「ちょっと知りたいことがあってな―――っとぉっ!」
スルトの今のターゲットは、親父のようだった。スルトの的確で、鋭い狙い。俺やサンドラでも回避不可能な一閃。
それを、親父は回避して見せた。
いや、厳密に言うと回避は出来ていない。
剣の一撃を食らう。だが食らった直後から、すぐそばに新しい幻影を作り出し、食らった幻影がただの霞として揺らぎ、消えていく。
それに俺は納得した。
本人ではない。だから実体がない。食らえども意味はない。ギュルヴィという幻影の存在そのものが、スルトの苦手とする搦め手であると。
「よぉし! 思った通りだ! タイミングをミスると掻き消されて終わりだが、油断しなきゃ囮として動けそうだな! ウェイド!」
続く攻撃を同じように透かして、親父は俺を呼ぶ。
「やるぞッ! 毒で弱ってる分、前よりもずっとやりやすいはずだ! ここで畳みかけて、この巨人ぶっ潰すぞ!」
「……ああ!」
俺はデュランダルを構え、スルトの背後から重力魔法で飛び上がる。
「まずは、一撃ッ!」
俺はスルトの首筋に届く高さまで飛び上がり、そこからデュランダルを伸ばして一閃した。
スルトは親父に気を取られ、隙だらけに見えた。大抵の敵なら、この状態からの一撃には反応できないはずだった。
だが同時に、スルトは大抵の敵では決してなかった。
「あぁぁぁああああああああ!」
泣き叫びながら、スルトは俺の剣に反応して、鋭い一閃を放った。
ヒットのタイミングで極端にデュランダルは重さを上げている。だから空中であっても、俺とスルトは鍔迫り合った。
変幻自在の剣デュランダルと、劫火を纏ったスルトの剣。ぶつかるだけで激しく火花を放ち、お互いに弾きあう。
だが、それが隙になるようなことは、それこそお互いにありえない。
「まだまだぁぁぁああ!」
「ああぁぁぁぁあああ!」
返す刃で、再び鍔迫り合いが起こる。スルトの速すぎる動き。それに、俺の感覚が合っていくのが分かる。
「お、おい。ウェイドの奴、さっきよりずっと速くなってねぇか……?」
「ウェイドの一番厄介で強いところだよ。ふー……、そろそろ私も動かなきゃ」
「トキシィちゃんっ?」
激しく剣戟を交わす俺たちの横で、トキシィが動き出したのが分かった。恐らく補助に出も動いてくれるのだろう。俺は特に気にもせず、さらに強くスルトに剣を叩きつける。
一度、二度、三度と鍔迫り合いを重ねる。途中で隕石に襲われるが、感覚が慣れていたから余裕をもって回避できた。俺は空中を飛び回りながら、スルトと何度も切り合う。
最後の弾きあいは、大きく俺を吹っ飛ばした。同時に、俺が高めてきた威力に押され、スルト側も一歩後退する。
「はははっ、楽しいなぁスルト! やっぱ戦いってのはこうじゃなきゃなぁ!」
俺が笑って呼びかけると、スルトは泣き笑いのような顔をして言う。
「ワタシが、そこまで憎いですか、お兄様……」
「……ん?」
「ワタシは、ワタシは、ずっとあなたが憎かった。嫌いだった。だから、あなたを、お父様を、お姉様を倒すためだけに、ここまで強くなった。そして、やっと、やっと倒したはずなのに。取り込んだのに」
スルトは、顔を覆う。顔全体を濡らすほどの涙で、ぐしゃぐしゃになった顔を。
「いつまであなたは、ワタシの呪縛であり続けるのですか。どれほどワタシを呪えば、気が済むのですか……!」
そこで俺は、どうやらこの戦いを楽しんでいたのが、俺だけであったことに気付く。
思い出すのはトキシィが打ち込んだという毒のこと。幻覚を見ているという話。次に昨日スルト―――スールがベッドに寝込んでおかしくなっていたこと。
そして、魔王軍の攻略過程で、スルトが家族を倒したという話。
俺の中で、スルトに起こったことがつながっていく。同時に、何故ここまで狂乱し暴れ狂っているのかも理解する。
スルトに何が起こったのか。どういう精神状態なのか。そういった複雑なことをこみこみで理解して、俺は言った。
「はぁ?」
こいつ何も分かってねぇじゃん。方針変更。戦いを楽しむんじゃなく、しばき回してやる。
「トキシィ! スルトから毒抜けるか!?」
俺が呼ぶと、機を窺っていたトキシィが「え!?」と声を上げる。
「何で!?」
「スルトと素面で話す必要が出てきた! どうでもいい敵ならムカツクし殺すだけだが、スールには恩がある!」
「えーっ!? いや、あの、うーっ、もう! 分かったよウェイドのバカ!」
何故だか知らないがバカ呼ばわりされつつも、トキシィは了承してくれたようだった。次に俺は、「親父! ピリア!」と名前を呼ぶ。
「トキシィがいきなり飛び掛かったら、スルトが叩き落とす可能性がある! 補助を頼むぜ!」
「おう! 任せろ!」「しっかたないなー!」
保護者組も俺のお願いを聞いて、素早く動き出した。親父はやはり囮として前に出て、ピリアが周囲に霧を撒きだす。
目の前に出れば、スルトが優先するのは親父だ。そこにピリアが、霧に紛れてよく分からない攻撃を仕掛けて隙を作る。その隙を突いて、トキシィが解毒剤を注入した。
「うっ、がぁっ、く……頭が、一体、何が……!」
そうして、スルトが我を取り戻す。荒い息を吐きながら、まともな目で俺を見る。
俺は背景に隕石が降りまくる、この世の終わりみたいな支配領域の中で、スルトに言った。
「おい、スルト。いいや、あえてスールと呼ぶぜ。なぁ、スールよぉ」
俺はクソデカくなったスールに向けて、デュランダルの剣先を向ける。
「ムカついてきたから、ケンカしようぜ。買ってくれるだろ?」
俺かニヤリと笑いかける。スールはどういう状況なのかも分からない、という顔をしていたが、しかし我に返って、「ええ」と炎の剣を構えた。
「元より、そのつもりです。そのケンカ、お買いします」
二人で、好戦的に笑い合う。俺は大きく息を吸い、叫びながら切りかかった。
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