第387話 シリーナの懺悔/ピリアの嘲笑

 弟子トキシィとお気に入りのスールから泣く泣く離れ、ピリアはスールの姉ことシリーナを探していた。


 周囲は完全にサーカスと化している。「空間歪める支配領域かぁ。これ迷うのがヤダよねー」と言いながら、邪魔になる魔人の少ない建物の上を飛び歩く。


 すると、絶叫を挙げながら暴れまわる、漆黒の肌の女が暴れているのを見つけた。


「スールッ! スールぅッ! どこにいるの!? 返事をして、スール! あなたを守りたいの! お願い返事をして! スール! スール!!!」


「……わぁ。強烈なおねーさんだ」


 前情報が『家族で倒すべき敵』で済まされていい存在じゃないなぁ、と思いながら、ピリアは屋上から様子を眺める。


 どうやら彼女、スールの姉シリーナも、団長キエロの支配領域で前後不覚になり、目につく敵すべてをなぎ倒している状態らしい。


 にしても、とピリアは口を尖らせてシリーナを眺める。


「スール! 今度こそ! 今度こそあなたを守りたいの! どこにいるの!? もう、もうあなたをあんな目に遭わせないから! だから置いていかないでぇっ!」


「……なーんか変だよねー。そんな執着してるなら、普通スールちゃんがウチにいるって聞いたら会いに来るもんじゃない? 会わないよう拘束されてたとかー? そ・れ・と・もー?」


 ピリアは胡乱な目でシリーナを観察する。シリーナの目には焦燥と恐怖がある。


 素直に受け取るなら、スールが見つからない焦り、スールを失う恐怖、だが……。


「……考えても仕方ないね。それに些事だ。ウチの役目はシリーナちゃんをボコってスールちゃんの元まで拉致るだけ」


 だから、とピリアは屋上から飛び降り、空中で一回転して着地する。その挙動に、シリーナがピリアに向かう。


 ピリアは腕鎧を手首から、そこから霧を吐き出した。


「余計な詮索をするよりも、まずは仕事をしなきゃねー!」


「……敵……? シルエット的に、家族の誰でもない、はず。なら―――魔王軍の、敵!」


 霧が満ちる。周囲で視界をまともに確保できるのが、ピリアただ一人になる。そうしてピリアは、カパ、とピリアの開いた手首を閉ざした。


 同時、漆黒の左大将シリーナは、叫ぶ。


「支配領域『滅びゆく世界で燃える剣ソード・オブ・スルト』!」


 周囲から、光が消え失せる。


「ん……闇かぁ。中々いいの持ってるね、シリーナちゃん。情報格差で一方的にやられないようにって?」


 霧と闇。お互いに視界が封ぜられ、動くに動けない状況が出来上がる。


 その中で、ぼう、と浮かび上がる光があった。それは剣。燃え上がるような、剣だ。


「薙ぎ払え」


 漆黒の肌を持つシリーナ。彼女が闇の中で振るう剣は、まるで一人でに動くようだった。


 ヴン、と空気を薙ぐような音が響く。同時にその剣閃の先から炎が放たれ、その切っ先にあるすべてを焼き払う。


 ピリアは、ギリギリでその線上にいなかった。「おぉ~」と感心に声を上げる。


「もしかして自分でも見えてない? 自分を不利にすることで、対価として威力に絶対性を持たせる支配領域ってこと? すっごー! こんな不便な支配領域初めて見た!」


「ああ耳障りな! その訳の分からない言葉を今すぐ止めろ!」


 再び闇の中で、炎の剣が振るわれる。ピリアの声を狙ったのか、前よりも正確だ。


「キャハハハッ! でも、この環境だと刺さってるかもねー! お互いに視界を封じ合って、ウチの防御力も貫通しそうな一撃ってとこ? いいじゃーん楽しいじゃーん!」


 見たところ、ドラゴンブレスに近い破壊の絶対性がある。支配領域を不利な形で運用する分、ドラゴンブレスよりも僅かに上の破壊力があるらしい。


「こりゃあ、当たったらウチでも怪しいね。おー怖い怖い。さっさとぶっ倒しちゃお」


 すでに準備は終えている。ピリアは腰に付けていた『とある飲み物』を、くぴと軽く煽って言った。


「さぁ来て。君の出番だよ」


 その呼び声に呼応するように、おずおずと何かが、闇の中で、霧の中で気配を生じた。それに応じて、闇に呑まれた他の魔人たちが、短い悲鳴を上げる。


「ぎゃっ」「がっ」「げっ」「ひゃっ」「おげっ」「ぎに」「げ」「か」


「な、何? この悲鳴は何! 貴様! 何をしている!」


 断続的に続く悲鳴に、支配領域の中心で、シリーナが困惑に剣を振るう。


 それは、意味をなさない攻撃だった。悲鳴の元にピリアはいないし、悲鳴の元にいるは多少破壊されてもダメージを食らわない。


 ピリアは召喚の際に、召喚獣の名前を呼ばない。


 呼べば全身が出てきてしまうから。全身が出てきてしまえば、それは


 だからピリアは、極めて制限された実力のみを発揮する。それで十分に事足りる。悲鳴は断続的に上がり続け、どんどんとの狙いがシリーナになる確率が上がっていく。


「何だ! 何が起こっている! クソッ、こんな、こんなところで倒されるわけには行かないのに。スール、スール!」


 シリーナは再びスールの名を叫ぶ。闇の中、極限状態。それで正気を保てる者は少ないか。


「ごめんなさい! あなたをお父様から守れなくてごめんなさい! 私が間違ってた! あんな、何度も死ぬような訓練も! その中で苦しんでいるあなたを見捨てた私も!」


 シリーナの剣は振るわれる。それはもはや、ピリアにかすりもしない。ピリアは他人事のように眺めているだけだ。


「戻ってきて! お願い! もう嫌なの! お父様に何度も何度も殺されて! 苦しくて、辛くて、だからお願い! 一緒にお父様を殺しましょう!? 殺して、苦しめて、もう終わりに」


 ピリアはそこまで聞いて、思わずため息を漏らした。


「何それ。しょーもな。解放されて謝り倒して、何かと思えば復讐のお誘い? スールちゃんも身の丈に合わない覚悟を言い張ってるけど、シリーナちゃんはそれ以下だねー」


「―――ッ、そこカパッ」


 ピリアの声に振りかぶったシリーナは、次の瞬間に掴まった。シリーナは破れ、闇が解かれていく。


 残ったのは、霧と、その中にぐじゅぐじゅになった魔人たちばかりだ。その中に死体はない。生きたまま、すべてぐじゅぐじゅになっている。


 ピリアはサーカスの石畳を歩いて、泡を吹いて目を剥き気絶するシリーナを見下ろした。


 ピリアは、嘲るように、あるいは自嘲するように、告げる。


「親殺しなんてのはね、怒りや憎しみでやっちゃダメなんだよ。ウチもなー、それがわかってりゃーなー」


 霧が晴れていく。ピリアは「よいしょー」と小さな体でシリーナを担ぎ上げて「スールちゃんも、分かってるか怪しいけどねー」と歩き出す。

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