第369話 少年との帰路
話の流れで、帰り道をギュルヴィが同行してくれる、ということになった。
「……何でそんな、初対面で親切なんだ?」
「ただの気まぐれさ。それとも理由なき親切は信じられない性質か?」
ギュルヴィに言われ「信じられない訳じゃないが……」と俺は言葉を濁す。
だってここニブルヘイムだし。都合のいい話は疑ってかかるのが正解だ。
しかし少年ことギュルヴィは「そんな警戒すんなよ」とニヤニヤ笑っている。
「何か事情がありそうに見えたんでね。ここで恩を売っとけば、高値になると踏んだだけだ」
ギュルヴィはそんな風にうそぶく。俺は片眉を上げて、話半分に聞いておく。
「にしても、随分な荒れようだ。俺はさっきここに来たから状況が分からないんだが、何があったんだ?」
ギュルヴィは周囲を見て言う。
俺たちはあの後、毒霧にギリギリ当たらない瓦礫沿いを歩いていた。毒霧の近くは魔王軍も怖がっているのか、ほとんど人の姿を見なかったからだ。
「ああ。何と説明していいものか難しいんだが……。平たく言うなら大災害があった、って感じだ」
本当はもたらしたんだが、そこまで話す義理はない。
「大災害、ねぇ。俺はてっきり、神でも降りてきたんじゃないかって思ったが」
「……」
実は最初から見てたんじゃないかこいつ?
「……なぁ、ギュルヴィ。少し質問なんだが」
俺は問いかける。
「巷で噂の『子供の癖にやたら強い、何かを探してる奴』ってのは、お前か?」
「あー……? まぁ、そうかもな。俺のことでも不思議じゃねぇ」
イマイチ自覚がない、という態度で、緩やかにギュルヴィは頷いた。
……つるんでる相手が居ないのか? じゃなきゃ、今の今まで関係のなかった俺まで知ってるような噂、自分で耳にしないはずがない。
だが一方で、何かを探している以上、情報収集に動いているはずなのだ。情報収集で重要なのは、人手の数。
それすら知られている以上、こいつ自身が何かしなくても、ギュルヴィの強さに価値を見出して、協力を持ち掛ける奴がいてもおかしくないはずなのだが……。
そこまで考えて、考え過ぎか、と思う。たまたまということもある。
むしろ、強くて好意的なら、味方に引き込むのも一つの手か、と俺は提案した。
「なら、お礼って言うのも何だが、俺がその探し物、手伝ってやろうか? 一人でこの広い城下街を探し回るのも大変だろ」
俺がそう言うと、ギュルヴィは目を丸くした。何だその反応、と俺は訝しむ。
「お、おお……。何だお前、良い奴だなウェイド。そんなんで騙されないか?」
「生憎と、人を見る目はあるんでね。もちろん要らないなら、余計な真似はしないが」
「ああ、そう、だな……。……、……、……」
いや考え過ぎだろ。
「……余計なお世話だったみたいだな。忘れてくれ、ギュルヴィ」
「ああいや、そういうんじゃない。じゃあそうだな。その、俺が探してるのは何かって話なんだが」
少し躊躇う様子を見せて、ギュルヴィはこう続けた。
「……親を、探してるんだ。小さい頃に捨てられて、顔も名前も分からない。だが、恐らくこの城下街にいるって話でな」
「親、か」
その一言で、俺は何だかギュルヴィに親近感を覚えてしまう。にしても、今もギュルヴィは小さいだろうに、と思わないでもないが。
「いいぜ、一緒に探そう。よろしくな、ギュルヴィ」
「いいや、今の話聞いたろ? 本当に、何の手がかりもねぇんだ。ちょっと助けたくらいで押し付けるモンじゃねぇよ」
ギュルヴィは首を振る。それから「ま、何だ」と俺にニヤリ笑いかけた。
「今度、上手い飯屋でも連れてってくれよ。恩返しってんならそれで十分だ」
「そうか? 暇があれば本当に手伝おうかと思ったんだが」
「いいって。これは俺の問題だ。それにウェイド、お前が暇になるとも思えねぇ」
俺は、む、と口を曲げる。
「……確かに、多忙といえば多忙だけど」
そうやって歩いていると、川が見えてきた。各地域を分ける、魔王城から伸びる川だ。
「ほれ、そろそろスラムの出口だ。奢られたくなったらそっちに顔を出すからよ。その時は頼むぜ」
ギュルヴィは言って、軽やかな足取りで去っていった。不思議な奴だなぁと思いながら、俺は「ああ、またな」と手を振って見送る。
宿に戻ると、すでに全員無事に、帰還していた様子だった。
「俺が最後だったみたいだな」
言うと、みんなが俺を見つけて、口々にお帰りと言ってくれる。
俺はレンニルの姿を発見して、ニヤと笑った。レンニルが冷や汗を垂らし、蚊の鳴くような声で「スイマセン」と言っている。おもろい。
とはいえそれはいい。俺はみんなに語り掛ける。
「レンニルから聞いてるかもしれないが、ドン・フェンは最終的にレンニルが食った。エーデ・ヴォルフは無事壊滅。スラムもついでに壊滅だ。無事任務達成。お疲れ様だな」
俺が言うと、口々に「お疲れ様ー!」「いやぁ、大変だったね」と言いあう。やっと終わった、という感じがするな。肩の荷が下りたような感覚だ。
俺が顛末を告げながら席に着くと、アイスが俺に温かいスープを用意してくれる。
「ありがとな、アイス。冷えた体にはありがたい」
俺はスープをすする。クレイが「改めて、お疲れさまだったね、リーダー」と俺をねぎらってくれる。
「レンニル君がドン・フェンを食べた、というのは興味深い話だけれど、ひとまずは商人ギルド長こと、女帝ヨルからの依頼は達成した、ということになりそうだね」
「そうだな、クレイ。ドン・フェン以外も、大半の構成員が瓦礫の下か海の下だ。これを壊滅じゃないとは言えないだろ」
俺が言うと、「っていうか」とトキシィがほくそ笑む。
「暗殺ギルドの一クランを壊滅させてこい、でスラム一つ滅ぼしちゃった相手に、文句とか言えないでしょ。多分震えあがってると思うよ? 女帝さん」
クスクスと悪い笑いを浮かべながら、トキシィは言う。
それについては同感だ。魔王軍に詰められた程度であの慌てようだったヨルが、スラム崩壊を目にして慌てない訳もない。
ただでさえ、クレイにあれだけの侮辱をしてくれた相手なのだ。その恨みを晴らす二発目のパンチとしては、満点以上の出来だろう。
なお一発目は、連続強盗のことだ。
「あとは任務達成の書状を送って、返信待ちってところか」
俺がそう言うと「それが、ね……?」とアイスが言う。
「わたしたちが暴れ始めて少ししたくらいで、この宿の店主さんがこれを受け取った、って……」
アイスが、俺に手紙を渡してくる。便箋は、前回の無茶ぶり手紙のそれと同じものだ。
「これ……」
「ウェイド君のお察しの通り、ヨルからの書状だよ。どうやら僕たちに監視を付けていたみたいでね。諸々把握しているようだった」
クレイに言われながら、俺は中身を開く。
内容は、至極丁寧なものだった。
『拝啓、クレイ商店様』から始まり、時候の挨拶に続く。
そこから丁寧に丁寧にクレイ商店を持ち上げる、おべんちゃらのような内容が続いているが、その文字は全体的に震えが見て取れた。
そして最後に、こう結ばれている。
『ひいては、お約束の通り、クレイ商店様を我が商人ギルドにおける幹部、大商人として公式にお迎えすることとなりました。
後日、改めて歓迎パーティのお誘いをお送りさせていただきますので、その際はよろしくお願いいたします』
俺は笑う。見れば、他のみんなも上機嫌な様子だった。
ならば、改めて全員に言っておこう。
「みんな、改めてお疲れ様だった。今回のスラム襲撃作戦は、大いにうまくいった。だが、ここからでもある。気を引き締めていくぞ」
『了解』
みんなが声をそろえてそう言った。俺は頷き「よし、じゃあパーティーの準備に取り掛かろう」と声を上げる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます