第384話 好敵手

 その敵が、俺のアナハタチャクラを砕いた時、俺はこいつが俺に匹敵しうる相手であると認めた。


「――――やってきたなぁおい!」


 肉薄。デュランダルでの一閃。敵は回避すらせずに、俺の攻撃を素通りする。


 防御性能が違う。そう思う。攻撃がどうやっても当たらない。だが向こうの攻撃は、俺の反発防御を破って、回復手段であるアナハタチャクラすら打ち砕いてくる。


 俺は「ブラフマン」とアナハタチャクラを復活させながら、どうこの敵を打倒しようか考える。


 攻撃手段は、もっぱら一つだ。必中必殺の高速魔術。それ一撃で、物理的には俺の全身は焼けこげ、概念的にはアナハタチャクラを砕かれる。


 だから俺は、奴に二発連続で攻撃を食らうとやられかねない。


 ああ、まったく。本当に強い敵だ。と俺は笑う。


 一方で、敵の防御性能について。これはもう、「とっかかりがない」の一言に尽きる。


「ディープグラヴィティ!」


 俺は敵を指さして【崩壊】を叩き込んだ。その寸前で、敵は身を翻し消える。影。何だと思って頭上を見ると、敵は魔術を放っている。


「■■■■■■■■■■■■■■■」


 素早い一撃が、俺の体に突き刺さる。俺の体が瞬時に炭化し、そして即時にアナハタチャクラで復活する。


「ホント厄介だなお前はよぉ!」


 敵の着地を狙って切りかかる。デュランダルは敵をすり抜け、意味をなさない。そんな俺の背後に向けて、敵の魔術が二つ。


 片方がアナハタチャクラを砕く。追って迫る一撃は、振り向きざまにデュランダルを振り抜いて弾く。


 ―――ああ、まったく、本当に。こいつほど厄介な敵は、いつ以来か。


 デュランダルで切りかかってもダメ。重力魔法での直接操作もダメ。まさかのディープグラヴィティによる【崩壊】すら、躱される始末だ。


 俺が傷一つまともに負わせられない敵に、こんな状況で遭遇するとは。


「クソ、楽しいな。ドン・フェン並みに痺れるぜ。どうやったらお前を倒せるんだ、おい」


 だからこそ、燃える。俺は襲い来た魔術をデュランダルで切り払い、深呼吸と共に観察する。


 敵の体躯は細身だ。回避重視だから、恐らくちゃんとした一撃が入れば下せる。


 だから、この敵の絶対回避を、どう突き崩すかを考える。それが俺の勝ち筋になる。


「……ディープグラヴィティが当たれば、あの絶対回避は崩せる。見た感じ、他の物理攻撃とは違って、ディープグラヴィティにはちゃんと躱す必要があるはずだ」


 というか、普通に必中攻撃なんだけどな、ディープグラヴィティ。敵に直接ターゲット固定されない回避能力があるから、あとは効果範囲だけ避ければいいのか。


 ならば、と俺は方針を決める。一度ディープグラヴィティを当てる。それを、奴へ効果がありそうな突破口と定める。


 そして、そのために必要なのは、奴の動きを止めること。


 油断を誘えるか。考え、俺は否定する。最初の方にあった油断らしきものは、もうない。少し演技をした程度で釣れる相手ではない。


 ならば、物理的に動けない状態を用意する? それも無理筋だ。拘束具は当たらない。


 だがそこで、俺は一つ疑問を抱く。


「……物理的に空間をふさいだら、どうなる」


 少し考える。戦闘空間すべてを、物理的に埋め尽くす。そうなったときに、奴はどう躱すのか。


 ―――分からないなら、やればいい。


 俺は膨大な魔力を込めて、左手を叩く。


「■」


 俺の左手から、湯水のようにあふれ出した結晶剣を見て、敵はわずかにたじろいだ。俺はそれに目もくれず、さらに魔力を込めて再び左手を叩く。


 結晶剣が周囲を埋め尽くしていく。俺は「オブジェクトポイントチェンジ」でそのすべてを敵に追尾させる。まずは奴を中心に場を埋め尽くすために。


 敵は素早く移動して、俺への攻勢を強める。結晶剣など相手にもしていないというブラフか。あるいは結晶剣に本当に物ともしていないのか。


 俺は敵の一撃を、結晶剣を集めて防ぎ、重力操作で素早く移動して、結晶剣の嵐の中に隠れた。


 敵は一瞬俺を見失う。そこに結晶剣がマリモのように集まる。飽和状態。


 ここだ、と俺は指をさした。


「ディープグラヴィティ」


「■■」


 敵が、結晶剣をすり抜けて脱出し、俺の体が両断されるほどの蹴りを放つ。


「がぁっ……!」


 隙。そこに、敵は再び魔術の一撃を放った。アナハタチャクラが砕かれる。さらに追撃が俺の頭に迫る。


 俺は、笑った。


「お前、すげーわ」


 俺は上半身だけで、敵の一撃を防ぐ。俺の下半身は完全に炭化し崩れる。


 だが、時間さえ稼げれば、何も問題はない。


ブラフマン


 俺の全身が復活する。さらに続く攻撃をデュランダルで弾く。


「いや、本気でヒヤッとした。マジで殺されるかと思った。すげぇ。ここまでの使い手がいるのか。感動だ。でも、だからこそ、分かっちまった」


 こいつはすごい。すごくて、すごい。そう言う奴はどういう存在なのかを、俺は知っている。


 英雄。


 そして俺は、英雄殺しの術を持っている。



 俺はデュランダルを腰だめに構える。居合の構え。それに、敵は明らかに様子を変えた。今までイケイケで攻撃していたのに、一気に及び腰になって逃げだそうとする。


 逃がすかよ。俺は唱える。


「『王よ、英雄よ、貴様らには奴隷の手による死がふさわしい』」


 デュランダルの複製効果。


 呪われた勝利の十三振り、ムラマサの運命喰らいが、敵の胴体を一閃した。


「――――――」


 敵はその一撃で、明らかに弱った。絶対回避を貫通する一太刀。俺は反転して、さらに畳みかける。


「ディープグラヴィティ」


 敵の絶対回避が砕ける。ここから、畳みかけるぞ。






 敵が妙な攻撃で自分の胴体を一閃したとき、サンドラは本気でマズイと思った。


「……チャクラが、練れない」


 胴体からは血。内臓がこぼれるほどの大きな傷ではないが、それ以上の物が奪われた、という感覚がサンドラにあった。


 すでにサハスラーラチャクラは砕かれた。そこにチャクラの再構築封じが掛かっている。マズイ。本当にまずい状況。


 死ぬ。サンドラは思う。死が、目の前にある。ここしばらく、まったく気配すら見せなかった死が、そこに。


 今までに相対した、誰よりも強い敵だった。成長したサンドラですら、数々の多彩な技を使って確実に追い込んでくる。


 呼吸が荒い。だから、意識して深くする。心を落ち着ける。チャクラが練れなくても、関係ない。サンドラは、こんなところで死ぬわけには行かない。


 だってこんなところで死ねば、きっとウェイドは、また正気を取り戻してしまう戦闘の楽しさを失ってしまうから。


「……仕方ない」


 サンドラは目の前の敵を見据える。


 強い敵だ。出し惜しみをしていては勝てない敵だ。、ここで出し惜しみをすればサンドラが死んでしまう。


 敵は悠然とこちらに向かい、ゆっくりと剣で構えを作る。


 それは、きっと、サンドラに期待をかけているのだ。まだ何か秘めているだろう? と。まだ戦えるだろう? と。


 答えるように、サンドラは敵を見返した。


「仕方ないから、奥の手を使う」


 サンドラは胸元に手を当てる。その下にあるのは、魔法印。―――完成した、魔法印。


「大魔法」


 呼吸を整える。心を静め、それから昂らせる。その温まった心に、は宿る。


「ゼウス」


 サンドラの体に、神が降りる。


「―――――――」


 直後サンドラゼウスは、敵を執拗なまでに叩きのめしていた。


 まず、サンドラは、敵に肉薄し、その体を掴んで空高く投げ飛ばした。それに敵は反応できなかった。上空十数メートルを超える辺りで、やっと僅かに反応を見せた。


 そしてそれよりも早く、サンドラは敵の上に飛び上がっていた。招来するは雷。今までサンドラが放っていたものの、数万倍の威力と規模を有する雷。


「弾け飛べ」


 サンドラは詠唱もなしに雷を落とし、敵を地面に叩きつけた。雷は大威力、多重攻撃、概念威力に、一瞬で死ぬはずだった。


 だが、敵は生きていた。抗いえぬ攻撃を前に、必死の防御で落雷をしのいでいた。


 それにサンドラは、姿通りではない、その抵抗の底を見透かす。


「んん? ああ、なるほど……運命の簒奪か。厄介だな」


 サンドラの口調は、いつものそれではない。ゼウス―――ギリシャ神話における主神に体を明け渡しているがために、その口調に影響を受けている。


 そして、その性質ゆえに、サンドラが『ゼウス』を発動し続けられる時間は、一分。


 一分以内に、敵を完全に殺さなければ、サンドラの体はボロボロに砕け、死を待つばかりになるだろう。


「神から運命を簒奪するなど、不敬なことよ。身の程を分からせてやらねばな」


 サンドラは手を上げる。ぐっと拳を固める。そして天に命じるのだ。


「来い、雷霆。不遜なる敵を、無限の雷にて打ち砕いてくれようぞッ!」


 空に暗雲が垂れ込める。サンドラは空中に浮かびながら、拳を掲げる。


 その拳には、矢のような、不思議な武器が握られていた。


「さぁ、行くぞ雷霆ケラノウス! すべての敵を、打ち砕けェッ!」


 サンドラは拳を振り下ろす。暗雲が何度もまたたく。


 そして無限とも思える雷が、サーカスも魔王軍駐屯地も、まとめてすべて打ち砕いた。


「ハハハハハハハハハハハ!」


 サンドラは笑う。物量に任せた大攻撃。シグに勝ったやり方でもある。対応される前に、対応しえない物量と威力を持った一撃で押しつぶす。


 それこそが主神ゼウスの武器、雷霆ケラノウス。万物を打ち砕く完全必殺だ。


 そして雷霆が終わる。地面は荒れに荒れ、街並みも、戦っていた魔人たちも、サンドラの雷霆によってボロボロに焼け焦げている。


 それにサンドラは、鼻を鳴らした。


「ふん、やはりか。運命を簒奪されているから、威力が弱い。が、敵一人殺す分には、少し余計だったか」


「■■■■■■■■■■■■■■■■■■」


 声。振り向く。そこには敵が飛び上がっていて、ボロボロの体で剣を振るっていた。


「しぶといぞ貴様ッ! 神でないなら雷霆で死んでおけッ!」


 サンドラは剣を素手で受け止める。腕力差では完全にサンドラが勝つ。だから剣ごと地面に叩き付け、サンドラもその真上に着地した。


「雷! 霆!」


 落雷を伴う拳を、地面に叩きつけられたその胴体にぶち込む。それを、敵は寸でのところで躱した。そして起き上がり切りかかってくる。


「獣か貴様ァッ! そのしぶとさ、テュポーンを思い出すッ!」


「『■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■』」


 再び運命の簒奪を伴った一撃が、サンドラの体を刻む。だがゼウスが宿った体は強靭だ。一撃では、薄皮が切れる程度。


「この程度でこのゼウスを殺せるものかァッ!」


 雷を伴った拳で、敵を打ち抜く。敵の体は炭あるいは砂と化して爆散するも、すぐに復活する。


「チィッ! 抜かった。概念防御を砕きながら肉体を砕く必要があったな! 運のいい奴め!」


 今度は逃さない。そうサンドラは概念威力を込めて、雷霆と共に拳を放つ。


 それを、敵は躱した。走るは一太刀。この程度、と思った時、サンドラは体に違和感を覚えた。


「な……?」


 サンドラの腕が、落ちていた。


 途端、ゼウスとの繋がりが綻ぶ。サンドラは自意識に戻りかけて、しかし根性でつなぎとめる。


 時間は残り数秒。敵だってボロボロだ。ここで負けるわけにはいかない。


 サンドラは、手放した雷霆ケラノウスを、残る腕で掴み直す。敵も素早さを優先して、剣を手放して拳を放つ。


 雌雄が決する。意地でも決める。ここで勝たねば愛しいウェイドを悲しませる―――


 そんな決死の交錯は。


 割り込んできた二羽の鳥が両者の顔を凍らせたことで、破談となった。






 両者ボロボロで、最後に一撃を入れた方が勝つ。


 そんな状況に水を差したのは、アイスの氷鳥だった。


「わぶっ! かっ」


 その時俺は必死で、本気で負けかねないと思っていて、だからこそ絶対に勝ち抜く、と顔の氷を素早く払って。


 目の前で拳を振りかぶるのが、片腕を失ったサンドラだと気づいて、絶句した。


「……え……?」


 それは、サンドラも同じだったらしかった。サンドラは絶句して数秒、手の内から矢にも似た遺物が失われ、同時に激しく血を吐いた。


「さっ、サンドラ!? 何で、いや、違う。あ、俺、俺は」


 俺は慌てて、崩れ落ちるサンドラを介抱する。サンドラは全身真っ青で、全力を使い果たして腕すら失って、ほとんど死にかけだと理解してしまう。


 ここまでの敵との戦闘の記憶が、サンドラとのそれに塗り替わっていく。それだけに、俺が何をしたのか、どんな風に戦ってしまったのかが分かってしまって。


「ごめ―――」「ウェイド、……あたし、強かった?」


「……え?」


 俺の謝罪は、サンドラの素朴な問いに、上塗りされる。


「サンドラ……?」


「強かった? ウェイドに並べるよう、結構頑張った。自分では、まぁまぁ戦えた方だと思ってるけど、どう?」


「……」


 サンドラは、俺との戦闘に、罪悪感とか被害者意識とか、そんなものは欠片も抱いていないらしかった。


 彼女はただ、本気の本気で俺と戦えた、という事実しか見ていない。


 俺は泣き笑いのように息を吐いてから、目尻をぬぐって、告げる。


「サンドラ、めちゃくちゃ強かった。本気で戦って、マジで負けるかと思った。いや、最後だって分からなかった。アレ次第では、全然負けてた」


「ホント? あたしも、ヤバかった。全然死ぬと思った。途中のアレ、もしかしてムラマサの?」


「ああ。サンドラめちゃくちゃ強かったから、効くかもなって思ったんだ。効いたろ? あれ」


「やっぱり。ムラマサには焦った。運命の簒奪。運命って生命力に似てる。ないと、それだけで色んなものが上手くいかない」


「そうなんだよ。……と、そうだ。奪ったもんは返さないとな」


 俺はデュランダルを指で叩いて、サンドラから奪った運命を返す。すると、サンドラの顔色が、見る見るうちに良くなった。


「戻ってきた。うん。やっぱりないと困る。……ウェイド、お願いが一つある」


「何だ? 何でも言ってくれ」


「胸元で、ぎゅって頭を抱きしめて」


「……? ああ、分かった」


 少し考え、意図を掴む。俺はいつかにサンドラが俺にしてくれたように、サンドラの頭が俺の胸元に来るように抱きしめる。


 サンドラはしばらく目を瞑り、俺の心音を聞いていた。それが、一分程度。「うん」とサンドラは頷く。


「大体掴んだ。これで、腕はどうにかする。アイス、ここで戦いから離脱する。乗せてって」


 二羽いる氷鳥の片方が巨大化して、サンドラを背に乗せた。サンドラは目を瞑り、氷鳥の上で深呼吸をしている。


 その中。サンドラの胸元の当たりに―――まだあやふやな、心臓のチャクラめいた姿が現れる。


 第二の心臓、アナハタチャクラ。


 大怪我を治す名目で、サンドラは、チャクラを一つ習得しようとしている。


「……流石だよ、ホント」


「ウェイドと一緒に生きるんだから、このくらいはしてみせる」


 俺の、関心半分呆れ半分のコメントに、目を瞑ったまま、少しドヤ顔めにサンドラは言う。正直俺からは、頭が下がる思いしかない。


「じゃあな、サンドラ。その……」


 それでも俺が、どうしても気が晴れなくて謝ろうとすると、サンドラは咎めるように俺をじぃっと半眼で見る。


 それが何だかいかにもサンドラらしくって、俺は息を吐いて頭を掻いて、こう言い直した。


「ありがとな。本気のサンドラと戦えて、楽しかった。こう言っちゃなんだが、今までの地獄で一番強かったの、サンドラだったよ」


「それは良かった。あたしも、今まで戦った中で、ウェイドが一番強かった」


 二人で褒め合い、くくっと笑う。それから、俺は言った。


「サンドラ、お前と家族になれてよかった」


「……うん。あたしも」


 満足そうに笑って、サンドラは氷鳥と共に去っていった。それを見送りながら、万感の思いで俺は言う。


「サンドラ、何もかも強すぎだ」


 戦った相手がサンドラでよかった。他の誰かだったなら……きっと俺は、相手を殺していた。取り返しがつかないことになっていた。


 それを想像して、俺は身震いする。理解を拒む支配領域。敵味方が分からなくなるだけで、ここまで恐ろしい事態を招き得るとは。


 そこまで考えて、首を振る。サンドラは、態度でずっと『気にするな』と伝えてくれた。それを素直に受け止められないほど、俺はひねくれていない。


 それに―――きっと俺が家に戻った時、サンドラはアナハタチャクラを習得している。


 それを見れば、俺も今回の話を、笑い話にできるだろうから。


「切り替えよう。うじうじしてたら、サンドラに怒られる。……アイス、案内してくれるか?」


 氷鳥がチチッと鳴く。何故かもう一匹増えて、片方は俺の肩に、片方は俺を先導するように羽ばたいた。

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