第410話 面影

 ギュルヴィに助けられ、俺はしばらく、廃墟の中で休んでいた。


ブラフマン


 真言を唱えて、俺はチャクラの状態を確認する。先ほどの連撃にヒビの入っていたアナハタチャクラだったが、ちゃんと回復したようだ。


「ふー、よし。これで元通りだな」


「ったく、心配かけやがってこの」


「いてっ、はははっ」


 ギュルヴィにしばかれ、俺はカラカラと笑う。ギュルヴィはしかめっ面で、俺の回復を待ってくれていた。


「じゃ、挑みに行くか」


「待て待て待て。お前話聞いてたかおいウェイドこら。作戦の一つもねぇとどうにもならん相手だって話になってただろうが」


「そうだった。かつてない強敵にワクワクが止まらなくてつい」


「バカ野郎が」


 スパーンッ、としばかれ、俺は甘んじて受ける。


 俺は言う。


「どうしようアレ。何かしばらくボコられ続けたら、段々慣れて行けそうな気がしてるんだが」


「あ?」


「うっ、ごめんって……。いやでもさ? 割とこういう勘当たるんだぜ俺。強い奴とバトってたら水準が相手に合わさるというか」


「あー……お前そういうところあるもんな」


「だろ? ところでさ、ギュルヴィ。ちょっとそろそろ聞いとこうかなって思ったんだけど」


「あん? 何だよ。作戦をどう立てるか、みたいな話か?」


 キョトンとするギュルヴィに、俺は言った。




「親父、こんなところで何してんだ?」




「……」


 ギュルヴィは沈黙して、静かにそっぽを向いた。だが、その後姿を見ているだけでも分かる。ものすごい滝汗を流して、ギュルヴィ―――改め親父は、静かに震えている。


 それから深呼吸を経て、震えを隠そうともせず、親父は「い」と絞り出すように言った。


「い、いつ、から、……気付い、てた?」


「俺のニセモノとバトってる途中。帰りの飲み屋で結局俺に払わせなかった辺りで確信した」


「あそこかー……」


 小学生サイズの幻影のまま、親父は大いに顔を覆った。


 それから、眉根を寄せた非常に厳しい表情で、口を開く。


「その、だな……。一か月に一度は面会に来る、みたいな話になっただろ」


「そういやそうだったな」


 アーサーと政争したり、そのまま地獄潜ったりで完全に忘れてた。


「でもよ、あれ以来一向に来ないから、看守に聞いたら、お前ら、なんかアレクサンドルの大迷宮降りて魔王を倒しに行ったとか何とか……」


「よくそこまで情報集めたな」


 看守って言ってるけど、絶対それ以上情報集めてるぞこれ。


「で、その、心配っつーか……。でも塀の中ぶち込まれたからには脱獄ってのも情けない話でよ。それでこう……幻影作って、追わせて……というか」


「え、じゃあこの姿って本体じゃねぇの?」


「おう。俺自身は今もカルディツァの塀の中だぜ」


「思ったよりすごいな親父の魔法!?」


 そこまで遠隔で力を振るえるとは思っていなかった。親父すごいなおい!


 いや、遠隔タイプなのは分かってたけど、国境またいでこの出力とは思わなかった。量は出せないかもしれないが、こいつ……。


「っていうか、何だよその外見。何でガキの姿してんだ親父」


「それは単純に変装ってだけだ! 元の姿がむさくるしいオヤジな分、この姿なら多少は言動が似ててもごまかしがきくだろ!」


「それはまぁ、分からんでもない」


 まぁまぁ長時間接しててやっと気づいたし。


「あとはまぁ、童心に帰る的な奴だな。一応これ、昔の俺の姿なんだぜ。孤児だったからもちっと薄汚かったが」


「嘘だろ親父! 何がどうなったら今のオッサンでしかない姿になんだよ!」


 ギュルヴィ美少年寄りだぞ! うわ、っていうか何か、そう思ったら昔の俺にもちょっと似てる気がしてきた。謎の嫌な気持ちになる。うわ。


「それに、ギュルヴィって何だよ。どこから来たんだその偽名」


「あー……これはアレだ。一応俺も北欧神話圏の出だからよ、多少は知ってるんだが……その、ほら」


 ひどく言いにくそうにしながら、親父は白状する。


「……神話の冒頭で出てくる、名前を偽って登場する昔の王の名前を借りた、というか……」


「え、バレたがりじゃん」


「……いや、別に。そんなこたないが」


「いや、バレたがりだろ。めちゃくちゃ分かりにくくしてるだけで、バレに来てんじゃんその名づけ方は」


「……」


 俺がグサグサ刺すので、親父は黙ってしまった。俺は半目でしばらく見ていたが、仕方がないので息を吐いて総括に入る。


「で、来たのか」


「……スマン。いや、余計なお世話だとは思ったんだが、ちょっと遠巻きに見守るくらい、というか。思ったよりピンチになるからつい手を出しちまったというか……」


 と、そこで、親父の調子が変わった。


「いやちげぇよ! ウェイドお前! お前が思ったより情けないから、つい手を出しちまったんじゃねぇか! お前もっとしっかりしろ!」


「はー!? 犯罪者の親父に言われたくねぇけど!? 今や俺は貴族だぞおい! 敬語使え敬語!」


「親に使って何だその口の利き方は! 今日という今日はしばいてやる!」


「やってみろクソ親父がよぉ! 今日こそ上下関係ハッキリさせて」


 そこまで言ったところで、周囲が薄闇に包まれ、俺たちは息を飲んだ。


「ウェイド、これ」


「スルトの支配領域だ」


 廃墟の外から、轟音が続く。俺は咄嗟に壊れた窓から周囲を見て、空から無数の火の玉が降ってきていることに気付く。


「……親父、親子喧嘩はお預けだ。これ、ヤバい」


「うーわ、何だこりゃ。世界の一つでも滅びちまいそうな光景だな」


 ギュルヴィの姿のまま、親父は空を見上げて渋面を作る。


「っと。ここにも降ってきてんな。ウェイド、逃げるぞ」


「おう」


 俺たちは素早く廃墟から脱出する。同時、火の玉が廃墟を上から打ち砕いた。


 いともたやすく、廃墟が崩壊する。火の玉、というか隕石だなこれは。ファイアーボールなんて生易しいものではない。


 しかも、だ。


「……これ、スルトの火の剣と同じだな。概念系の守りを砕く魔術が付与されてる。当たれば大抵の奴は即死するぞ」


「ウェイド、お前は死ぬのか?」


「三連撃ならマズイ」


「二回耐えられるんだから大したもんだよお前」


 威力的に、リポーションで一回、アナハタチャクラでもう一回までなら何とかなりそうな感じだ。それ以上は、この火の玉に当たったら死。


 その意味では、火の剣よりは優しいということになる。あっちはリポーションのガードとか素通りしてたからな。どうなってんだマジで。


 そう考えると、まともに攻撃を受けたらダメな相手なのだな、という認識になってくる。


 でもスルト速いからな。こっちの攻撃は当たらないのに、向こうの攻撃は当たる。おかしいな、今までいろんな相手にそれやってきたけど、こんなに理不尽なのか。


 終焉の巨人、スルト。


 かつてない規模で、真正面から俺を下す敵。


「……たまらん」


 笑みを堪えきれない。スールめ、こんな強かっただなんて思わなかった。早く挑みに行きたい。


 だが、そんな俺の頭を親父がはたく。


「作戦、考えるぞ」


「……分かってるよ」


「分かってる奴の顔じゃなかっただろバカ野郎。まぁいい。一応俺の方でもいくらか考えてあってな」


 親父は、人差し指を立てて話し出す。


「いいか、ウェイド。あいつの攻略でキモとなるのは、囮だ」


「囮?」


「そうだ。奴はデカく、速く、強い。お手本みたいな強い奴だ。こういう奴は経験上搦め手に弱い。囮が出れば、簡単に食いつく」


「その裏を叩けって? いけ好かねぇな」


「知るか。勝ちゃあいいんだよ勝ちゃあ。どんな手でも使って勝ってきた奴だけが、未来を生きられるんだ。俺を倒したとき、あの手この手使っただろお前」


「あー、まぁ、俺も手数の多い方ではあるけどさぁ」


「幸い、俺はこの通り幻影だ。よほど激しく壊されん限りは復活する。知ってたかウェイド、お前の親父の本領は、実は幻影のこっちなんだぜ?」


「今更尊敬されようったって無駄だぞ」


「あ? 大人しく親父様を敬いやがれよ」


 お互いにジロとにらみ合って、それから「は」「くくっ」と小さく笑って歩き出した。「やるぞクソ親父」「ああ、行くぞウェイド」と歩き出す。

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