第382話 ごちゃまぜパーティー

 まず、暗転がキエロを中心に広がった。


 視界のすべてが、一瞬完全に闇に包まれた。アジナーチャクラでもっても看破できないほどの闇。それが、ただ一瞬俺を通過した。


 残ったのは、理解の破壊された世界だった。


「……?」


 俺は、視界を覆い尽くすほどの人々を前に、何度かまばたきをした。それから、こう思うのだ。


 分からない。


 、と。


 目の前で、団長キエロが含み笑う。


「戦争は、激しく渾沌としているに限る。だが主催たる少年よ。君は秩序立ててこの戦争を企てた。まるで失うもののない威力偵察のように」


 そんな催しはダメだ。キエロは言う。


「つまらない。茶番はつまらないのだよ。それはよくない。だから、このキエロが僭越ながらかき混ぜさせてもらった」


「な、何、言ってる……!」


「意味が分からないかね? 分からないだろう。この支配領域はそういうものだ。理解を拒み、渾沌をもたらす。広く、しかし些細な支配領域だ」


 だからこそ、とキエロは続ける。


「まだ、まだ渾沌は大きくできる。もっと複雑に! もっと入り交じって! 愉快に! 愉快に!」


 キエロは指を鳴らす。「支配領域! 『トリックスター』!」と叫ぶ。


 再び、理解を破壊する闇が走った。俺は地面のぐらつく感覚に、思わずその場に倒れこむ。


「く、そ、何が、どうなっ、て……?」


 顔を上げる。そこにあったのは、魔王軍の陣地ではなく、サーカスだった。


「……は……?」


 ハハハハハハハハ! 哄笑が響く。サーカス団長キエロの物と思われる哄笑が、高らかに。


『第二の渾沌! それは立地の理解の破壊! 故にこそ、魔王軍と我が支配下たるサーカスをもらった! 少年! そしてすべての争う魔人たちよ! サーカスへようこそ!』


 哄笑が遠ざかっていく。俺は呆気にとられながら、周囲を見回す。


 いるのは、姿は分かれども、誰かは分からない魔人たち。誰が味方で、誰が敵か、何も、何も分からない。


 時間は、朝。朝だ。朝だから何だ、と思う。重要な要素のはずなのに、なぜ重要であるのかが分からない。


 それに、俺は。


「……は、はは、はははっ」


 何故だか、堪らなく、笑えてきてしまうのだ。











 宿とも違う拠点に指令本部を構えていたアイス、クレイは、顔を真っ青にしながら状況を確認していた。


「……こ、これ、は……」


「マズイ、マズイね。大変なことになった。魔王軍内部にいる仲間全員が、支配領域の影響を受けた。最悪、仲間同士で殺し合うことになる」


 今まで遭遇してきた、力技で確殺しようする支配領域ではない。本当に、ルールばかりを書き換えるのみの支配領域。


 だが、だからこそ、こうしてかき集めた戦力が、誰よりも自分たちを苦しめることになった。


 効果範囲は極端に広く、追加効果があり、そのすべてが惑わすことに比重を置いている。


 アイスは、クレイを見る。饒舌にしてはいるが、顔には冷や汗が浮かび、冷静でなかった。


 ローロは、と見る。ローロはアイスの話を聞きながら、いつもの挑発的な目つきで、アイスをじっと見つめている。


 アイスは深呼吸をして、「クレイくん」と名を呼んだ。


「状況を、整理、してもらえる……っ? わたしは、内部に放ってた氷鳥を増やして、情報をかき集める」


「あ、う、うん。……分かった。そうだね。すべきことを、しなければならないね」


 クレイも深呼吸をして、饒舌に話し始めた。


「現在、支配領域内にいるのは僕ら以外の全員だ。ただし、二部隊に動きが分かれている」


「うん……っ」


「第一に、ウェイド君部隊。彼らは魔王軍の主力部隊にちょっかいを掛けて、戦力的情報を引き出すために向かった。構成員は、ウェイド君、サンドラさん、ムティーさん、レンニル君、ムングさんの五人」


「もう一部隊は……!」


「もう一部隊は、トキシィさん部隊だ。軍医チームで、団長キエロの情報を盗むために行動していた。構成員は、トキシィさん、ピリアさん、スールさんの三人」


 だから、とクレイは言葉を紡ぐ。


「トキシィさん部隊は、比較的同士討ちに対して安全な状況だと思う。可能な限り戦わない戦略だし、三人固まって動いてる。保護優先度は低い」


「そう、だね……っ。でも、一つ懸念点がある、よ。トキシィちゃんたちは、団長キエロの情報を持ってる……!」


「……! そうか。その情報がないと、支配領域を破って全員を解放することができないのか。となると、三人の内の誰か一人でも、ウェイド君に合流させる必要がある」


 トキシィ部隊に対する考えは、こんなもので良いだろう。そう思っていたところで、ローロが言う。


「保護優先度って、つまり同士討ちさせないように、こっちから何か手を回すって話~?」


「そう、だね、ローロちゃん……。みんな、生半可な敵には負けない、けど、スールさんの家族とか、味方と戦いだしたら、危ない、から……!」


「ふ~ん?」


 アイスは、クレイを見る。クレイは頷いて「ウェイド君部隊の話をしようか」と言った。


「ウェイド君部隊は、一番危険だ。同士討ちの可能性が非常に高い。固まって動いてる訳でもない。だから最優先で、アイスさんが手を回して情報を伝えるしかない」


「うん……! ……ごめん、ね。まだ、一人も見つからない……! というか、氷鳥が支配領域の影響を受けてて、個人の区別がつかない、かも……」


「それも考えよう。ともかく――――」


 そこで、クレイは言葉を止める。アイスが何だと思って振り返ると、そこには誰もいない。


 いたはずのローロが、消えている。


「え……?」


 アイスは、ポカンと口を開ける。だが、現実は変わらない。


 まるで煙が掻き消えるように、ローロは姿を消していた。

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