第374話 魔人の団欒

 翌朝、早朝。俺が部屋で着替えていると、裸のローロがひそひそ声を出しながら現れた。


「ご主人様~……♡ 朝のご奉仕して……何で起きてるの!」


「服着ろ」


 俺は顔をしかめて毛布をローロに投げつける。ローロは毛布を顔で受け止めて、「わぷ」と倒れる。


 俺はその姿を半眼で見て、「まぁそうだよな。聞き間違いだ」と口の中で繰り返した。


 ロキは男神と聞いている。だがローロは、この通り確実に女だ。聞き間違いに違いない。


 毛布を顔から剥ぎ取って、ローロはお冠である。


「も~! ご主人様! 寝てよ~! 寝てないと朝のご奉仕できないでしょ!」


「何するつもりなんだお前は……」


「そりゃ男の子って朝に」


「あーあー! 言うな! さっさと部屋に戻れ! じゃないと」


 俺たちがギャーギャー言いあっていると、騒ぎを聞きつけたのか、トキシィが部屋の入り口に現れる。


「何朝っぱらからうるさくして……ウェイドの浮気者!」


「待て待て待て! 違う違う!」


 俺は慌てて否定する。というか複数妻帯者の浮気者判定ってどこにあるんだろうとか、変な考えが頭に浮かんでくる。


 するとさらにサンドラが現れ、この状況を見て言った。


「おは……ウェイド、幼女趣味……?」


「違う! 本当に違う!」


 ますます状況が悪化して、俺は血の気の引く思いをする。


 そしてとうとう、心配そうな顔をしたアイスが現れ、俺は凍り付く。


「い、いや、あの、アイス、違くてだな。本当に、あの」


「……」


 アイスはにっこり微笑んで、ローロに近づき言った。


「ローロちゃん、ウェイドくんを困らせたら、ダメでしょ……?」


「頭がキーン!」


 ローロはアイスにしばかれ、無事連行されていった。その様子を見て、トキシィとサンドラが、悪戯っぽい顔で俺を見ている。


「……二人ともからかったな?」


「ウェイドの誠実さは知ってるしー♪」とトキシィ。


「別に、今更幼な妻が一人二人増えたところで気にしない。一番はあたし」とサンドラ。


「いや私ですけど」


「トキシィには荷が重い」


「重くない!」


「はいはい。とりあえず、俺も着替え途中だから出てってなー」


 俺は二人の背中を押して部屋から追い出す。それから扉を閉じて、呟く。


「……俺もう嫁さんに敵う気しないな」


 尻に敷かれるを通り越して、いいように遊ばれている。俺はため息をついて「まったく……」と着替えをつづけた。






 着替えを終えて酒場エリアに降りると、ローロ、レンニルの魔人兄妹に、調教師ムング、案内人スールの魔人四人組が、ひとところに集まっていた。


「ローロ、そろそろ機嫌直せ。ご主人様へのアタックが拒否られるなんて今更だろ」


「だって~!」


 むくれるローロに、それをあやす兄レンニル。


「いっつもこんな風にあやしてたのかい? レンニル兄さんも苦労人だな」


「ローロがワガママなだけだ」


 レンニルの苦労に、同情を寄せるムング。


「ふふふ、家族仲睦まじくて、大変良いと思いますよ」


「スールおじさんが他人事みたいなこと言ってる! 囲え囲え~!」


「そうだ! お前も苦労しろ! ローロのワガママに振り回されろ!」


「わっ、ちょっと、ハハハ。やめてくださいって」


 そして兄妹に絡まれるスール。


 あいつらいつの間にあんな仲良くなったんだ……? と俺は眺める。全員魔人ではあるが。いや、スールは半分だけか、魔人なの。


「……?」


 不意に思う。魔人って子供が生まれるのかどうか。いや、片方が人間ならいけるのか? そもそも兄妹って……?


 そんな風に考えていると「あ、ご主人様だ~!」とローロが階段の上で眺めていた俺を発見する。


「ご主人様もこっちに混ざろ~よ~! ほら、こっちこっち!」


 ローロが手招きするので、俺は苦笑しつつ階段を下りていく。


「珍しいメンツだな」


「そ~お~? 確かに言われてみればそうかも。でもけっこうしっくり来てるって感じ~」


「見ててすごい仲良かったぞお前ら。いつ仲良くなったんだ」


 俺が言うと、全員が少し考えこむ。


 結局ローロがこう答えた。


「ローロが可愛いから、みんな集まってきちゃったんだよ~♡」


 するとまず、レンニルが言った。


「調子に乗るな」


 次にムングが言った。


「そういう目では見ねぇな」


 最後にスールが〆る。


「可哀想なので、ワタシはそう言う事でもいいですよ。実際外見なら、恐ろしいほど愛らしいですし」


「ね~え~! みんな意地悪~!」


 一笑いが起こる。確かにローロの外見とは全く関係がなさそうだ。だが同時に、こうも思う。


 この集まりは、ローロが中心にある。見ていて、それだけは分かった。人柄と言うのでもない、もっと強く温かなつながり。


 いうなれば、そう。


「……家族みたいだな、四人とも」


 俺が言うと、ローロがじっと俺を見た。覗き込むように、奥の感情を知ろうとするように。


 それから、言う。


「ご主人様も~混ざろ♡ ローロ、ご主人様と仲良くしたいな~♡」


「ははっ、また今度な。これからの予定を忘れたわけじゃないだろ?」


 俺が言うと、「そうだった!」とローロは出かける準備を始める。


「ああ、そうでしたね。本日はウェイド様が選んだ人員で、視察の予定でしたか」


「ああ。スールはいつも通り、ピリアと一緒にトキシィについて魔王軍で動いてくれ」


 スールの確認に俺は頷く。それから「ムングはクレイと一緒に商人ギルド運営。レンニルはお出かけ組だな」と告げる。


「はい。ローロ共々準備できてます」


「万端だよ~!」


 俺は首を縦に振ってから、レンニルを見た。


「ムングもそうだが……レンニル。お前は踊り食いで力を得た。これからは、明確に戦力として数える。そのつもりでいてくれ」


「はい。頑張ります」


 レンニルは首肯してから、手に紐を巻き付けた。グレイプニール。ドン・フェンから簒奪した、支配領域の名残。


「よし。あとはアイスとサンドラだな。と」


 俺が名を呼んだのと同時に、階上から足音が聞こえてくる。見れば、アイスにサンドラが並んで歩いてきていた。


 全員が揃うのを待って、俺は言う。


「じゃあ早速、サーカスの視察と行こうか」

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