第383話 事態は渾沌
その敵は、前情報がまったくない、恐ろしく強い奴だった。
姿は分からない。他の周りの連中と同じだ。全員、影で塗りつぶしたような姿。アジナーチャクラで破ろうとしたが、嘘の神によって阻まれ出来なかった。
そこに襲い掛かってきたのが、奴だった。
素早い奴だった。鋭い奴だった。一瞬で懐に入り込んで俺に蹴りを食らわせてきて、俺が防ぐと奴は一転して距離を取り、魔術を放ってきた。
「■■■■■■■」
弾ける音、焼き焦げるような痛み。アナハタチャクラで癒すも、次々にその速過ぎる矢のような魔術が俺を襲った。
「ふ、は、はは、はははは、ははははははっ!」
それが、堪らなく楽しかった。俺は笑いながら雄たけびを上げる。
「お前! お前強いな! お前みたいなのが無名でいたなんて信じられん! ああ、けど、嬉しいぜ。やろう。楽しくやり合おう!」
俺は強く、前に踏み出す。
サンドラは、意味が分からないほど頑丈な敵に、遭遇していた。
「……サンダーボルドを五発も食らわせたのに、効いた様子がない」
だが、まったく効かないなどありえない。そう考え、サンドラは再び「サンダーボルト・バーストアウト」と強化した落雷を落とす。
だが、その一撃に、敵は何か魔術を行使した。
「■■■■■■」
雷が、まるで意思を持ったかのように敵を避ける。それにサンドラは目を丸くした。「何それ」と思わず呟いてしまう。
その隙を、敵は見逃さなかった。
「■■■■■■■■■■■■■」
ぐん、と急激に、サンドラは自分の体が重くなるのを感じた。気を抜いたら、いや、自分の筋力では到底抗えないほどに、自重がサンドラの体を押し潰しに掛かる。
だがそれだけではない。敵はそこに、畳みかけるように肉薄してくる。構えるは、どこからともなく取り出した大柄の何か。
だからサンドラは、手加減している余裕などないと、構えを取った。
「
サハスラーラチャクラにて、サンドラに掛かった鈍重の魔術が外れる。敵の重たい一閃が、サンドラを通過して空振りする。
その背中に、サンドラは狙いを付けた。アジナーチャクラ。支配領域の認識阻害を外すほどだと嘘の魔王がにじり寄ってくるが、狙いを定める程度では見逃される。
だから、この一撃は必中となった。
「サンダーボルト・バーストアウト」
サンドラの落雷が敵に降り注ぐ。奴の見えない防御壁を貫き、再び敵をつんざいた。
敵がわずかに吹っ飛ぶ。だが、崩れない。姿勢さえ崩さず再び着地し、敵は楽しげにこちらに向き直る。
「しぶとい。今のあたしのサンダーボルトは、シグにもダメージを与える威力なのに」
つまり、並大抵の相手ならば即死させられる攻撃だ。だが、敵はまだぴんぴんしている。
思いつくのは、シグ以上の頑丈さか、あるいは概念的な防御が入っているか、の二つ。シグ以上に頑丈だと困ってしまうが、概念防御ならサンドラにも考えがある。
アジナーチャクラで敵を見透かす。内側に、何か肉体以外の何かを隠し持っていることに気付く。
「当たり。なら、今後はそっちも狙えばいい」
概念防御を焼き、肉体も焼く。それで相手を追い詰められる。
にしても、こんな敵、まったくどこから出てきたのか。
サンドラは再び構えをとり、これでもうまくいかなかった場合にどこまで奥の手を出すかを考えていた。
アイスの氷鳥の認識能力が回復したのは、氷鳥の一匹が魔人に掴まったのがきっかけだった。
「あっれー? 君、何か見たことあるね。もしかして、アイスのとこの小鳥ちゃん?」
サーカスらしき場所で飛び回っていた氷鳥は、クライナーツィルクスのリーダー、キリエに掴まっていた。
と同時、アイスの使役する氷鳥のすべてが、認識能力を取り戻した。
周囲の光景は、阿鼻叫喚だった。
キリエ達以外のあらゆるすべてが、自分以外のすべてを敵とみなして争っている。魔人たちは何度も死んで繰り返し復活し、無限に争闘に突っ込んでいく。
アイスは氷鳥をはためかせ、どうしようかと考える。
だがこの窮地だ。今更出し惜しみをしても仕方がない、と諦めた。
『……キリエ、さん。今、大変なの』
「ワァ喋った!」
キリエが氷鳥を投げ出す。同時に、すべての氷鳥が再び、認識能力を失った。アイスは、マズイ、と氷鳥にバタバタと暴れさせる。
「おっと、ごめんごめん。驚いてつい投げ出しちゃった。っていうかこの鳥で話せるんだね☆ やー、ウェイドも強かったけど、この魔法も便利~!」
と言ってから、「あ、違う。魔術ね魔術☆」と、秘密は守るよとばかりに言い換えるキリエだ。どこまで信用できるのやら、とアイスは疑問である。
しかし、再び確信する。キリエは、サーカス攻略に絶対に必要となる相手だ。ここばかりは堪えて味方につけるしかない。
アイスは告げる。
『キリエさん……っ。今、どういう状況か、掴んでる?』
「んー? 確か魔王軍に前哨戦を仕掛けて、裏でそっちのお仲間が情報盗みに行ってんだよね?」
『そこからね……っ、状況が変わったの。つまり、……団長キエロが乱入してきて、支配領域でめちゃくちゃにした』
「――――マジで!? うっわー☆ パパ、やーばっ! ってことは」
『うん……っ! 今、魔王軍とわたし達陣営、全員敵味方分からない状態で、殺し合ってる……!』
「何か今日は血の気が多いのでにぎわってるなーって思ってたけど、そう言う事かぁ☆ 確かに、改めて見ればアレ軍服だね」
『だから』
アイスは、キリエに言う。
『例の「団長キエロ暗殺作戦」を、今日に前倒しにしてほしいの……っ! 団長キエロを倒さないと、この事態は収まらない、から』
「うん、そだねー。いいよ☆ 魔王軍基地がサーカスにつながってるなら、パパの情報も手に入るだろうし、ね♪」
ガンドとリィルは……呼んでる暇ないか。とキリエは言う。アイスは氷鳥に首肯させた。本当にそんな暇はない。事態は一刻一秒を争う。
「で? アイス、キリエは何すればいいの?」
『この鳥と一緒に、ウェイドくんを探してほしいの……! ウェイドくんは強くて、家族思いで、だから』
アイスは、ギリと歯を食いしばって、続ける。
『―――ウェイドくんが、家族の誰かを殺してしまう前に、止めないと』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます