第378話 軍医トキシィ

 軍医として過ごすトキシィの一日は忙しい。


 まず出勤する。周りの大半の兵士たちは宿舎住まいだが、トキシィはスールの威光と軍医と言う特殊な立場から、宿住まいが許されている。


 それから準備を諸々整えてから、ピリア、スールともに、指定された戦場で、ともかく兵士を死なせないように立ち回る。


「足が吹っ飛んだ!? 足どこ!? これ? これ別の人の!? いいやもう! これ繋げるから、戦いが終わったら死んどいて! はい繋げた!」


「トキシィ様! 魔法の集中砲火がすさまじいです! 避難を!」


「分かった! ピリアの魔法陣は完成してる!?」


「いつでも行けるよん。トキシィちゃん待ちでーす」


「おっけ移動!」


 三人で大ルーンワープし、その場を去る。出た先も激戦区。ピリアとスールが魔法をバシバシ弾く後ろを、トキシィは駆け抜ける。


「ひ~! もー! せっかく邪神倒して権能奪ったのに、力隠さなきゃだから全然暴れられないんだけどー!」


「トキシィちゃんたら血に飢えちゃってもー。ほら、そこに全滅した一団がいるから、息の根が止まってないの助けちゃお」


「あーホント今日も忙しいったら!」


 簒奪した毒魔法の完成印と、ヒュドラの毒。この二つがそろった以上、この世にトキシィを上回る毒使いはもはや居ないと言っていい。


 そんなトキシィは、神と怪物の力をふんだんに使った贅沢薬液を患部にぶっかけて、そこに落ちた四肢をつなぐ。内臓がこぼれてたら腹に戻して薬液をぶっかける。


 それで大体の傷が治るのだから、まったく毒魔法もヒュドラも優秀だ。気分はエリクサー量産機。


 お蔭で今日も、魔王軍に酷使されているトキシィなのだった。






 そんな調子で、トキシィは強盗事件、襲撃事件、放火事件、その他十に及ぶ事件の鎮圧に向かわされ、今日もへとへとで本部に帰投した。


「づーがーれーだー」


「今日もお疲れ様でございました、トキシィ様」


「おっつかれー! 我らが軍医殿! 今日も八面六臂の大活躍だったね」


「私、絶対敵に殺されて死ぬより過労で死ぬ方が早い」


「まぁまぁそんなこと言わず~」


 ピリアにあやされ、抱き着きながら「うぅ~」と泣きまねをするトキシィだ。


 そんな二人の様子を見て、スールが言う。


「とはいえ、あげている功績の数が数ですから、退勤周りも自由なのがいいですね。少なくとも定時で帰れますし」


「昼間は私が全部の事件を処理してるからね。夜くらい他の軍医さんに任せるよ」


「トキシィちゃん目が死んでるぅー!」


「ピリアうるさーい……」


 トキシィは机にダウンである。他二人も、その辺りで静かになる。


 そこで、足音が聞こえてきて、三人は何となく耳を澄ました。


 足音は、何てことのない、兵士たちのそれ。トキシィの医務室を通りがかる兵士たちが、雑談しながら通り過ぎていく。


「にしても、バザール、スラムと塔が落とされたのは、結局どうなったんだ?」


「まだ奪還できてないってよ。民間の悪ノリ魔人たちが塔全域で復活点を埋め尽くして、攻め込んでもダメ。内部復活してもすりつぶされてダメなんだと」


「はー……天下の魔王軍がねぇ。スラムのあの大災害と言い、流石に人為的なものを感じるよな。次はサーカスか?」


「だから上の人たちも、色々やってるよ。バザールとスラムの四塔は完全に捨てて、サーカスと魔王城四塔の防備を固めたりな」


「……」


 魔人兵士たちの会話を、トキシィは無言で聞いていた。


 当然の帰結だった。こうも連続で塔が落とされれば、魔王を狙う何者かがいる。例え起きているのが連続強盗や大災害でも、立て続けに起これば偶然とは考えない。


 魔人兵士たちが通り過ぎるのを待って、トキシィは言う。


「魔王軍の警戒は高まるばかり、か」


「そうですね。身内びいきのように捉えられたくはないのですが、ワタシの家族は頭が回りますから。気づけば手を打つのも早いです」


 スールの家族。総大将、右大将、左大将の三人。


 総大将ルトガル。スールの父。高温の巨人。守備塔二つ。

 右大将ルペト。スールの兄。全身燃えている。守備塔一つ。

 左大将シリーナ。スールの姉。触れたものを燃やす。守備塔一つ。


 魔王軍を突破して魔王城に至るためには、必ず倒さねばならない障害だ。


「その辺りもどうしようねー……。そういえば、ウェイド達って今日何してたっけ?」


「サーカスへの視察だったよー」


「え!? 何それうらやましい! 知ってたら絶対休んでたのに!」


 サーカス。詳しくは知らないが、色々と楽しそうな場所だ。偶に戦場となるので、トキシィは味方兵士を癒しまくっている。そして少しも楽しめずにワープで移動する。


「もー……! アイスだけずるいー! ローロも! あとスラムが滅んだサンドラも! 自由でうらやましいぃぃぃいいいー……!」


「魔王軍が滅んだら、トキシィちゃんも自由じゃん」


「確かに! そうと決まれば、帰ってウェイドに直談判しよ! 魔王軍滅ぼして自由にしてくれって言いに行こ!」


 トキシィは活力を取り戻して、シュバッと立ち上がった。ちょうど退勤時間だったので、三人でぞろぞろと魔王軍基地を抜ける。


「おぉ……アレがトキシィ部隊。カッケー……」


「すさまじい勢いで移動して、全滅近い部隊を瞬時に全快させて去っていくんだってな」


「もし戦闘部隊が全滅しても、トキシィ部隊が残ってれば勝つって聞いてるぞ」


 魔人たちが、通り過ぎるトキシィたち三人を見て、口々にそんなことを言っている。それだけ聞けば誇らしい気持ちなのだが、生憎トキシィはスパイのようなもの。


「素直に喜べなーい」


「トキシィ様は心がきれいでいらっしゃいますね」


「スールちゃん、違う違う。トキシィちゃんのは、肝が小さいって言うんだよ」


「ピリアは黙ってて」


 そんな会話を交わしながら、トキシィは帰宅した。するとすでにみんなが揃っていたので、「ウェイドー!」と呼びながら、トキシィは自分の旦那さんに抱き着きに行く。


「サーカス行ったって聞いた! うらやましい! 私だけのけ者ひどい! 魔王軍滅ぼして、私ともデートして!」


「うぉお、トキシィお帰り。ちょうどトキシィの話してたんだ。何か今すごい要求してなかったか?」


「私の話? 何?」


 キョトンとするトキシィに、ウェイドは言った。


「トキシィに、魔王軍でちょっと取ってきてほしい情報があるんだ。陽動がてら、一回魔王軍に侵攻掛けるから、そのタイミングで」

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