第381話 祭りは愉快な方がいい
俺は一般魔人同様仮面をかぶって、クレイの指揮下で命令を待っていた。
「そういうわけですので、皆さん、よろしくお願いします」
同じく仮面をかぶったクレイ(の動きを模倣するアイスの氷兵)が、壇上でそう言った。淡々とした説明だったが、魔人たちは「おう!」「任せろ!」とモチベが高い。
理由は簡単。金払いが抜群にいいからだ。スラムの生き残り組、バザールあぶれ組、そしてバエル領の魔人たちが、前払いの金貨を前にウキウキでいる。
金払いと、魔王軍へのちょっかい出し。その二つは、魔人たちを強く惹きつけた。
ただでさえ普段から威張っていて、鼻持ちならない魔王軍。それを、金をもらって大勢で殴れる機会など、魔人が願ってもない祭りである。
嫌なことをやらせようとしても、魔人は上手くさぼったり逃げたりするからな。その意味では、この仕事はかなりいい。
少人数なら捕まるリスクが勝つ。金がないと生活がキツイ。だが、そういった懸念はすべてクリアされている。
演説で相手をノセるのは得意な俺だが、金遣いに関してはクレイには負ける。そう思いながら俺は、「では」と号令をかけるクレイ(氷兵)を見る。
「作戦開始。まずは大きな一撃で、目にものを見せてやりましょう」
俺たちはその声を聞くとともに、魔王軍城壁の近くの倉庫から、我先にと躍り出た。
他の倉庫からも、続々と魔人たちが城壁に殺到する。大威力を出せる魔人たちが、一斉に城壁に向けて魔術を放つ。
それを見て、俺もこっそりとデュランダル・ガントレットを腕に纏って、重力魔法で重めの一撃を入れた。
城壁が、揺らぐ。
轟音、衝撃。土埃を被り、俺はぺっぺと口に入ったそれこれを吐き出しながら「こりゃあ派手なことになったな」と笑う。
俺の目の前を含めた多くの場所で、城壁が崩れ、穴が開いていた。そこから魔人たちが、一斉になだれ込む。
すると、異常事態を察知したのか、城壁の近くで魔道具のアナウンスがかかった。
『警告! 警告! 貴様らは誇り高き魔王軍の本部に侵入している! 速やかに去らねば魔王反逆罪により捕ばっ『お前ら全員ボコって拉致れば解決だろうがぁ!』
よほど速度のある魔人が詰めに掛かったのか、アナウンスは流れてすぐにハイジャックされた。
何度かの殴打音、もみ合う音。それが数秒。アナウンスが復活する。
『あー、侵攻部隊に告ぐ。侵攻部隊に告ぐー! 魔王軍も同じ魔人だ! 殺せばすぐに復活する! だから殺すな! 気絶させ! 拉致って! お楽しみだぁぁぁぁあああ!』
「「「うぉぉおおおおおおおおおお!」」」
雄たけびを上げながら、魔人たちが庁舎に侵入する。目につく兵士たちに、一斉に躍りかかる。
血、悲鳴、騒乱。俺は流れに身を任せ、加減した拳で魔人たちを気絶させては次に進む。
「強い奴はどこだー? 弱いのには用はないからな。強い奴、っと」
奥へ奥へと進むと、何だか豪奢な部屋に辿り着く。待ち構えるは、強そうな魔人。
体をなぞり、ルーンを光らせ、扉を開けた魔人やそれに続く俺に敵意をみなぎらせている。
「愚かな愚民どもが……今すぐ全滅させてやら」
「魔術発動がおせぇんだよカスがぁ!」
俺は、偉そうな魔人の魔術を待った。
だが、本気で掛かっている魔人たちは、まっすぐ肉薄して敵を殺しにかかった。
数人でボコりにかかり、偉そうな奴が袋叩きにされていく。それを眺めながら、俺はポツンと、そこに立ち尽くす。
そして一人、呟くのだ。
「……俺、今、何しようとした?」
待とうとしたのか? 敵の、待ち構えた罠のような一撃を、受けようと?
「……」
手加減。これは、正体隠しだ。だから理由がある。
けど、待つ理由は、ない。本来。する意味がない。普通に考えて、得がない。
けどそれをしようとしたのは、俺はひとえに―――物足りない戦闘は嫌だ、と思っているから。
「……」
俺は思う。
もう、このレベルの戦闘は、遊びでも俺がすべきものではないのだ、と。
「……そうか。俺は、弱い者いじめに理由を付けて、弱い者いじめじゃないと思い込もうとしてただけか」
俺は、踵を返す。侵攻部隊の魔人たちが、思いのままに略奪と拉致を繰り返す中を、一人冷えた心のまま歩く。
「しょーもないことは、するのをやめよう。すべきじゃないことは、しない。そうしよう」
庁舎を出る。自己嫌悪を、下唇を噛んで退ける。それから頬を叩いて、気を取り直した。
アジナーチャクラで、ザックリと強い奴がどこにいるのかを見る。
反応は四つ。味方のそれを除いて、四つ。俺は頷く。四人もの強い奴がいるのだ。そちらに向かえばいい。
俺は塀に登って走り出す。高い位置で走ると、視点が上がって周囲の情報が集めやすくなる。
見る限り、侵攻部隊はわずかに優勢のようだった。だが、それは侵入を始めてすぐの、今だからだろう。まだ実力者は、こっち陣営とぶつかっていないように見える。
そうして走っていると、少し離れた先で、巨大な影が立ち上がるのが見えた。
「貴様らァァァアアアアア! 魔王城に攻め込んでくるなど、不敬の限りであるぞォォオオオオオオ!」
巨人。それは、巨人だった。頭から生やす巨大な角の先端を燃やす、火の巨人。
「魔王様に反逆する者は、全員我が炎にて燃やし尽くしてくれるッ! この、総大将ルトガル手ずからなァァァァァアアア!」
吠える。地面から穴が開き、火山弾のようなものが発射される。
それは隕石のように侵攻部隊を襲い、大範囲において魔人たちを消し飛ばした。俺はその姿を見て、「おぉ!」と歓声を上げる。
これだ。こういうのだ。こういう敵を求めていたのだ。
俺は足に力をためる。一撃二撃ほど、良いのをくれて様子を見よう。そう画策する。
敵は総大将ルトガル。となると、スールの父か。どのくらいの実力を見せてくれるか楽しみだ―――
そう考えていた時、不意に、強い気配の一つが、俺の頭上に肉薄してきたことに気付いた。
「――――ッ」
俺はすぐさま身を翻す。それから、さきほどの気づきに、違和感を覚える。
―――俺たち自身を除いて、強い気配が四つ。四つ? 三つではないのか? 魔王軍にいるスールの家族は、三人のはず―――
俺の眼前に、燕尾服を纏った中年ほどの男が、ストンと降り立った。
「ごきげんよう、少年。実に楽しい催しだな。魔王軍への反逆を、祭りとして成立させている。これには、このキエロも脱帽だ」
シルクハットを外しながら一礼し、俺に問いかけてくる男。それに、その名乗りに、俺は目を剥く。
「お前、もしかして」
「申し遅れた。我が名はキエロ。サーカスの団長、キエロだ。此度の催しに、居ても立ってもいられず駆けつけてしまった。この催しは実に素晴らしい。主催の君に賛辞を」
どこから、俺が主催だという情報を得たのか。そんな疑問を置き去りに、奴はシルクハットを頭に戻す。
そうして男は、団長キエロは、俺に向けて手を広げながら言うのだ。
「しかし惜しい。この催しは、もっと面白くなる。僭越ながら、その手伝いをしよう」
キエロが、白手袋を付けた指を鳴らす。不思議なくらい、音が響く。俺に限らず、多くの魔人たちの目が、キエロに集まる。
キエロは、悠然と言った。
「支配領域『トリックスター』。―――さぁ、パーティ―をもっと楽しくしよう!」
魔王軍が、支配領域に包まれる。
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