第408話 黒き巨人が立ち上がる

 スラムに辿り着いた俺たちは、廃墟の中で上がる火柱を目印にして走った。


 そこにいたのは、血だまりに立ち、炭の塊を手にしたスールだった。スールはもぐもぐと何かを咀嚼していて、手に持つ炭は拳のように見える。


「……おや、ウェイド様たちですね。ちょうど、コトを終えるところです」


「スール、お前……」


「はい。最後の一人、姉シリーナを食したところになります。これが、最後の一つ」


 スールは拳の形の手を示してから、大口を開けて被りついた。二口、三口で、簡単に食べ終えてしまう。


「これで、ワタシの最後のピースがそろった、というところでしょうか」


「……」


 俺は、スールの異様な雰囲気に、警戒と共に対峙した。


 スールは、以前にもましておかしかった。悩みは解消されていないのに、解消されている振りをしているような。


 無理をして元気に振舞っているような態度で、スールは不敵な微笑を浮かべて、俺たちに向かう。


「ああ、来ましたね。そうか、なるほど。揃うと、こう言う風になるのですか」


 何かがスールの中で起こっているらしく、スールは手をにぎにぎと開閉を繰り返す。


 それから俺に、こんなことを言った。


「ウェイド様。どれほど力になれるかは分かりませんが、尽力いたしますので」


「は?」


 カツ、とスールは歩き出す。そのまま廃墟の裏に隠れてしまう。何だ、と思うのも束の間。廃墟の上部を、大きな、黒い手が掴み。


「では」


 漆黒の肌。時折燃え上がる炎。ウェーブする髪が顔を覆い隠し、表情の窺えなくなった、数十メートル級の巨人。


 それが、数十メートルもの長さを誇る炎の剣を手に、立ち上がる。


「開戦と、参りましょう」


 炎の剣が、振り落とされる。


『――――ッ』


 それに、俺は必死に回避していた。


 すさまじい一撃だった。数十メートルある、燃える柱のような剣。見た目通りの重さがあるはずのそれが、まるで達人の一撃のように速く、鋭く振り下ろされた。


 アイスを背負っていなければ、俺は攻めに比重を置いて動いていただろう。だからこそ、俺は断言する。


 、と。


 俺は下がる。一番安全そうなのは、と視線を巡らせ「トキシィ!」と呼ぶ。


「アイスを避難させてくれ! 頼めるか!?」


「うんッ! 任せて!」


 アイスを受け渡す。その背後で、巨大な影がもう一つ立ち上がった。


 クレイの、テュポーンだ。


「まず僕が挑む!」


『ガハハハー! クレイ、今日ノ血は美味かっタゾー!』


 ほんの数秒でスール―――スルトと同等まで巨大化したテュポーンは、大きく拳を振りかぶる。


『マズは一撃ダァー! 食ラエがっ』


 そして。


 一閃された。


 テュポーンの拳は、放たれる前にスルトの剣に落とされた。次いで走った剣閃が、テュポーンの胴を分かつ。


 だが、スルトの剣閃は止まらない。剣閃は加速的に速度を増し、テュポーンを巨大な土くれ、一抱えの岩、そして一握の土に等しくなるまで刻もうとする。


『クレイッ! 脱出シロー!』


 クレイがテュポーンの中から排出される。その直後、スルトの手から最後の一撃が放たれた。


 テュポーンの体が、瓦解する。


「……!」


 その攻防を見ていた者の感想は、一致していたはずだ。


 速すぎる。


 巨人の動きでは、到底ない。人間でも相当速剣に長けた、達人級の剣速だ。


「クレイ、避難してて」


 次に飛び出したのは、サンドラだった。


 身軽で素早い。回避性能も防御性能も極めて高いサンドラなら、十分優位にコトを進められる。


 サンドラはまず空中に飛び上がり、「サンダーボルト・バーストアウト」と電撃を放った。眩いほどの輝きと共に、サンドラの落雷が炸裂する。


 それに俺は、どれほどの効果を持つか、という見方をした。巨人は概してタフなイメージがある。実際テュポーンもそうだ。どれほどサンドラの電撃が効くか、それを見た。


 だから、閉口した。


 数十メートル級の体躯で、スルトは、サンドラの雷撃を躱して、返す刃を放っていた。


「え」


 スルトの剣閃が走る。サンドラには当たらず素通りする。サンドラの回避を支えるスワディスターナチャクラ。だが、サンドラの顔色が悪い。


「ウェイド」


 サンドラが言う。こちらを、青い顔で見ながら。


「一撃が重すぎて、スワディスターナチャクラ、止まっ」


 続くスルトの炎の剣が、サンドラに直撃した。


 俺でも回避できないほどの連撃だった。サンドラは千切れながら、どこかへと吹っ飛んでいった。


 残されるのは、剣閃を追って走る炎の軌跡。スルトは剣を残心に構えながら、前髪で隠れた顔の奥からこう言った。


「クレイ様も、サンドラ様も、極めてお強い。きっと他の神話圏であったなら、こうはいかなかったでしょう」


 ですが、とスルトは続ける。スルトの殺意が、俺へと、鋭く引き絞られる。


「ここにはニブルヘイム。北欧神話圏の中でも、ラグナロクにまつわる者の力が最も強まる場所の一つ。北欧の主神オーディンですら、今のワタシには劣る」


 俺は回復したアジナーチャクラで、スルトを見た。この土地のすべてが、スルトの圧倒的な力を支えている。


「そうか」


 俺は理解する。


「主神級の連中と、敵のフィールドで戦うっていうのは、こういうことか」


 スルトの剣が、俺目がけて振り下ろされる。


 それに、俺は――――――


 ―――笑いが、止まらなかった。


「ふ、はは、ははは、ははははははははは!」


 デュランダルを構える。スルトに「オブジェクトウェイトダウン、オブジェクトリポーション」と【軽減】【反発】を掛ける。普通空にかっ飛んでいくはずだが、そうならないのは足の握力か。


 デュランダルを地面に刺し、「ウェイトアップ」と自分ごと【加重】を上げる。かなり重いが、一瞬なら得られる防御性能の方が高い。


 回避は最初から諦めた。無理だというのは一目で分かった。だから受けた。受けて俺は、ひたすらに笑っていた。


「アッハハハハハハハハハハハハハハハハハ! やべぇ! スール、いやスルトお前、攻撃重すぎだろぉがっ!?」


 防ぎきれなくて吹っ飛ばされる。俺は重力魔法を使い、空中で姿勢を整える。


 だがそこに、スルトの返す刃が迫っていた。


 回避は無理。地面でも無理だった防御が、空中で出来るわけがない。


 だから俺は、攻めに転じた。多少切り刻まれても問題ない。まずは一撃を入れる、と俺はいつものように、威力を重力魔法で極大にまで高めたデュランダルの一撃を放つ。


 しかし、スルトは回避した。俺には確実に一撃入れながら、その速度の余力で身を屈め、さらに至近距離に迫っていた。


 下半身をなくした俺に、迫りくるはスルトの剣先。けれどそのスケール感は、貫かれるというよりもすり潰されるようなもの。


 俺は自分を空気より軽くして、どうにか回避を図る。


 だが、スルトの剣は当たった。


 わずかな風一つで浮き上がり回避できたはずの俺は、それよりも鋭い巨人の一閃で貫かれ、そのまま背後の廃墟ごと破壊された。


 廃墟が倒壊する。粉塵をまき散らしながら崩れていく。


 俺は這う這うの体で倒壊の中から這い出つつ、笑った。


「ははっ、ふははっ、やばい。やば過ぎる。何にも勝てねぇ。おいおいこっちは世界最強の一角とか持て囃されてたんだぞ。手も足も出ないのヤバすぎだろ」


 ちょっと面白過ぎる。何だこれは。ここまで差がつくのかよ。敵のホームってだけで、ここまで!


「しかも、あの剣なんかエグイ魔術掛かってんな。一撃食らうたびに、アナハタチャクラが悲鳴上げてら。何度も攻撃食らったら、不死性ごとぶっ壊されるぞおい」


 俺は這い出たところで、ちょっと限界が来てぶっ倒れる。そこで、スルトの声が上がる。


「この程度で、死んでしまうあなたではないでしょう、ウェイド様。逃げるなど、あなたらしくもない」


 うるせーこの野郎、と俺は立ち上がろうとする。だが、スルトの開幕パンチが効きすぎて、体が上手く言う事を聞かない。


 そこで、俺の目の前に手が差し伸べられた。


「ウェイドお前バカだろ! あんなの見たら、まずは下がんだよ! 作戦もなしに勝てるか!」


「ギュル、ヴィ……」


「ああクソ、立てねぇのか!? 仕方ねぇ、負ぶってやるから、しがみ付くくらいはしやがれ!」


 ギュルヴィは、小学生ほどの小さな体躯で俺を背負い、魔術で素早く駆けだした。俺はそれに感謝しつつ、スルトとの再戦に考えを巡らせていた。

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