第391話 キリエは父をこう語る
俺たちは氷鳥に導かれて屋上を歩いていると、氷鳥に導かれたキリエが、向こうからこちらに歩いてくるのが見えた。
「おっ! ウェイドじゃーん! 大はっけーん☆」
上機嫌に、こちらにキリエが駆け寄ってくる。それから「再会のハイタッチ!」と手を差し出してくるので、俺は応じてハイタッチをした。
「はい君も! ハイタッチ☆」
「お、おう。……ウェイド、こいつは?」
「協力者のキリエだ、ギュルヴィ。キリエ、こっちはさっき俺を助けてくれたギュルヴィ」
「へぇ? よろしくな、キリエ」
「こちらこそよろしくギュルヴィー!」
二人はほどほどに意気投合した様子を見せる。二人ともコミュ力高いしな。と俺は納得だ。
「っていうか、キリエ? お前も支配領域に呑まれたのか? いや、そうか、サーカスの地形と魔王軍陣地の地形が混ぜられたから、そういうことか?」
「そーそー! で、キリエ的にはパパの場所が分かれば、色々小細工で時間変えるだけでたどり着けるって寸法だよ!」
キリエの説明に、俺は「おぉ」と感心してしまう。流石は身内。やることはちゃんとやってくれそうだ。
すると、チチッと鳴いて、氷鳥が俺たちを再び案内し始めた。恐らく、その先に情報―――トキシィ部隊誰かが居るのだろう。
「あっちだな。よし、向かおう」
俺を筆頭にして、三人でテクテクと屋上を進んでいく。三人とも身体能力が高いので、軽やかに跳んで、魔人たちが殺し合う地上を避けて移動する。
「って、パパ? キリエ、お前何だ。父親を裏切ろうって腹か?」
と、そこでギュルヴィが眉をひそめた。訝しげに、初対面のキリエに問いかける。
しかしキリエも、その程度では気にもしない。
「えー! 違う違う☆ パパを裏切るんじゃなくて、こう……パパ越え? みたいな? 安心させたいっていうか?」
そういう話は俺も聞いていなかったので、俺は「キリエ」と呼びかける。
「せっかくの道すがらだし、その辺りの話も聞かせてくれよ。恨みもないのに父親を踊り食いなんて、この地獄でも珍しい話だろ?」
「んー、んー……。そうだね。ウェイド達なら、話してもいっか」
キリエは、思い出しながらなのか、とつとつと話し始める。
キリエは、実のところかなり長生きな魔人であるらしい。
記憶の始まりは、どこか遠くの檻の中。そこで、わらわらといる自分同様の小さな魔人たちと共に、キリエはいたと。
キリエは何も分からないままで、ただ、力がないとどうにもならないと考えた。だから小さな体で檻から這い出て、続いて出てくる同じ小さな魔人たちのリーダーとして動いた。
そしてそれらを食らった。
すべて食らい、自らの力とした。
それで、キリエはある程度、知識と力を取り戻した。
元々あの場に捕まっていたこと。その理由は分からないこと。檻から逃げるために自らを分けたこと。あの場にいたのはすべて自分の分け身であること。
だが、その根幹となる知識は、自分が食った分け身の中にはないようだった。ともかく逃げ延びなければならないとだけ考えて、キリエは各地を転々としていた。
そうやって何度も地方でひどい目に遭いながら、やっとの思いでたどり着いたのが、この魔王城下街、そのサーカスであったのだという。
「サーカスも昔はバザールに近くってねぇ。まぁ貧民に厳しいこと厳しいこと」
険しい環境で、キリエはどうにか生き延び居ていたという。幸いにして多少戦えたから、サーカスの用心棒めいた動きをしていたのだと。
そんなある日、すさまじい求心力を持った魔人が、サーカスに現れたのだという。
性格は温厚。魔人とは思えないくらい人当たりが良く、警戒や侮蔑を伴って接した相手でも、気付けば心を許している。そんな人たらしな魔人なのだと、キリエは聞いた。
一度会ってみたい。キリエの中に生まれたのは、そんな素朴な思いだったという。
「だから、仕事ほっぼり出して、その魔人の元に向かったの。するとねぇ。何て言うのかな。あ、同じだって。この人とキリエは似てるって、そう思ってね?」
それは、その魔人―――キエロも、同じだったそうだ。
「『ウチに来るかい?』って言われて、何だか、とっても嬉しかったんだ。居場所を見つけたって思った。やっとゴールできたって、そんな風に」
団長キエロは、優しかった。ずっとついて回った。それをキエロは、喜ばしいものとして受け入れてくれた。気づけばキリエとキエロは、親子になっていた。
だが、魔人の幸福など、そう長くは続かないもの。キエロは、どこかでおかしくなった。
「色んな事が、つまらなくなったって、パパは言ってた」
何もかもがつまらない。それは魔人にとっての死、塩化の初期症状だ。
だから焦った。キリエも、当然キエロも。
キリエは、キエロの興行、サーカスの曲芸に力を入れた。
「パパに初めて芸を見せたら、パパ、すごい嬉しそうにしてくれたんだ。だから、もっともっとうまくなれば、パパの退屈も癒せるんじゃないかって、そう思って」
だが、退屈という病は、魔人にとって恐ろしい毒だ。無限の生は、それゆえに侵され、意味をなくしてしまう。
そうしてキエロは、いつしか狂った。
「『面白い演目を思いついた』って言って、支配領域を広げたの。多くの魔人を取り込んで、洗脳して、サーカスの団員に変えていった。その所為で魔王軍とも敵対しちゃって」
クスっとキリエは笑って、こう続けた。
「パパ、なんて冴えてるんだろう☆ って、やっぱりパパはすごいって思ったんだ!」
そこまでは良かったのだという風に、キリエは語る。
「平凡な演目は、ずっと過激で面白く。パパのサーカスは魔王軍とぶつかったりしながら、どんどん面白くなっていったの。キリエは、それを夢中で追っかけてた」
問題は、その後。至る所まで行った先。
すなわち、過激を極めた後に、再び訪れた退屈だ。
「どうしようもなかった」
キリエは言う。
「演目は前よりもずっと面白くなった。なったのに、ダメだった。パパは全部見飽きたって言ってた。何をやっても面白くないって」
次第にキエロは、どこにも現れなくなった。キリエですら、まともに会うことはできなくなった。
このままどうなるのだろう、とキリエは思った。このまま、もう会えないのだろうかと。退屈が極まって、キエロは塩になってしまうのかと。
「そんなの嫌だって、キリエは思ったんだ」
だから、キリエは、キエロを食らうことにした。
「パパを超える。もっともっと面白いサーカスにして、キリエももっともっと面白くなる。そうなった姿を、キリエの中から、パパに見せたいなって思ったんだよ」
父を超え、その偉大な軌跡を受け継ぎ、さらに大きくする。そのためにキリエは団長キエロを食らう。あるいは、団長キエロを食らうために、父を超えることを目指す。
「パパを食べれば、キリエの分だけ退屈は遠ざかる。塩になるまでの時間が伸びる。きっと―――きっとキリエは、パパの分け身だから。そうすることで恩返しになるって」
元をたどれば同じ魔人。辿ってきた軌跡も、能力も、知識も違っても、それでも同じ核を持っているはず。
だから、きっとこの方法で、キエロに、パパに喜んでもらえると。
キリエは、そう、語るのだ。
「だから、キリエはパパを食べるの。キリエの居場所になってくれた恩を返す。パパとこれからも一緒に生きていく。そうやってサーカスを大きくする。……そうしたいから」
キリエは、魔人だ。だから人間とは常識が違う。倫理観も違う。恐らく目にも映らない弱者のことは、歯牙にもかけたりしない。そう言う冷酷さがある。
だが一方で、確かにキリエは、家族の情を持ち合わせていた。その一点を尊重して、俺は言う。
「そうだな。それが俺たちの目的にも沿う。一緒に、団長キエロを倒そう」
「……色々と思うところはあるが、親孝行な子供だ。手伝わない訳には行かないな」
「うんっ☆ よろしくねっ、二人とも!」
キリエは再び、俺たちにハイタッチを求めた。俺はそれに応え、キエロの情報を知るために先へ進む。
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