第393話 変幻自在を破るには

 展開されたサーカスの曲芸師たちを、俺はまとめて叩き潰すことにした。


「オブジェクトウェイトアップ」


 奴らのすべてが、その場に潰れる。側転していた曲芸師も、空中ブランコで飛んでいた曲芸師も、動物を繰って襲わせようとしていた曲芸師と動物も、まとめてすべて。


 だが、その範疇に含めていたはずの団長キエロは、不敵に笑うばかりだった。俺は奴に狙いを定めて、さらに【加重】を強める。


 しかし、手ごたえがない。団長キエロは、一向に、俺の魔法を気にした様子がない。


 俺は言った。


「そうか、お前幻影だな?」


「バレってしまっては仕方がない」


 俺の背後から急に手が伸びてきて、俺の喉元を掻き切った。大量の血が溢れ、俺は目を丸くする。


「前方ばかりに注目しているから、背後を取りやすかったとも。油断は大敵だぞ、少年―――」


「いいや、これも幻影だな。俺のリポーションは、手練れでも一度は引っかかって弾かれるんだぜ」


 俺は目を瞑る。それから深呼吸をして、目を開く。


 俺の喉に傷はない。溢れたはずの血も消えた。痛みだったそれも幻影で、意味をなさずなくなる。


 サーカスの奥で、くっくと団長キエロが笑った。


「なるほど、なるほど……。恐ろしい強者のようだな、少年。どのように倒したものか、考えてしまうよ」


「俺もだ、キエロ。幻影使いの中でも高位の奴とやり合うのは初めてだ。前ならアジナーチャクラで一発だったのに、今はそれもできない」


 アジナーチャクラ。第二の瞳。それは、気分で俺を邪魔しに来る嘘の魔王の所為で、地獄では真価を発揮できない不遇のチャクラだ。


「っ、ウェイド! お前、今のは……!」


「ヒュー☆ さっすがウェイド! 首を掻き切られたのにはキリエもびっくりしたのに、その落ち着きやばー!」


 遅れて、二人が俺とキエロの攻防に驚いた。俺は少し考え、二人に頼む。


「二人とも、しばらくの間俺のこと守ってくれないか? その間に、キエロを確実に追い詰める方法を思いついた」


「あん? 守るのはいいが……何するつもりだ」


 ギュルヴィの問いに、俺は答える。


「嘘の魔王を殺す。そろそろあいつウザすぎるわ。死んでるらしいけどもっかい殺す」


「はぁ? 何言ってんだ?」


「よく分かんないけど、いいよ☆ そもそもウェイドたちはキリエの付き添いだし、ゆっくり準備しててよ」


 あと、とキリエは俺に笑いかける。


「その準備の間に、キリエがパパのこと倒しちゃったらごめんね?」


「ハハハッ! そうなったら楽しいな。じゃ、任せたぜ」


 俺が頼むと、二人は「おっけー☆」「おう、任せろ」と首肯した。俺はサーカスの端の方に寄り、目を瞑る。


 起動するはアジナーチャクラ。団長キエロの奥まで見透かそうとする。


 すると、嘘の魔王の気配が現れた。


 羽根つき帽を被った青年の姿の魔王。俺は閉じた視界、暗がりのイメージの中だけで振り返り、その腕を掴む。嘘の魔王ヘルメースはそれに驚き、俺を見た。


 俺は笑う。


『お前のことはずっとウザかったから、準備してたんだよ。裏でムティーに詳細聞いたりしてな。それで分かった』


 第二の脳、サハスラーラチャクラで、掴んだヘルメースを逃がさないようにする。ヘルメースは険しい顔で俺を見る。


 俺は事実を突きつけた。


『お前が地獄に強いた嘘の保護。それはお前の支配領域だ。お前はムティーに敗北し、分けられ、だがすぐに分け身を取り戻して復活した。そうだろ、嘘の魔王』


 俺の問いに、わずかな沈黙を挟んで、奴は言う。


『……たかが一魔人を討つために、魔王の一人を下そうというのか、貴様』


『うるせぇ! いい加減マジでウザいんだよお前は! お前がどれだけヘイトを買ってるのか考えろ! ボコボコにさせろこの野郎!』


 俺の怒気に、ヘルメースは引いている。俺はコホンと咳払いして、ヘルメースを見た。


『けど、お前はこの場にいない。お前の支配領域が広すぎて、ここまで届いてるだけだ。要するに、お前の支配領域を破ればいい。それだけのこと』


『……何をするつもりだ』


『分かんねぇか?』


 俺はニヤリ笑って、言った。


『今も俺は、アジナーチャクラで、んだぜ?』


『!?』


 ヘルメースが、とっさに俺の手を振り払おうとするが、もう遅い。


 アジナーチャクラは、概念世界を見通す目。サハスラーラチャクラは、概念世界に直接干渉する手段。


『嘘の魔王ヘルメース。支配領域を通じて感知したお前の、使用する魔術を直接「書き換える」。お前の支配領域は範囲を極大、効果をギリギリまで絞ってるな?』


 だからそれを、逆にする。


『流石魔王だ。支配領域の出力の絶対量が、意味が分からんほどデカイ。けど、他の神話圏から出張ってるお前だ。そろそろ自分の神話圏に引っ込んどけ』


『やっ、貴様、やめ―――ッ』


『じゃあな、ヘルメース。今度そっちの地獄に行ったら、絶対ボコボコにしてやるから覚悟しとけ』


 ヘルメースの支配領域が、縮んだ。急速な勢いで消え去り、この北欧神話圏を範囲から外す。


『クソ……ッ! また我は、人間に破れるのか……! 神として力を振るった時も、魔王として攻め入った時も、いつも人間が我を亡ぼす……!』


 俺が掴んでいたヘルメースの姿が、ほどけ、消えていく。嘘の魔王ヘルメースは、もがくように腕を振り回す。


『貴様……! 恨むぞ、人間よ……! 貴様らを亡ぼし、創造主を弑して、再び、神……へと……!』


 そうして、ヘルメースは消えた。それから、やはりな、と少し思う。


「魔王は、死んだ神か」


 目を、開く。


 そこでは、団長キエロを相手に、キリエとギュルヴィが苦戦を強いられているようだった。幻影を用いた変幻自在の攻撃に、二人は虚実入り乱れたダメージを負わされている。


「クソがぁ! 一方的に嬲りやがって!」


「あっははははははは☆ パパ、楽しいねぇ! 魔王軍もこんな風にして倒したの!? 欲しいなぁ! パパの魔術、欲しいよぉ!」


 血まみれになりながら、体の一部をリンゴや人形に変えながら、二人は団長キエロへと魔術を放つ。


 だがそこに団長キエロは居ない。攻撃は当たらない。


「おぉっと、良いのか? このキエロへの攻撃を優先していては、君たちの奥の手である彼を守れないぞ?」


 そう言いながら、団長キエロはナイフでジャグリングを始めた。そのまま流れに沿って、すべてのジャグリングナイフを俺に飛ばしてくる。


「まずい―――ッ! ウェイド、避けろ!」


 ギュルヴィが必死の形相で叫ぶ。だから、俺は言った。


ブラフマン




 アジナーチャクラが、すべて嘘だと教えてくれる。




 ナイフは俺に刺さるが、それはすべて幻影だ。だから無視する。血と痛みがあっても、それが嘘だと知っている。


 俺はサーカスの端、観客席でのんきにポップコーンを貪っていた、本物の団長キエロを指さした。


「オブジェクトポイントチェンジ。……よくも俺たちで遊んでくれたな、おい」


「お、おぉ? おぉぉお?」


 重力魔法で、奴を掴む。自らに直接魔法がかかったことに気付き、団長キエロ目を丸くして俺を見る。


「今度は、俺がお前で遊ぶ番だぜ」


 俺は重力魔法で団長キエロを持ち上げる。それから、いつぞやのウィンディのように、ピンボールのように周囲に叩きつけまくった。

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