第386話 ルペトの咆哮/ムティーの無慈悲
ムティーはピリアたちとの分担を決めてから、早々に離脱して目標を探していた。
周囲の光景は、魔王軍のそれとサーカスのそれが入り混じった場所だ。周囲の魔人たちは殺し合っているが、ムティーには気づかない。
だからムティーは、マイペースに邪魔の入らない空中を歩く。歩きながら、敵を探す。
「すぐ近くに居るはずって話だったな? となると……おうおう居るぜ。あの燃えてる奴か」
ムティーは敵を見つけ、ぴょんと地上に降り、ニンマリと笑って近づいた。
そこにいたのは、全身燃え上がる炭のような魔人だった。周囲にいる魔人を、敵味方関係なく炎の剣で切って燃やしている。
周囲は阿鼻叫喚。誰も彼もが燃え、絶叫を上げている。
地獄に似つかわしい光景だ。ムティーは上機嫌で話しかける。
「よぉ、お前だろ? 褐色魔人の兄貴とかいう奴は。オレとやろうぜ」
声を掛けると、褐色魔人の兄貴……ルペトが、ムティーに振り返った。
声を掛けられたのは分かる。だが内容は分からない。そう言う顔だ。
「……お前、強者だな。だが巨人でも女でもない。つまり、オレの父でも姉でもないという事だ」
「ああ、そうだな。お前はオレの言葉が聞こえてるのか分からねぇが」
ムティーの返しに、ルペトは妙な顔をする。
「会話ができている雰囲気があるが、内容が分からん。スールか? 持ち場はどうした。いや、もはやこうなっては持ち場も何もないか? く……状況が分からん」
ムティーは、ルペトの様子をして、なるほどと思う。こいつは自分を、自らの弟スールと勘違いしているらしい。
ウェイドなら、ここで困惑の一つもしただろう。味方と思っている相手の隙を突くのは同義に反するとでも言って。
実際は、隙を突いて勝っても楽しくないだけなのに。
一方ムティーは、こういう不意を突くのが大好きだ。
「勘違いするならしててくれよ。オニーサン」
肉薄。実力試しの拳を一撃、ムティーはルペト目がけて放つ。
「―――――ッ」
防御。ルペトはムティーの拳を受け止め、しかし衝撃を受け止め切れずに吹っ飛んだ。
中々訓練されている、とムティーは思う。ルペトは吹っ飛ぶも足で着地。すかさず臨戦態勢に入る。
「―――スール! 貴様、乱心したか! 出奔し身をくらませたかと思えば、今度は家族であるオレに反逆だと!?」
ギリリ、とルペトは歯を食いしばり、ムティーを睨みつけてくる。それから絞り出すような声で、こう言った。
「貴様は昔から反抗的で……! ならばいい! オレが手ずから貴様に身の程を分からせてくれる! 貴様も使えるようになったのだろう!? ならば勝負と行こうじゃないか!」
ルペトは地面に強く炎の剣を突き刺した。
すると、そこを起点に風が起こる。それはまるで、竜巻の起こり。小さな渦巻くつむじ風。それが火を伴って―――
「支配領域『
剣が地面から引き抜かれる。
その地面から、巨大な炎の竜巻が巻き上がった。
それはまるで、火柱だった。地獄の業火をそのまま持ってきたかのような劫火。それが周囲の魔人を、建物を、地面を、そしてムティーすら絡めとり、燃やし、巻き上げる。
「ギャハハハハハハ! おもしれーもん出してくるじゃねぇか!」
ムティーは、巨大な炎の竜巻に巻き上げられながら、哄笑を上げていた。
無論、ムティーは無傷だ。この程度の物理攻撃なら、防御をするまでもない。
炎の竜巻にグルグルと回転させられながら、「にしても、なるほどねぇ……」と腕を組んで考える。
「こりゃあ、間違いねぇな。あの褐色魔人が家族とか呼んでるあいつ含めた四人。ありゃあ全員スルトの分け身だ。ラグナロク最後の花火の化身じゃねぇか」
スルト。ラグナロクにおいて有名神を殺し、止まることなく進み、最後に爆ぜて世界すべてを燃やし尽くす火の巨人。
トリックスター・ロキがラグナロクの首魁ならば、スルトはラグナロクの大トリだ。
完全な破滅の申し子。それが火の巨人スルトである。
「どーしたもんかねぇ。邪魔だからって褐色魔人に食わせたら、疑似的にスルトが完成するぞ。いや、主人格があの褐色魔人なら問題ねぇか? 読めねぇな……」
ムティーは腕を組むついでに胡坐をかいて、炎の竜巻でぐるぐる回転している。竜巻は今や数も規模も大きく拡大していて、なるほどこれなら、神の国一つくらい落とせるだろう。
「スラムに呼んだポセイドンにも届かんばかり。中々だな。ポセイドンもなぁ。ギリシャ神話圏だったならもう少し強かったろうに。まぁテュポーンもギリシャ神話圏なら強いが」
「スールぅぅうううう! 余裕ぶって抵抗しないつもりかぁ!」
ルペトはいまだにムティーをスールと勘違いして、さらなる竜巻を作り出す。ムティーは「仕方ねぇ、そろそろやるか」と空中高くから、竜巻を外れた。
落下。強烈な風を受けながら、ムティーは自由落下でルペトに迫る。
その様子を見て、ルペトは叫んだ。
「―――お前は、お前はいつもそうだ! 弟の癖に、いつもオレのことを! お前の姉シリーナのことも見下していた!」
「あ?」
「父上もいつもお前ばかり! お前だけが可愛がられて! お前だけがつきっきりで稽古を受けて! なのにお前は! 突如としてすべてを捨てて居なくなった!」
盗み聞いたスールの説明と違う。そう思いながら、ムティーは向かってくる炎の竜巻を滑空で回避して、落下を続ける。
「その所為でオレたちは、父上の怒りのすべてを受けることとなった! 何度も何度も殺され! 罵倒され! そうして身の付けた支配領域なのに!」
ルペトは吠える。
「お前はお前の支配領域すら使わずにオレに向かってくる! 何故だ! 何故お前とオレとでここまでの差がついた!? どうして―――」
「とりあえず、弟とオレを間違えてる時点で、お前は全部ダメだろ」
落下の勢いそのままに、ムティーは着地と共にルペトのアゴを的確に打ち抜いた。
ルペトはかなりの威力で脳を揺らされ、ぐらりとその場に倒れこむ。ムティーがそんなルペトを抱えあげたあたりで、支配領域は解かれ炎の竜巻が消えた。
「うっし。一丁上がりだ。ったく、ザコいじめは反応が良くて楽しいねぇ」
ケタケタと笑いながら、戦利品たる褐色魔人の兄を、ムティーは山賊のように抱えて歩く。
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