第385話 スールは家族をこう語る

 支配領域に包まれたトキシィ、ピリア、スールの三人は、硬直の後に、近くにいる敵味方の分からない不気味な影が、恐らく仲間であると当たりを付けて動かなかった。


 少しすると、小さく見える影―――恐らくピリアが、何かをした。するとトキシィ、スールの二人は支配領域の認識阻害から解放され、状況が認識できるようになった。


「いやぁ、二人が冷静で助かったよ。暴れ出したら軽く殺すしかないかなとか思ってたからねー」


 茶目っ気たっぷりに言うピリアに、トキシィは胸を撫でおろす。何故ならトキシィは、この小さな師匠のことを知っているからだ。


 ―――ピリアならやる。間違いなくやる。


 だってピリアは、ムティーに比べれば優しい、というだけだから。比較対象がムティーだから。だからやる。ピリアは、殺すと言ったら殺す。


 そう警戒を強めていると、スールが言った。


「ですが、我々は幸運でしたね。情報を手に入れ、群衆とは離れた場所で支配領域に包まれた。戦闘中の群衆が近ければ、こうはいかなかったでしょう」


「殺し合いに巻き込まれて離れ離れだっただろうね。もしかしたらガチでやり合ってたかも」


 スールの言葉に、ピリアが追従する。それを聞きながら、トキシィはこの後どうすべきかを考えている。


「……二人とも、いい? その、この後どう動くかって話なんだけど」


「おっ。トキシィちゃんやる気じゃ~ん! リーダーも板についてきたねぇ。頼もしいよぉ流石愛弟子ー!」


「ちょっ、ピリアやめ、痛! そのゴツゴツした鎧で抱き着かれるの痛い!」


 トキシィはピリアをヒュドラの幻影で押し返しつつ、話を続ける。


「ひとまず、何が起こったのか分からないと、どうにもならないと思う。で、推測だけど。多分だけどこれ、話に聞いたサーカスの団長の支配領域だよね?」


「そうだろうねー。なーんでサーカスの団長が出張ってきたのか、ぜんぜーん分かんないけど、ほぼ確実にそうだと思う。かなり広範囲の支配領域二重掛けなんて訳わからないことしてるし」


「支配領域の二重掛け、ですか。……それが本当なら、神業どころではないですね。理解が追い付きません」


 スールは渋い顔で首を振る。トキシィは少し考え、こう提案する。


「ねぇ、これさ……もしかしたら、チャンスじゃない?」


「チャンス、ですか?」


「うん。敵味方が分からないってことは、敵同士が連携取れないってことでもあるでしょ? 魔王軍の強敵、スールの家族の大将三人が、協力できない状況ってこと」


 トキシィの提案に、スールは目を瞠り、ピリアは「あ、確かにー!」と乗っかる。


「今回は威力偵察の予定だったけど、ここまで大きく荒れたなら、それに乗っかるのも手だと思うんだ。つまり……今回で、魔王軍を私たちで解体しちゃう、って」


「それは……ッ」


 スールは前のめりになり、それから言いたいことを言葉にできないように口をやにわに動かして、「……いえ」と首を振る。


「そう、ですね。これは好機です。考えれば考えるほど、今回以上の好機を狙って作るのは、難しい」


「……スール、気持ちでは反対、なの?」


 トキシィの疑惑の目に、スールは「違います。ただ、その」と目を伏せる。


 ピリアが、スールの肩を叩きながら、トキシィに言った。


「覚悟の問題だよ、トキシィちゃん。敵とはいえ家族を殺すんだからね。予定を決めて、その時までにメンタルを整えるならともかく、今回はチャンスが降って湧いたんだし」


 ピリアのフォローを受けて、トキシィは納得する。


 トキシィも似たようなことをしてしまった身だ。家族殺しの重みが分からないではない。しかもスールは、それを望んでしようとしている。必要な覚悟は相当の物だ


 そして思うのは、一つの疑問。


 本当にスールは、ということ。


「ねぇ、スール。……スールは、家族をどうやって排除しようとしてるの? その……魔人は殺すだけだと、排除できないから」


 だから、トキシィは問う。スールの覚悟のほどを吟味するように。


 スールは深呼吸の後、言った。


「―――食べます。踊り食いで、家族を我が身に封じます。どんな経緯を辿ろうとも、魔王討伐までは、それで魔王軍を無力化できますから」


「ま、それしかないよねー。それができるのは魔人のスールちゃんしかいないし」


「え? ピリア、スールって魔人のハーフじゃ」


「えっ、そんなバレバレの嘘ついてたのスールちゃん! 嘘だよそれ。魔人の性質的にありえないでしょー!」


 ピリアに真っ向から否定され、「え」とトキシィは凍り付く。スールは俯いて、ただ「すいません」と小声で言った。


「その、母親……代わりの女性が、魔女、人間だったというだけです。そして、魔人には本来、血のつながりといったものはないですから」


「じゃあ、父親って言うのも嘘?」


「いえ、そちらは嘘とは言い切れません。血のつながり以上の物があるといいますか。恐らくは―――」


 スールは、トキシィを真正面から見て、言った。


「ワタシは、父、魔王軍総大将ルトガルの『分け身』です」


「……分け身?」


「魔人には、分裂する性質があるんだよ。元は亡者、魂だからね。上手く分ければ別の存在にできる。その行為を『分ける』、分けた者を『分け身』って呼ぶ」


「……」


 トキシィはしばらく沈黙してから、ピリアに聞く。


「え、ピリア知ってたの? 魔人兄妹は知らないって言ってたってウェイドが」


「そりゃ魔人は、分け身だったら知識も分割されるし。片方が知ってたら、もう片方は知らないんだよ。分け身って言うのはそういうもの」


「そう……なんだ。え、でもさ。スールの兄弟ってお姉さんいたよね?」


「そりゃあいるよ。女性性の全くない男性なんていないし、男性性の全くない女性もいない。だから分けると、男からも女が出てくるし、女からも男が出てくるんだよ」


「そういう感じなんだ……」


 ひとまずトキシィは頷く。だが、まだスールの覚悟のほどは掴めない。


 むしろ、ハードルはより高くなった、と思う。どれほどの思いがあれば家族を食い殺せるのか、と思ってしまう。


 だから、聞いた。


「ねぇ、スール。今まで長いこと一緒にやってきたけどさ。スールが今まで、どんな風に家族と過ごしてきたのか、教えてよ。その……今回のことが終わった後には、聞けないから」


 あくまで興味本位、という口ぶりでトキシィは問う。するとスールは、再び口を開いた。


「そう、ですね。こんな状況で思い出話、というのもおかしな話ですが」


 自嘲っぽく笑って、スールは語り始める。






「……気づいたら、ワタシはあの家族の末の息子という立場で過ごしていました。もっとも古い記憶で、父ルトガルは、ワタシたち三人兄弟に苛烈な訓練を課し、こう言ったのです」


 ―――お前たちは魔王様をお守りするのだ。いずれ来るラグナロクのその日まで、研鑽を積むのだ。


「父の訓練は苛烈極まりありませんでした。何度も、何度も死にました。ワタシは落ちこぼれでした。兄や姉は、父の訓練で死ぬようなことはなかったのです」


 そしてワタシは、逃げ出しました。


 スールは言う。


「逃げた先で、それでも父の幻影から逃れられずに続けた訓練で、ワタシは支配領域を得ました。ですが、今更こんなものは意味がなく……そこで、アレク様に拾われたのです」


 食客対応で、スールはアレクに丁重にもてなされた。元々訓練以外は、貴族同然の身分のスールだ。アレクの人当たりの良さもあり、すぐに親しくなった。


「そこで、ワタシはアレク様に話したのです。ラグナロクの話を。ワタシの身の上話を。するとアレク様は占い師にラグナロクについて予言させ――――」


 ラグナロクの時は迫っている。


 もっとも恐ろしき才能を秘めた者を地獄に向かわせ、ラグナロクを潰させろ。


「……そうして、アレク様は、ワタシをウェイド様に引き合わせました。もっとも恐ろしき才能の意味を、会うなりすぐに、ワタシは理解させられました」


「そう、だね。ウェイドは怖いよ」


 スールの語りに、トキシィはただ頷いた。


 ウェイドの才能。それがすべてを狂わせている。こんなに愛おしいのに、一緒に生きていきたいと思うのに、彼を想うなら、彼を殺しきる力を付けなければならない。


 だが、それは今回の話においては余計な話だ。トキシィが聞きたいのは、そうではない。


 スールが、家族を食い殺してでも排除したい理由。しなければならない理由。それが分からなければ、トキシィはスールを信用できない。


 だから、待つ。続きの話を。スールの決意の話を。


 だがスールは、そこで話を切り上げた。


「……ワタシの身の上話は、こんなところです。大した話ではありませんが……少し、話して落ち着きました」


 スールは言う。


「ワタシが家族を飲み込みます。例え分け身でも、食べた者が人格の主導権を得ます。皆さんの敵になることはないと、約束しましょう」


 トキシィは頷き、スールに笑いかける。


「うん。分かった。私はスールを信じるよ」


 トキシィは思う。スールは信用できない。信用に値しない。


 何かを隠しているか、あるいはかのどちらか。利用できる相手であっても、仲間としては頼れない。


 そんなトキシィの思惑に気付いたのか、ピリアはニンマリとトキシィを見つめていた。口だけで『気づくの遅いねー、キャハハッ』と伝えてくる。この茶目っ気師匠は。


 であれば、対応は変わってくる。身近な魔人だから、踊り食いができるのはスールだけだ。しかしそこに、意思は必要ない。倒すのと食べるのは別の話だ。


 トキシィは少し考えて、「じゃあ」と口を開く。


「どうやって相手取ろうか。敵は三人だけど、スール一人で任せるのは、戦力的に少し不安があるし。分担するには人数がちょっと足りないよね」


 あくまでも戦力の話でスールの単独行動を抑え込もうと、トキシィは話す。事実として、スールはトキシィ、ピリアに一段劣る実力だから、これは通る。


 そんなトキシィの提案に、割り込む者がいた。


「そうだな。褐色魔人は戦力として不足だ。バカ弟子の嫁その二、お前は褐色魔人と組んで、総大将に当たれ」


「あ、ムティーじゃん! ムティー!」


 突如現れたムティーに、ピリアがテンションを上げてぶつかっていく。ムティーは全身鎧のピリアにぶつかられても微動だにせず、こう続けた。


「褐色魔人の兄貴はオレがやる。ピリア、お前は姉をやれ」


「りょーかい! じゃあトキシィちゃんにスールちゃん、ガンバ! 父親がやっぱり一番強いと思うけど、二人なら……まぁ……多分……ギリギリ勝てると思う!」


「せめて強めに励ましてよピリア」


 トキシィは半眼で師匠を睨む。師匠ことピリアは、いつも通り茶目っ気たっぷりにウィンクだ。


 にしても、助かった。ちょうどいいところに来てくれた、とトキシィはムティーを見る。


 ―――ムティーは、スールを妙な目で見ていた。少なくとも、仲間を見る目ではない。例えるなら、子供がおもちゃを見るような、そんな目で見つめていた。


 スールはムティーの視線に気付かず、こう言う。


「了解しました。―――ワタシが、父を、総大将ルトガルを下します」


 スールはぎゅっと拳を握る。その様子を、トキシィはじっと疑いの目で見つめていた。

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