第377話 サーカスの原理

 アイスがローロをかばってから数秒、何故かアイスは、ピエロに襲い掛かられなかった。


「……、……?」


 振り返る。すると、地面に潰れた無数のピエロの姿が、そこにあった。


「……ウェイド、くん……?」


「アイス様、冷たい~」


「あ、ごめん、ね……。でも、これは……」


 アイスは少し考え、ハッとする。


「ウェイドくんだ」


「アイス――――! いるか――――!」


 少し離れたところから、ウェイドの声が聞こえた。アイスは深呼吸してから「ここに―――、いる、よ――――……!」と声を張る。


「にひひっ♡ アイス様の大声、めっずらし~」


「ローロちゃんも、からかわないで返事して……!」


「は~い。ご主人様~~~! こっこだよ~!」


 二人の声を聞きつけて、ウェイドが汗を流しながら走ってくる。アイスと目が合うなりさらに加速して、瞬きの瞬間で、ウェイドはアイスを抱きしめていた。


「よかった……! アイス、無事だったんだな……!」


「う、うん……。……ありがと、ね。こんな必死に、助けに来てくれて」


「いいや、キリエのお蔭だ。……アイス、いやに体温低くないか? まるで氷みたいな」


 アイスはビクッとして、慌ててウェイドを振り払う。


「その、冷や汗で肌が冷えてる、のかも……? ほら、雪はいつも降ってる、し……!」


「そう、か。ローロも無事だな? 怪我はないな?」


「ご主人様~! 怖かったよ~♡」


 ローロはここぞとばかり、ウェイドに抱き着きに行く。ウェイドもいくらかローロに心を許しているのか、「その調子なら大丈夫そうだな」と言いつつ受け止めていた。


「いやはや、感動の再会って感じだね☆」


 そこに現れたのが、キリエだった。アイスは、ウェイドの話を思い出して、ペコリ頭を下げる。


「その、ありがとう、ございました……! わたしたちだけだと、危なかった、から」


「こっちもウェイドたちには結構借りがあるから、このくらい気にしなくていいよ☆ にしってもー、ウェイドのこの魔術すっごいねー」


 キリエは笑いながら周りを見ている。


 言われる通り、視界すべてのピエロが自重で潰れている。単なるザコは、ウェイドの敵にはなりえないのだ、と一目で分からされる。


 ……クレイも、トキシィも、神を下しその権能を奪った。


 自分も、と思う。地上でアイスだけが、シグに傷を入れられなかったのと同じだ。ここでも、二人に差を付けられている。


「あとは帰るだけか」


 ウェイドが言うと、キリエは「んー、まぁそうなんだけどね」と言葉を濁す。


「深夜0時になると、サーカスの時空歪みまくってるからさー? 空飛んでも帰れないんだよね。どうしよっか」


「……それは本当にどうしような」


 ウェイドがあきれ顔で言う。それから「でも」と続けた。


「サーカスの時間って、そいつ自身のサーカスに対する理解度なんだろ? それで言えば忘れれば戻れるんじゃないか?」


「忘れられる?」


「一応そういう手段はある。……で、助けてくれたところ悪いんだが」


 ウェイドは、キリエに鋭く問うた。


「キリエ、最初からサーカスについて知ってたよな? 何で正午の時間を歩いてたんだ?」


 空気に緊張が走るのが分かった。ウェイドとキリエ。キリエはしばらくウェイドを見返してから、言う。


「仕方ないなぁ。ウェイドが秘密を教えてくれたから、キリエも教えてあげる☆」


 キリエは片目を瞑り、唇に人差し指を添えて、こう言った。


「キリエ、実はサーカスの団長キエロの子供なんだ。だから理解度を無視して、サーカスの時間を自由に歩き回れるんだよ☆」











 その後はみんなで、一時撤退しようという運びになった。


 まず、サーカスの時間を戻す手段を考えるにあたって用いたのは、俺の第二の頭脳、サハスラーラチャクラだ。


 サハスラーラチャクラの能力は『森羅万象の支配』。応用すれば、相手の任意の情報を忘れさせるなんてことは、そう難しくない。


 時間を戻した後は、クライナーツィルクスの巨人ガンド、獣人少女リィルの手助けを経てサンドラ、レンニルと再会し、サーカスを抜けた。


 サーカスを抜けると、やはり時間は昼前のままだった。サーカスだけが、独自の時間が過ぎている、と考えるべきなのだろう。


 クライナーツィルクスも伴って、俺たちは宿に戻る。すると酒場で待っていたムティーが、俺たちに向けてニヤリと笑った。


「よう。思ったよりずいぶんと早いお帰りだなあがっ!」


「クソ師匠テメェもうちょっと芯食った説明しとけやオラァ!」


「目先の仕事にかかずらってまともに動けてねぇお前ら無能が悪いんだろゴミクズがぁっ!」


 俺はニヤケ面のムティーに挑みかかり、ムティーはそれに反発して、十数秒くらい余波に気を付けてガチバトルした。


 十数秒後には俺もムティーもボロボロになってその場に沈んでいた。他のみんなは椅子に座って一息ついていた。


 俺はボロボロのまま立ち上がり、「解除」と指を鳴らす。みんなに忘れさせていたサーカスの知識を思い出させる。


「で、だ。キリエ。詳しい話を聞かせてくれるか?」


「詳しい話って? サーカスの仕組みについて? それともキリエとパパの関係について?」


「全部だ。けど、ひとまず仕組みについて聞かせてくれ」


「はいはーい☆ ま、深夜0時に連れてった説明がほとんどなんだけど、サーカスはパパの支配領域なんだよね」


 キリエは悪戯の解説をするように語る。


「入った相手の理解を拒む支配領域。サーカスの変なところを知って、理解すればするほど、サーカスはその理解に牙をむく。道を知れば道は歪み、建物を知れば建物が歪む」


「だからずっと出れなかった」


 サンドラはいつもの無表情で言う。「助けに行ったら迷宮全部ぶっ壊して出てきたのには驚いた……」とガンドの顔が死んでいる。


「支配領域『秩序なき遊び場トリックスター』。パパはそう呼んでた。この力で、パパはサーカスを支配してる」


「魔王軍は? 塔には常駐してるだろ?」


「いーや。魔王軍ですら、サーカスではパパのシモベでしかないよ☆ 保護塔だって、二つともパパの時計塔に変えられてるし」


 マジかよ、と思う。確かに目立つ塔は、サーカスには時計塔しかなかった。一つしか見つからなかったのは、空間が歪んでいたからか。


「流石に事態に気付いた魔王軍も、困ってどこかで交渉に来たけどね。詳しくは知らなーい☆」


 キリエの話に、俺は考える。理解を拒む支配領域。それを知り、交渉した魔王軍。


「次はキリエとパパとの関係だけどぉー……その前に、確認させてよ」


 キリエは、俺の秘密を見透かそうとするような、油断ならない笑みで尋ねてくる。


「サーカスの時間に呑まれるのって、長く住んでる人なんだよね、性質上さ。でも、ウェイド達は違うよね? 話を聞いてると、かなり短い時間でああなったみたい」


 ずい、と身を乗り出し、キリエは俺に問う。


「何が目的? サーカスを知ろうとしてたんだよね。何のために、サーカスを知ろうとしたの?」


 じっ……とキリエは俺を見つめる。俺の表情の変化から、俺たちの思惑を掴もうとしている。


 俺は言った。


「俺たちの目的は、魔王討伐なんだ。だからキリエのパパさんはさておき、塔は落とす必要がある」


『!?』


 ムティー、ローロ以外の身内が、俺の暴露に目を丸くする。俺はそれに、「アイス、前もこういうことはあったろ」と口を曲げる。


「えっ、あ、あった、けど……! あの時は、クレイ君が問題ないって判断して促してたからで……!」


「キリエは問題ない。アイスが警戒するのも分かるが、こいつらはどう転んでも、このことを魔王軍に告げ口して裏切る、みたいなつまらんことはしない」


 だろ? と俺はキリエを見る。


 キリエは、キリエ達は、言葉を失っていた。


 巨人ガンドはパクパクと口を開閉させていたし、リィルは全身の毛を逆立たせている。


 そして肝心のキリエはあんぐりと口を開けて俺を見て――――ぷっ、と噴き出した。


「あはははははっ、あっはははははははは! すごーい! マジ!? うっわやっば! 元々面白いなーと思って色々手出ししてたけど、そういうこと!? どっひゃー☆」


 見事にツボに入ったらしく、キリエは大爆笑だ。酒場エリア中に、キリエの爆笑が響き渡る。


 それからしばらく笑い転げていたキリエは「ひーっひーっ」と涙をぬぐって苦しそうにしつつ、俺を見る。


「いや、ウェイド、最高☆ マジで良い! キリエの見立ては間違ってなかった。でもまさか、こんなに面白いとは思ってなかったけど――――ぷっ、ふくくくくく……」


 再び笑いだすキリエ。それも収まってから、キリエは言った。


「いいよ、ウェイド♪ それが目的なら、キリエは全面的に協力できる。代わりにウェイド達には、キリエのことも手伝ってほしいな☆」


「はぁっ? おいリーダー。これは流石に」「リーダーマズイって! 魔王討伐は流石に正気じゃなさすぎる」「だまらっしゃーい☆」


 制止する二人を押しのけて、キリエは言った。


「ウェイド。キリエは、塔を倒すためにサーカスの支配領域攻略の手伝いをしてあげる。かわりにウェイドにしてほしいのは―――キリエの、踊り食い」


 踊り食い、と聞いて、俺は目を細める。


 キリエは、笑う。


「キリエは、パパを食べて、団長の座を奪いたいんだ。サーカスを、もっと大きくしたいから☆」

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