第394話 会いたくて会いたくない者

 団長キエロは、重力魔法で何度も地面、天井、壁にぶつけられ、満身創痍だった。


「ハハハハッ、ハハハハハハハッ!」


 しかし上がるは哄笑。サーカスの幻影は解け、簡素な板張りの空間で血まみれになりながら、団長キエロは笑っていた。


「すばらっ、がっ、素晴らしい! まさかこんな短時間で、支配領域が破られるとは! ぐっ! 効果が弱い分、破るのに困難する支配領域だというのに、ぐはっ、ハハハハハッ!」


 ダメージは入っている。しかし、団長キエロは血を吐き、骨を折りながらも笑っていた。


 俺は地面に叩きつけ、団長キエロを血だまりに沈める。キエロは、四肢を明らかに異常な方向に折り曲げながらも、笑みを止めずに立ち上がる。


「少年。君は素晴らしい! 何という強さ、そして観察眼だ! 君のような人を、このキエロは待っていたのだ。ハハハハハハハッ!」


 瀕死。完全なる瀕死の姿で、しかし団長キエロは笑っていた。俺は黙らせようと魔法を使うか考えたが、これ以上やれば死んでしまう、と止める。


「キリエ」


 俺はキリエを呼ぶ。だが、キリエは首を横に振った。


「ごめんね☆ ウェイド。不意を突いて食べるのは、性に合わないんだ。パパの全力を見届けてからじゃないと」


 それを聞いて、俺は思う。なるほど、まだ団長キエロには、奥の手に相当するものがあるらしい。


 俺はため息と共に首肯した。


「……分かったよ。だが、口だけだと困る。根性見せてくれ」


 俺はキリエの背中をパンッ、と叩いて、前に押し出した。キリエは「痛っ! あはは、そうだね……!」と長く息を吐く。


「……パパ、まだ手を隠してるんでしょ。見せてよ。全部受け止めて、キリエの物にしてみせるから☆」


「ああ、いいともキリエ。お前にすべてを見せてから、退場しよう」


 キリエに言われ、団長キエロは頷く。


 そんな姿を見て、ギュルヴィは何故か、泣きそうな顔をしていた。俺は微妙な顔で聞く。


「んで、何でギュルヴィはその表情」


「な、泣けるだろ……! 子供が、自分の全部を受け止めてくれるって……! くぅ……!」


「その年で何が刺さるのか分からんが……あーでも、感動ポイントは分からんでもないわ。俺もまかり間違ったときにモルルにあんなこと言われたら泣ける」


 俺たちのそんなやりとりはさておき、団長キエロは、またも派手な身のこなしで片腕を掲げる。


「このキエロが展開した支配領域は三つ。一つ目はキリエには免除した敵味方の判別を突かせぬ認識阻害。三つ目は今破られた煌びやかなサーカスの幻影」


 団長キエロは、折れ曲がった手で、指を二つ立てる。


「そして二つ目は、いまだ破られぬ巡り合いの支配領域」


 団長キエロが指を鳴らす。その音が、簡素になったこの時計塔に響き渡る。


「諸君らは、もっとも会うことを望み、最も会うことを恐れる相手にこそ邂逅する。それすなわち愛憎。愛憎の運命を招く支配領域」


 そこで、俺はまばたきをした。団長キエロの背後から、現れるいびつな影に気付いて、幻を疑った。


 だが、違う。それは、実在していた。アジナーチャクラが実在を訴えている。


 キリエ、ギュルヴィの二人も、その正体に気付いて、「え、ええ? いや、ええ?」「おいおい……冗談キツイぜ。何だそれ」と困惑する。


 俺も同感だ。困惑が勝つ。だって、それは、何というか――――


「諸君。諸君らが愛憎を向ける相手は、奇しくも一致した。……少年、君は実に愛され、恐れられているな?」


「……いや、それは想定してねぇよ」


 団長キエロの横に並んだその影。


 それは、だった。


 今の俺と、まったく同じ姿をした影。アジナーチャクラは、訴えている。それは本当に俺だった。意思も、強さも、様々なものが一致した俺。


 その俺……仮に偽ウェイドと呼ぶが、偽ウェイドは胡乱な顔で団長キエロの横に立ち、周囲を見回している。


 それから団長キエロを見て、言った。


「とりあえずお前はもう沈んどけ」


 強烈な蹴りが、団長キエロに突き刺さり、奴を壁に激突させる。


「―――パパッ!?」


 キリエはそれに、顔面蒼白で駆け寄った。俺も危うく死んだかと疑ったが、「生きてる!? キリエが食べるまで死んじゃダメだよ!」と叫ぶキリエに、まだ生きているのだと知る。


 それから、偽ウェイドは言った。


「よし、スッキリ。ハチャメチャに状況ひっくり返しやがって。さっきのピンボールじゃちょっと物足りないと思ってたんだ」


「……!?」


 それは、俺の内心の思いと全く同じだった。不承不承手心を加えたのすら、完全に一致している。


「で、だ」


 偽ウェイドは、じっと俺を見る。油断ならない目で、しかし期待を込めた目で。


「何というか、随分面白い状況になってくれたな。悪いな、。抱える敵は、俺の方が多いみたいだぜ」


 偽ウェイドは言って、一人一人指をさしていく。


「まず、キリエ。そこの実力がどの程度なのか、全然分からないままだからな。戦えるのが楽しみだ。次にギュルヴィ。窮地を二度も助けられてるところ悪いが、俺は偽物だから容赦なく戦える。お前の多彩な魔術に期待してるぜ」


 それから、偽ウェイドは俺を見る。


「そして、何よりもお前が一番の楽しみだ―――。なぁ、俺たちが戦ったら、どうなると思う?」


「……どうなるって」


「だってよ、互角だぜ、俺たちは。力、魔法、その他の魔、全部互角だ。楽しみじゃないか? どう決着がつくのか。あるいはつかないのか」


 試してみる、価値がある。


 偽ウェイドは、言いながら偽デュランダルを手に取った。大剣を軽々と持ち上げて、肩に担ぐ。


 その物言いで、俺は理解してしまうのだ。


 こいつは俺だ。もっと言うなら、偽物という自覚を得て、背負うものを捨て、ただ現在の興味と欲望にのみ集中した俺。


 我ながら、自分を縛るものがないと、ここまで心無いことを言うのか、と驚く。だが、分からなくはないのだ。


 だって、俺だって、味方でなければキリエとギュルヴィとは戦ってみたい。そして何より――――俺自身との戦いが、どんな風に決着するのか、楽しみで仕方がない。


 ギュルヴィが、尋ねてくる。


「どうする、ウェイド。お前の強さは知ってる。これは……中々なことにならねぇか」


「ああ、そう、だな。そう、なんだが……」


「ウェイド?」


 俺は、口を押える。感情を抑える。だって、卑怯。こんなの卑怯だ。


 


「団長キエロ。お前は敵としてはさほど強くなかったが……最高のサーカスの団長だったかもな」


「ごふっ……。光栄、だ、少年……」


 我が子キリエに支えられながら、ぐちゃぐちゃに折れた手でシルクハットを外し、団長キエロは一礼する。


 俺は偽ウェイド同様、大剣デュランダルを肩に担いだ。それから、どうなるのかを考える。


 俺には選択肢がない。偽ウェイドとぶつかるだけだ。しかし偽ウェイドには選択肢がある。俺の他にキリエ、ギュルヴィと戦うべき相手がいる。


 そして、俺が最初に狙うのは―――


「―――逃げろッ、キリエ! お前が一番、


「流石俺だ。よく俺のこと分かってるわ」


 偽ウェイドは、団長キエロを介抱するキリエに肉薄していた。


 振りかぶるは大剣デュランダル。大振りで、当たれば一撃でキリエを打ち倒す威力でもって、キリエに挑みかかる。


 だが、俺は、自分事だから分かってしまうのだ。


 偽ウェイドがやっているのは舐めプだ。本当に切り伏せて終わりにするなら、あんなことはしない。


 デュランダルを徹底的に軽くして速度を上げ、接近などせずデュランダルを伸ばし、直撃のタイミングで極端に重くデカくする。


 それが適切な攻撃方法。


 なら、そうしない理由は? そんなの簡単だ。


 キリエが、どんな反撃をするのかが、見たいのだ。


「っ……!」


 それに、キリエは動いた。


 素手。それでキリエは偽ウェイドに挑みかかった。偽ウェイドは目を丸くしながらも、デュランダルによる叩きつけをやめない。


 いくら本気を出していなくとも、素手で受け止められる威力では決してない。しかしキリエは躊躇うことなく立ち上がり、踏み込み。


 デュランダルの側面に触れて強く弾き、隙だらけになった偽ウェイドの懐に掌打を打ち込んだ。


「ん……!? ぐぷ、おごぇ」


 偽ウェイドは驚きに目を丸くして、血を吐いた。素早く飛び退る。


 それから奴は、腹部に触れながら、ブツブツと呟き始めた。


「今のは、魔術だな。並外れた体術に、魔術の掛け合わせだ。掌打で俺の内側に魔術を浸透させて、内臓をかき回した。へぇ、こう言うのもあるのか、面白いな……」


「うぇ、ウェイド! 偽ウェイドが不気味! 何か、ヤダ! すっごいヤダこれ!」


「ごめん……! 何か本当に申し訳ない……!」


 戦闘中の分析、楽しいのだ。こういう攻撃をしてくる。ならどういう対応策をすれば防げる。こういう攻撃なら派生でああいう攻撃もしそうだ。なら……みたいな。


 頭も体も全力で回して戦うのが好きなのだが、なるほど、敵に回してみるとこういう風に見えるのか。嫌だな。強い格ゲーマーを相手取ったような嫌さがある。


 そこに乱入したのは、ギュルヴィだ。


「お前らッ! 和気あいあいとしてんじゃねぇぞバカが!」


 ギュルヴィは手の中に竜巻を起こし、そこに氷を交えて放った。雪嵐のような突風が偽ウェイドを吹き飛ばし、そのまま時計塔を破壊して吹き飛ばす。


「ギュルヴィ!」


「ウェイド! 俺と一緒にあのニセモン殺しに行くぞ! キリエ! お前はちゃっちゃと親父さんと話付けろ! それで全部解決だバカタレ!」


 実にまっとうな指示だしで、俺もキリエも何も言い返せなくなる。


「わ、分かった」「りょ、了解☆」


「よし! オラ行くぞ!」


 ギュルヴィが俺のケツを引っぱたいて、時計塔に空いた穴から風に乗って飛び出していく。俺もそれに合わせて、重力魔法で飛び出した。

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