第375話 サーカスに行こう!
サーカスの視察を決めたのは、ムティーから言われたからだった。
『ウェイド、そういえばサーカスの報告書は渡したが、一応お前もサーカスに行ってどんなもんかってのは見ておけよ』
『……これじゃ不足か?』
俺がムティーから渡された紙束を持ち上げると、『ああ、不足だ』とムティーは言った。
『創造主が持ち込んだ格言に「百聞は一見に如かず」ってのがある。そこに書かれたのは、あくまでオレが見聞きしたもんだ。お前の目で見たもんじゃねぇ』
創造主、と俺は思う。格言が日本寄りなので、多分元日本人なんだろうな創造主、とか思ってたりする。
それはさておき、だ。
『……そういうもんか。分かった。数人呼んで行ってくる』
『おう。ああ、一応言っておくが、気を付けろよ』
『分かってるって。……え? 嘘だろ。あのムティーが俺を心配し、いってぇっ!』
そんな会話を交わしての、サーカス視察計画だった。
メンツは俺、アイス、サンドラに、ローロ、レンニル。計五人でのサーカス訪問だ。
本当なら、準備中にクライナーツィルクスを探して道案内を頼みたいところだったが、生憎と捕まらなかった。あいつらはああ見えて神出鬼没なのだ。
ということで俺たちは、川を渡りサーカスへと足を運んでいた。
「へー、ここがサーカスですか。何か楽しいとこですね。おっ、アレ美味しそうじゃないですか?」
言ったのはレンニルだ。俺はそれに前を見る。
サーカスは、足を踏み入れた瞬間から、全力でサーカスをしていた。
曲芸師やピエロが騒がしく歩き回り、芸を披露している。煌びやかなアトラクションが光を放ちながら稼働していて、愉快な音楽を垂れ流している。
どこを見ても目を奪われる光景だ。ここだけだいぶ文明進んでない? と疑うレベル。文明の代わりに、アーティファクトで現代サーカスみたいになっている。
「わぁー! 見て見てご主人様~! ローロ、アレ乗りたい!」
二回目だが、一回目はほとんど遊べなかったローロなんかも、かなり興奮気味だ。完全に遊びに来たつもりでいる。
そんな二人に、俺はため息をついて冷や水をぶっかける。
「もう一度言うけどな、これは視察なんだ。あんまり気を抜くなよ?」
「ぶぅ~! ご主人様のケチ! ちょっとくらい遊ばせてくれてもいいじゃん!」
「そうですよご主人様。スラムでは散々ひどい目を見たんですから、このくらい」
「じゃなくって、だな」
俺はムティーから受け取った紙束を確認して、言う。
「ローロが乗りたがった、あのメリーゴーランドみたいな奴……。アレ、降りるときには乗った奴半分帰ってこないからな?」
「……え?」
「で、レンニルの食べたそうにしてた奴は……あったあった。食った奴が目を離した隙に、煙のように消えて帰ってこないそうだ」
「……」
浮かれていた魔人兄妹は、揃って表情を凍り付かせる。アイスはそれに苦笑し、サンドラは「楽しみたかった」と純粋に残念がっていた。
俺は思いだす。ムティーから言われた、『気を付けろよ』に続く意図を。
―――サーカスでは、行方不明になる理由が多すぎる、という報告を。
「俺たちの視察は、『サーカスがどんなところか』じゃない。『サーカスは行方不明が続出するヤバいところで、それを目で確認しに来た』んだ。それを忘れるなよ」
俺の釘刺しに、「は~い」と不満そうなローロ。「こんなことなら金じゃなくて携帯食持ってくればよかったです」と肩を落とすレンニルだ。
苦笑しつつ、俺は慰める。
「そう気を落とすなよ。アイスには弁当を持ってきてもらってる。ローロも、中に入って調べるときはアトラクションに乗れるぞ」
「おっ、マジですか」
「それはそれでヤ~ダ~!」
ローロが駄々をこねるのを見て、俺たちは笑う。
そんな調子で、サーカス視察が始まった。
「まずここだ」
俺たちが前にしたのは、鏡の迷宮と銘打たれた建物だった。
「ウェイドくん……ここは……?」
「鏡の迷宮。中は鏡張りの迷路があって、頑張ってゴールにたどり着くっていうアトラクションだ」
「楽しそ~! ご主人様、一緒に行こ!」
ローロが俺の腕を掴んで急かしてくる。俺は解説を続けた。
「何でも、入った人と出ていく人が一致しないらしい」
「……ウェイド、分からない。どういうこと?」
サンドラに聞かれたので、俺は少し考えて答える。
「サンドラで例えると、サンドラが入りました。けどサンドラは一向に出てきません。なのに出口からは延々と『脱出成功~』とか言いながら魔人が出てきます。ってとこだな」
俺の説明に、ローロが俺の腕から手を離す。俺は笑顔でローロに言った。
「じゃ、ローロ行くか」
「行かない!」
ローロはアイスの背中に隠れ、断固拒否の構えだ。
そこで、サンドラが言う。
「……本当だ。アジナーチャクラで中を覗き込んだけど、途中で追い切れなくなる。……? この鏡の迷宮、何か変……」
「サンドラってアジナーチャクラ使えたのか。っていうか、やり過ぎると嘘の魔王来ないか?」
「順番に道を追っかけてるくらいだから、嘘の魔王は来ない。にしても、どこが変なんだろう……?」
「いや、変な場所は分かってるだろ」
サンドラは首を何度か捻る。それから、こう言った。
「ウェイド。あたし見てくる。流石にあたしなら無事で済むはず」
「そう……だな。サンドラがなす術もなくどうこうされるとは思わない。任せて良いか?」
「うん。行ってくる」
言い残して、サンドラは鏡の迷宮に歩いていった。列に並び、流れに従って建物の中に入っていく。
「じゃあ、ここはサンドラに任せて……と。次は、ん?」
そこで、俺はふと思って顔を上げた。
だが、三人がいない。
「……え?」
俺は周囲を探す。だが、誰もいない。
誰かに攫われたか? いや、それならば騒ぎになるし、この近距離で気付かないはずもない。
そうだ。気づかないはずがないのだ。三人の誰かが、ウェイドを困らせようと隠れたとしても、ウェイドは気づく。
なのに、三人はどこにもいない。影も、形もない。
「……マジかよ」
気を抜いているつもりはなかった。十分に警戒しているつもりだった。だが蓋を開けてみれば、この始末。
「―――!」
俺は即座に、走り出す。
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