第390話 こんな窮地は想定してない

 アイスの案内を受けて歩き出そうとしたとき、俺の隣で風が起こった。


「ん?」


「うぉっ、復活~……。今の雷ヤバかったなおい」


 そこには、復活した魔人がいた。


 奴は俺を見て、表情を険しくする。敵か、と疑ったタイミングで、氷鳥が魔人の肩に乗った。


 魔人の表情が和らぐ。


「アレ? ご主人様じゃん。あ、そうか俺のリスポーンご主人様から変えてなかったわ」


 俺は一瞬キョトンとして、それから、「ああ」と頷く。


 意外に魔人も死ぬことがあまりないのか、俺のそばで復活する魔人というのは少ない。一番復活が多いのがローロで、それでも城下街に入ってから数えるほどしかなかった。


 だが、と俺は思う。今の復活魔人の言葉。雷で死んだような内容だった。


 それはつまり、サンドラの雷で死んだという事だ。つまりこの戦いの参加者魔人の死ということ。


 想定されるのは――――


 俺の周囲で、風が渦巻く。いくつも、いくつも。その一つ一つから、魔人が現れる。


「―――嘘だろッ!?」


 俺は言うだけ言って、全力で駆け出した。


 何が起こっているか。それは簡単だ。バエル領の魔人が大量に死んだというだけ。サンドラとの戦いの余波で、大量にバエル領の魔人が死んだ。


 それだけなら問題はない。魔人が死んで復活することなど、日常茶飯事だからだ。


 だが、今回問題になるのは、その復活地点である。


「うぉぉおおおお! やばい! 俺の周りで復活が吹きすぎてる!」


 バエル領の魔人は、大移動の過程で、死んでも問題がないように俺を復活地点と定めるものが多いという。


 そのバエル領の魔人が大量に死んだ。起きるのは大量復活。


 そして、その大半が、俺の元で復活するという事。


 もっと言おうか。


 俺、全力で走らないと、復活した魔人で埋もれて死ぬ。


「お前ら復活地点変えとけ馬鹿野郎ぉぉおおおおおお!」


 走り抜ける先から復活の風が吹き、俺の横や眼前、埋まっている場合には頭上に魔人が降ってくる。


 しかも、どうやらアイスの氷鳥に触れていないと、敵味方の判別がつかない支配領域効果は健在のようで、復活した魔人は俺を見つけるなり襲ってくるのだ。


 さらに言えば、殺しても俺の近くで復活するだけ。だから殺せない。とにかく今は、逃げるしかない!


「くっそぉおおおおお!」


 俺はダッシュする。無限に逃げる。全速力で駆け抜ける。


 重力魔法で体重を軽くし、アナハタチャクラで全身強化。ともかく超スピードで逃げ回る。


 だが、何故か一向に俺の元に復活する魔人が絶えない。俺は歯を食いしばる。


「何でッ! 何で復活が終わんないんだ! 絶対もう七百人復活した! 絶対した!」


 まるで俺を追うように、無限に俺の元に復活する魔人は続く。何でと思って、不意に気づいた。


 後ろを見る。魔人同士が殺し合っている。


「―――――ッ」


 そうだ。敵味方の区別がつかない魔人たちは、復活直後から殺し合う。それも、俺を座標に復活するから、周囲に敵がいない状態が存在しない。


 つまり。


「アレ、俺これ詰んでね?」


 無限に走る。無限に逃げる。そして無限に魔人が死に、復活する。


 詰みである。図らずしも俺は詰んでしまった。


「……ッ、い、いや……ッ。まだ、まだだ! まだ俺は詰んでないッ!」


 俺は振り返って、「オブジェクトウェイトア―――」と呪文を唱えようとする。だがその時間で一人二人三人と俺の上に復活が重なり、俺は一瞬潰れかける。


「―――――ッ」


 やばい、ヤバいッ! 俺は必死に這い出る。這い出た先から、復活した魔人が俺を押しつぶす。だが俺は、それでも根性を見せて抜け出した。


 走る、走る、走る。がむしゃらに、遮二無二走る。


 マジか、マジか! 呪文を唱える時間すら惜しい! 走り続けるだけの肺活量はあっても、呪文を唱え切る時間がない!


 俺は絶望の顔でひたすら走る。魔法での対処も追いつかないほどとは思っていなくて、俺は半ばパニックに陥っている。


 いや、き、きっとどこかで終わるはずだ。そのはずなんだ。俺の逃げる速度が、魔人同士がお互いを捕捉して殺し合うペースを上回っていれば、いつか。


 だから全力で走る。走るが、走り抜けた道のすべてで魔人がギチギチなのを見て、俺は流石に悲鳴を上げた。


「来るなーッ! 復活指定を解けーッ! 俺をッ、俺を解放しろーッ!」


 必死である。強い敵とかじゃなく、この世界のシステムと数の暴力で詰まされかけている。嘘だろそんなことあっていいのか。


 空中を飛べば行けるか? いや、ダメだ。復活した魔人が落下死して、死と復活のサイクルが早まるだけだ。どんなに走りにくくても走り抜けるしかない。


 俺は歯を食いしばって、延々と走る。何もできない。俺がすべきことはたくさんあるはずなのに、何もできない。


「俺は無力だ……ッ」


 強い奴が相手ならどうにかやってこられた。だが世界の仕組みが俺に牙をむいてきたら、こんなにも俺は簡単に詰まされてしまった。


 背中に復活した魔人が当たる。俺はコケかけ、それでも根性で乗り越えさらに走る。


 サーカスの人込みを縫って、魔王軍の争いの中を抜け、どうにもならない中で、それでも、それでも諦めるわけには行かないんだと走り続ける。


 そんな時、何者かが、俺のそばでこう言った。


「お前は人に助けてもらうってのが下っ手くそだなぁ、ウェイド。もっと人に頼ったらどうだ?」


「―――――助けて、くれるのか?」


 俺が横を見る。そいつは、かつてスラムで俺を助けてくれた少年魔人ギュルヴィは、ニヤリと笑った。


「良いぜ。前回の分も合わせて、二回飯に付き合ってもらおう」


 風が、巻き上がる。


 魔人たちは、ギュルヴィの放った風の魔術で、一斉にどこかに吹き飛ばされていった。それから「ああ、あいつらが死ぬと良くないんだな。殺し合うのも良くない」と呟く。


「なら、こんなもんだ」


 風をさらに操って、魔人たちを包み込むその魔人たちはふわふわと空中を漂って、そのまま遠くへ飛ばされていく。


「……アレ、どうなるんだ?」


「分からん。恐らくは支配領域を抜けて、適当な市街で着地するんじゃねぇか? ―――っとぉ!」


 俺はあまりの感謝の念に、一回りも小さなギュルヴィに縋り付いていた。


「怖かった! すっげぇ怖かった! 助けてくれてホントありがとう! マジで助かったよギュルヴィ!」


「お、おうおう。恩は高く売れるときに売っとくに限るな、ハハハ」


 震えながら縋り付く俺の頭を、少し戸惑い気味に、ポンポンと叩くギュルヴィだ。


 ギュルヴィ。小学生ほどの体躯の、強い魔術を振るう謎の少年魔人。


 以前も、俺がスラムで魔王軍から逃げる時、正体を隠したい俺の代わりに魔王軍を追い払ってくれた。あの時も実に助かった。


 こいつホント、俺がマジで困ったときにしか助けに来てくれないじゃん。俺、大好きかもしれないこいつのこと。


「大感謝……」


「あー、うん。そろそろ恥ずかしいから離れてくれや。照れくせぇ」


「お、ごめん。いや、ちょっと、流石にあんな現象は初めてすぎてさ……。動揺が勝ってるというか、腰が抜けて……」


 俺は気合を入れ直して立ち上がる。それから「っていうか」とギュルヴィを見た。


「ギュルヴィ、何でここにいるんだ? しかも支配領域の影響から外れてる」


「ん? ああ、俺も商人ギルドから声かけられてな。お前もそういうクチか? ウェイド」


「ああ、まぁ、そんなところだな」


 俺はひとまず誤魔化しておく。主催なんて言っても良いことないだろうし。


 そこで、気付く。


「ギュルヴィ、その鳥」


「ああ、これな。この鳥見つけてから、支配領域の影響を外れたんだ。氷でできてるのか、いやに冷たいんだがな。こいつが何だか知ってるか?」


「……さぁなぁ……。俺も捕まえたが、どんな関係があるのかさっぱりだ」


 惚ける俺だ。驚きだな。思った以上に話せることが少ない。


 とか思ってたら、さらにギュルヴィが聞いてくる。


「にしても、さっきのは何だったんだ? 何で魔人どもがお前を起点に復活する。ウェイドお前、魔人集めて宗教でも作ったか?」


「……いやぁ、そんなことはないが……」


 似たようなことはしてるので、あんまり強く否定できない俺だ。


 今のところ、ギュルヴィに対して嘘しかついてない。助けてくれた相手に、とちょっと罪悪感がある。


 しかしギュルヴィは、俺の玉虫色の返答を、気にもしていない風に言った。


「ふっ、まぁいい。それで? ウェイド、お前も参加してるからには、何か目的があるんだろ」


「え? ああ、そうだけど……」


「乗り掛かった舟だ。手伝ってやるよ。これで貸し三つな」


「え? いや流石に悪いって」


「良いんだよ。ウェイドを手伝った方が、俺も実入りがよさそうなんでな」


「……そういうなら、手伝ってもらうか」


 俺はギュルヴィに説明しながら、共にサーカスを進んでいく。

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