第392話 時計塔へ
トキシィはその後、適当に進んでいたらすぐに見つかった。
トキシィは、期待通り団長キエロの場所情報を掴んでいた。曰く「深夜0時、第一歓楽区の時計塔の最上階」と。それだけ分かれば、後はキリエが案内するだけだ。
他にも、この混乱に乗じて魔王軍幹部を全員倒してしまった、など驚きの戦果を伝えられたが、スールが自失状態と一筋縄ではいかなかったらしい。
『それに、スールのお姉さん一人だけ、逃げられちゃった。他の二人を食べてる隙に拘束を外して、支配領域で』
そんな訳で、脅威はまだ残っているとトキシィは語った。とはいえ、総大将に左右大将の片割れが消えている。即時の再建は難しかろう。
ともかく、今は団長キエロの打倒だ、と俺はトキシィたちを置いて、俺、キリエ、ギュルヴィの三人で、時計塔へ向かっていた。
「えっと次は……この下水路に入るよ☆」
「道よ」
「下水路か……入りたくねぇ……くせぇし……」
俺とギュルヴィは、キリエの案内にものすごい嫌な顔になる。しかし揉めても仕方ないので、大人しく侵入だ。
「リポーション、強め」
「風を使ってこう……ぐ、周囲全部がこう臭ぇとどうにもならねぇか」
「アハハ! 侵入って感じで楽しいね☆」
「「楽しくない」」
俺とギュルヴィは声をそろえてキリエに言い返す。しかし文句を言っても臭さと汚さはどうにもならない、と俺たちは耐えて進んだ。
入り組んだ下水路を進み、最奥で襲い掛かってきた巨大スライムを、「うわぁぁぁぁああきたねぇぇぇええ!」「近づくんじゃねぇ汚水スライムが!」「キャッホー☆」と撃退。
疲弊と共に下水路から這い出ると、俺たちはついに時計塔の真下に到着していた。
「よかった……。本当に出られて良かった……」
俺は地面に手を突いて、ぶるぶると震える。マジで、ホント……汚いわ臭いわ……!
「下水路は何度来ても慣れんな。にしてもウェイド。お前は魔術で汚れてねぇだろ」
「下水なんか初めてなんだから、大目に見ろよギュルヴィ! んで汚いまま踊るなキリエ!」
「ワックワクの大冒険だったね☆」
「汚れ落とすまで近寄るな!」
ギュルヴィが多種多様な魔術で、自分とキリエをまとめて水洗いに掛ける。それから熱風で乾かして「こんなもんか」とした。
「……ギュルヴィ。前から思ってたけど、お前万能だな……。どんなルーンを体に刻んでるんだ?」
「あん? まぁボチボチだ。それより、ここにこの混乱の元凶がいるんだろ? 下水道で嫌な思いさせられた分、思いっきり憂さ晴らししてやろうぜ」
ギュルヴィは、獰猛に笑って、手のひらに己の拳を打ち付けた。
俺はそれに、「そうだな。この恨み、全部ぶつけてやる」と意識を集中させる。
そんな俺たちに、キリエが言った。
「じゃ、時間を進めようか。深夜0時に至るには、このサーカスの知識がいる。今のサーカスはまたパパがルール変えたから……多分、こう☆」
一呼吸を挟み、キリエは言った。
「『今のサーカスは、仮面を付けた残酷な縁の結び場。もっとも会いたくて、もっとも会いたくない相手にこそ巡り合う』」
ゴーン……、と時計塔で鐘が鳴った。気づけば周囲は深夜の暗がりに沈み、殺人ピエロがどこからともなく現れる。
「ウェイド、何だあいつらは」
「深夜0時を守る殺人ピエロだ。ただ、まぁ、アレだな」
オブジェクトウェイトアップ。俺が認識したすべての殺人ピエロが、一斉に地面に沈む。
「モノの数じゃない。蹴散らして最上階を目指そう」
俺が時計塔に一歩踏み出すと、「やっちゃおー☆」「頼もしいこと言ってくれてよ」と二人は意気揚々とついてきた。
塔に侵入する。そのまま一気に駆け上がる。
塔の内部は、他の魔王城保護塔とおおむね造りは同じで、しかし装飾は大幅にサーカスに寄せられている、といった具合だった。
基本的にはやはり魔王軍詰め所。しかし歩き回るのはすべて殺人ピエロ。思うに、このピエロがサーカスにおける魔王軍、治安維持機構の役割を果たしていたのだろう。
檻のある牢獄エリアでは、何故かピエロの服装をさせられ、悶える魔人たちが閉じ込められていた。俺はその奇妙さに、首を傾げつつ通り過ぎる。
「あと少しだ! 一気に最上階に行くぞ!」
襲い来る殺人ピエロを、リポーションの斥力で壁に叩き付ける。横から不意打ちするピエロを、ギュルヴィが風で切り刻む。上から落下してくるピエロを、火の拳でキリエが貫く。
そうして俺たちはさらに階段を駆け上がり、最上階へと至っていた。
目の前にあるのは、まるでサーカスの入り口かのような、過度にふざけた装飾をした扉。団長キエロを真似たぬいぐるみが、扉の端に釘で縫い付けられている。
ぬいぐるみは小さな看板を持ち、『ようこそ団長キエロの秘密の部屋へ!』と書かれていた。
「……入るぞ」
「あ! 待って。……キリエが、最初に入りたい」
俺はキリエに振り返る。目には真摯な色。俺は頷き、先を譲った。
キリエは、深呼吸と共に中に入る。ギィ、と扉が音を立てて開く。
そこにあったのは、時計塔の仕掛けを動かす歯車が、むき出しで動く仕掛け部屋だった。
俺はそれを見て、サーカスだけやはり文明が進んでいる、と難しい顔になる。この世界では、俺の前にも日本人が招かれ、様々なものをもたらしたとは聞いているが。
ガラガラガラと音を立てて、歯車はかみ合い動き続ける。それ以外は、板張りの簡素な空間。
その奥にあった陰に、少し遅れて気づく。歯車が折り重なって作った陰。異質な領域。そこに、俺たちに背を向けて立つ者がいた。
「来る者がいるとするならば、君だと思っていたとも、少年」
シルクハットに、燕尾服。その人物は笑みと共に振り返る。カツカツと音を立てて、奴は陰の中から進み出る。
「だが、意外だった。キリエ。お前がこのキエロの前に立ち塞がるとは」
団長キエロ。サーカスの主。奴はシルクハットを少し持ち上げて、我が子であるキリエを見た。
そして言う。
「―――素晴らしい! 意外性こそサーカスの華! キリエ、お前はこのキエロの誇りだ。この催しをもっと面白くしてくれるのだね?」
「あははっ☆ そうだよパパ。キリエはパパを食い殺して、サーカスの新しい主になるの!」
「ほう! そうか、そうか。それは光栄だ。我が身を食らって、さらに上へと至れると思ってくれるのだな。それは……これ以上ない光栄だとも」
―――ならば、全身全霊を尽くさねばならないな。
団長キエロは、バッ、と大きく手を広げた。その勢いに燕尾服の裾が翻る。高らかに白手袋を付けた手を掲げる。
「支配領域『トリックスター』。それは実態を掴ませぬ、虚実入り乱れた支配領域。諸君らを包み込む致命の幻影」
団長キエロは、笑みと共にこう言った。
「ここからがサーカスの真骨頂だ。ぜひ楽しんでいってくれたまえ」
指が鳴る。三重に支配領域が俺たちを包み込む。
「ホストはこの、キエロが務めよう。―――さぁ、楽しいサーカスの始まりだ!」
簡素だった部屋が、一気にサーカスの装飾で埋め尽くされる。
空中に舞う紙吹雪。極端に広がる空間に、飛び交うサーカスの曲芸師たち。
そのすべてが、俺たちに殺意の視線を向けている。俺はニィと笑い、踏み出した。
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