第379話 派手な陽動と静かな密命

 予定としては、こうだった。


「侵攻って言っても、まだ本腰入れて戦うのはリスクがあるからな。まずは金にものを言わせて魔人を集め、魔王軍の戦力のほどを見る。つまり、スールの家族の力をな」


 俺がそう言うと、スールは「はい。ワタシからも、一度見ておくのをお勧めいたします」と首肯する。


 トキシィが帰ってきて、すぐのことだった。


 宿の一階酒場にて。夕食を取りながら、軽く予定を話すくらいのノリで、俺はその場にいる仲間たちに話していた。


 スールが、詳しく自らの家族について話す。


「ワタシの家族は、この地獄でも有数の力を持つ魔人たちです。聞けば今では、全員が支配領域の使い手だと。苦戦は必至です」


 支配領域の恐ろしさは、全員身をもって知っている。可能なら情報が欲しいところだ。


 俺たちの大半は人間だから、直接受けて死んで、情報のみ持ち帰る、という事は出来ない。だが、魔人たちに受けさせて情報を取ることはできる。


 何せ俺たちには金がある。唸るほどある。商人ギルドはすでに完全掌握が済んでいる。


「それに並行して、トキシィには情報を取ってきてもらう。狙う情報は、サーカスのトップ。『団長キエロ』と呼ばれる魔人についてだ」


「サーカスにトップなんていたんだ」


 俺が言うと、トキシィはキョトンと呟く。


「ああ、いるらしいんだ。前にちょろっと話した、サーカスの魔人集団クライナーツィルクスが教えてくれた。そのリーダー・キリエの父親らしくってな」


「父親、ね……」


 トキシィは思うところがあるのか渋い顔。まぁ俺も思うところが全くないわけでもない。あいつは今豚箱の中である。


 俺は作戦概要を告げたので、一度詳しく整理を始める。


「俺たちの次の目標は、サーカスの陥落だ。サーカスの保護塔は、現在魔王軍ではなくサーカスの団長の掌握下にある。サーカスを落とすことが、そのまま保護塔の陥落につながる」


 これが今回の目標だ。魔王討伐までの中間目標。


「だが、魔王軍が警戒し始めてるっていう話は俺も聞いてる。バザールやスラムでは魔王軍の常駐がなくなったって報告も受けてる。恐らく、残る保護塔に人員を割くつもりだろうな」


「あ、それ正しいよ。魔王軍内部でも、そういう話はよく聞く」


 トキシィの補足に、俺は頷く。


「だから、今回の威力偵察なんだ。一度魔王軍に威力偵察を仕掛けて、サーカスから気を逸らす。その裏で団長キエロの情報を抜く」


 サーカスは未知数な部分が多い。魔王軍がそこに入ってくると、想定外の事態につながりかねない。


 それを威力偵察で散らす。サーカスではなく、魔王軍四塔を守らせておく。


 それと同時に、魔王軍はサーカスの情報を持っている。団長キエロは俺たちのように、魔王軍に反発する形で保護塔を囲っているわけではない。だからそれを抜く。


「分かった。具体的にどんな情報が欲しいとかってある?」


 トキシィの問いに、俺は答える。


「『団長キエロの居場所・接触方法』。サーカスについて、今回俺たちが知りたい情報はこれだ」


「あ、じゃあ、サーカスを保護塔ごと牛耳ってる『団長』は、居場所が分からないんだ」


「そうだな。確実に会える方法で接触して、協力者になるクライナーツィルクスのリーダー・キリエに、団長キエロを踊り食いしてもらう。と、その話もしなきゃな」


 俺は咳払いして、クライナーツィルクスについて話す。


「説明が後出しになったが、今回協力者として、クライナーツィルクス、っていうサーカスの魔人三人組が協力してくれることになってる」


「前にちょろっと話してた魔人たちだね。信用できるの?」


「一回助けられたのと、あとは……俺たちを罠にはめることで、直接利益を受け取る立場にない魔人だと考えてる。人格はさておき、動機がないというか」


「何となくわかった。信用できる人格ではないけど、性根は掴んでるから、今回は協力できるって感じだ」


「まさにそれだな。今回はあいつらと一緒にサーカスを落とす。恐らくだが、あの三人の協力なしでサーカスは落とせない」


 キリエは、父親たる団長キエロから、支配領域に惑わされず動く許可を与えられている。性質上、キリエが同行しないと自由にサーカスで動けない。


「ただキリエ自身も、団長キエロの所在は分からないそうでな。それでトキシィに、この情報を抜いてきて欲しいって話になる訳だ」


 これが今回の作戦の全貌だ。


 第一フェーズ。対魔王軍威力偵察&トキシィの情報収集。


 第二フェーズ。団長の居場所情報をもとに、クライナーツィルクスと共同で討ちに行く。


 この二段階作戦で、俺たちはサーカスを落とす。保護塔を落とし、魔王軍への直接侵攻の足掛かりとする。


「って感じで行こうと思ってるんだが、トキシィ、行けるか?」


「うん。任せて」


 トキシィは微笑みと共に頷く。神すら下したトキシィだ。心配は余計なお世話というところか。


「じゃ、クレイ。明日の威力偵察の流れについては、お前に一任するぞ」


「分かった。と言っても、そんな複雑じゃないよ。仕事ができる魔人の連絡先はすでに商人ギルドの方で抱えてたから、彼らに余分にお金を渡して、大勢で攻め込ませるだけだからね」


「バエル領の魔人は?」


「彼らも住んで時間が経っているからね。使える魔人ならギルドの方で情報があるし、捕まったりどうにもならない場合はそうじゃないんだ」


 俺は神妙な顔になる。何というか、ニブルヘイムはシビアだなぁ、と思わざるを得ない。スタートは同じだったのに……。


「とはいえ、僕の方で優先的に情報は集めてはいたからね。七百人程度はバエル領魔人から確保することになってるよ」


 つまり三百人はもうダメなのか。すごいな。もう三割消えてんじゃん。


「分かった。諸々含めて、クレイに一任するのがよさそうだな」


「任されたよ」


 肩を竦めるクレイだ。戦力に限らず頼もしい奴である。


 そこでサンドラが手を上げた。


「それで、あたしたちは何をするの。好きに暴れて良い?」


「サンドラは話を聞きなさい」


「ギブ、トキシィギブ」


 適当を抜かしたサンドラが、トキシィにしばかれている。


「はははっ。さっき言った通り、本腰入れて戦うのはリスクが高いからな。好きに暴れるのは、今回はなしだ」


「しゅん……。じゃあ何もしないってこと? それは暇」


 サンドラがトキシィに頬をつままれながらも文句を言う。俺は苦笑して「そうだな」と頷く。


「確かに、メンツの半数を遊ばせておくってのも芸がない。ってわけで、希望者だけ他の魔人たちに混ざって、情報収集を兼ねた前哨戦といくか」


 俺の説明に、サンドラが「やる」と前のめりになる。


 元々、そういうつもりだった。大暴れは出来ないが、群衆に紛れて軽く戦うことで得られる情報はある。実地だからこそ、手に入るものは大きいはずだ。


 そうして、次の本格的な激突で優位を取る。念には念を入れる策だ。


 多少慎重すぎる気もしないでもないが……俺は、自分一人ならともかく、家族にリスクは取らせたくない。


「じゃ、今の内に聞いておくか。やりたい奴~」


 俺が手を上げると、数人が手を上げた。


 サンドラ、ムティー、レンニル、ムングの四人。


「……異色のメンツだな」


 俺のパーティメンバーがかなり少ない。とはいえ、納得感もあった。


「アイスとクレイは、現地じゃなく、って感じか」


「うん……っ! 氷兵を見せるのは、まだ、良くない、し……」


「一応依頼主だからね。指揮は僕がとることになる。で、それならアイスさんに教えを乞うのがいいかなと思ったんだ」


 この二人で指揮系統という感じなのだろう。トキシィは潜入だし。


「ピリアとスールはトキシィに付き添いだな」


「はい。もし見咎められても、ワタシが居れば言い訳がつくかと存じまして」


「普通に暴れるのもいいけどー、せっかく内部に入れる権利があるんだし、こっちで楽しむよん♪」


 仲良し軍医組である。これはこれで任せるのが良いだろう


「レンニルとムングは……そうだな。今のお前らなら問題ないな。特に魔人のお前らなら、支配領域の中で死んでも情報を取って帰れる。頼りにしてるぞ」


「はい。目立ち過ぎないように、ですね」


「最近体の調子がよくってな。ちょいと遊んでくるぜ」


 レンニル、ムングの二人の物言いに俺は頷く。踊り食いをして、力を増した二人だ。他にも魔人はたくさんいる分、目立ちすぎることもない。力試しとしてはいい場所だろう。


「ローロは、まぁ挑む方が無謀か……」


「アイス様とクレイ様の邪魔してるね~♡」


「やめてやれ」


 ローロの冗談に、アイスもクレイも苦笑している。ま、アイスがいるならローロが暴走し過ぎることもないな。


 するとムティーが言う。


「おい、オレに聞くことはねぇのか」


「あるわけねぇだろクソ師匠。話の腰折んな」


「師匠にとっていい態度じゃねぇだろバカ弟子がぁ!」


 二秒ほどムティーとガチゲンカをする。クロスカウンターでお互いに沈む。


 俺は震える足で立ち上がりながら、取りまとめた。


「じゃ、じゃあみんな、そんな感じで行こう……。どうせ威力偵察だ。重要なのは情報を取ってくるトキシィで、あとは賑やかしになる。各々ボロが出ない程度に楽しんでくれ」


『了解』


 全員の声が揃う。準備はほとんど済んでいる。


「さ、明日は魔王軍攻めだ。楽しみで興奮するのは分かるが、全員、今日は早めに寝るように」


 俺の軽口に、みんなが笑う。











 その夜、アイスは夢を見た。


 そこは、酒宴だった。様々な力ある者たちが、大いに飲み、食い、笑う、盛大な酒宴。


 そこに集まる者共は、神だった。北欧神話の、神々である。


 神々は、口々にお互いを褒めたたえた。まるで、危険だからと引き裂かれた家族が、なかったかのように。


 だからある者が褒められだしたとき、その者を殺す者がいた。


 その者は、いきなり剣を振り上げ、まるで簡単なことのように殺した。


 当然神々は怒り狂い、その者を追放した。だがその者は隙を見て酒宴に戻り、神々を罵倒し始めた。


 その者は主神オーディンに、屁理屈で自らの在席を許させた。主神の息子たる神を臆病者と嘲った。その妻の不義理を罵り、口を挟んだ者の不貞を責めた。あらゆる神々の罪と恥をあげつらい、嗤った。


 だがその者は―――拘束された我が子の狼のことを言われたときばかりは、たじろいだ。そしてそこからむしろ気炎を上げ、さらに多くをなじった。


 その者の名はロキ。三人の我が子を奪われ、正義の名のもとに、復讐すら封じられた悪神。


 ロキもまた、口論の後に捕らえられ、我が子ら同様に自由を奪われる。


 神々の黄昏が来る、その日まで―――

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