後章3・混乱のサーカス

第368話 差し伸べられる小さな手

 俺はとっさに、周囲を見回していた。


 ドン・フェンは魔人だ。だから死んだら復活する。


 しかし、レンニルがドン・フェンを食べてしまった。ドン・フェンが復活する様子はなく、ドン・フェンの支配領域であるグレイプニールもレンニルが奪った。


 俺は、レンニルに問う。


「……魔人って、食ったら復活しなくなるのか? いや、でも、死体はしょっちゅう食ってるしな……」


「ああ、生きながら食べると、『踊り食い』って言って、魔人同士で吸収合体みたいになるんですよ。だから、ドン・フェンは復活しないです」


「……そういう、もんか」


 魔人は、まだよく分からないことが多いな、と俺は唸る。


 分ける? とか踊り食いで合体とか。死んでも復活とか。スライムでももうちょっと分かりやすいぞ。


 ともかく、すべきことはすべて完了した。全邪神は死に、エーデ・ヴォルフは完全に壊滅したと言っていいだろう。


「よし、じゃあ帰るか」


「はい。いやぁ、終わってみればド派手でなかなか楽しい祭りでした。ご主人様、あなたを信じてついてきてよかったです」


 正面から言われると少し照れるな、と思いつつ、「それは光栄だな」と俺は流す。


「あとは、保護塔に魔人を派遣して占領させて、って感じか。道全部瓦礫で埋まってるから、上手く誘導しないとな」


 俺は前回魔人たちに命令を下したのと同じやり方で、チャクラ越しに保護塔占領を命じる。いくらか反応があったので、多分すぐに終わるだろう。


「アイスに安全な道を案内してもらうか。アイス?」


 俺が呼ぶと、俺の荷物の中に避難していた氷鳥が飛び出してくる。「チチッ」と一鳴きして、飛び立つ―――


 その寸前で、慌てたように、バタバタと氷鳥が暴れ出した。


「うお、何だ何だ。アイス、どうした?」


 氷鳥は俺の手にとまって、指輪をつついた。次いで、指輪が震える。俺が慌てて通信指輪のアーティファクトを撫でると、アイスの声が響いた。


『ウェイドくん……! それにみんな……っ。急いで、スラムから逃げて……ッ! 魔王軍が、かなりの人数を率いてスラムに降りてきてる……!』


「おっと、ついに来たか」


 想定していた事態の一つだ。俺たちが暴れすぎて、魔王軍が腰を上げて調査、掃討に来る、という事態。


 俺たちは、魔王軍に直接乗り込むその時まで、素性を知られたくない。だからこうなった場合は、作戦が途中だったとしても、すぐに逃げることを決めていた。


 幸い、もう帰るところだ。無事に帰還すればいいだけ。俺は指輪に語り掛ける。


「みんな、聞いた通りだ。作戦通り、即時帰還で頼む。ムティー! ピリア! そろそろ重い腰を上げる時だぞ!」


 俺が師匠二人に言うと『チッ』『仕方ないねー』と声が返ってくる。


『オレはデカブツチームを回収する。ピリア、そっちは』


『じゃあ飛んでて目立つトキシィちゃんとサンドラちゃんを、大ルーンで回収しよっかな。アイスちゃんはもう拠点でしょー?』


『は、はい……っ! すでに帰還済み、です』『ローロも帰還済み~!』


 となると、補助がないのは俺だけか。問題ないな。俺は答える。


「じゃあそれで頼む。なるべく全員、魔王軍に素性を知られないように動いてくれ。接触しても、可能な限り戦闘はしないように」


『『『了解』』』


 何人かの言葉が重なって聞こえて、通信は終了した。「よし」と俺はレンニルに振り返る。


「じゃあ俺たちもボチボチ帰る……」


 だが、そこにはすでにレンニルはいなかった。代わりに、魔王軍らしき軍服を着た魔人三人が「おいお前!」と俺を見咎める。


「このスラムで何があった! 何故お前は無事でいる!」


「え? は……?」


「まぁいい! スラムで無事な魔人は、全員署に連行して話を聞くこととなっている! 同行願おうか!」


 三人の魔王軍兵がにじり寄っている。しかしレンニルは居ない。どゆこと?


 不意に気配を感じて上を見ると、レンニルが建物の上で片手謝りして、グレイプニールを使ってワイヤーアクションよろしく逃げていく。


「……」


 レンニル、俺のこと見捨てやがった。


 と思いつつ、二人で見つかるよりはマシか、と俺は歯噛みする。クソ、責めるに責められん。これは油断した俺が悪い。


 とはいえ、まだ俺は一般通行人の域を出ない。魔王軍の調査で、他にも魔人は見つかるだろう。


 つまり重要なのは―――目立たずに、逃げ切ること。


 もっと言うなら、戦わないことだ。


「ッ!」


「あっおい待て!」


「スラムにて発見した魔人の逃亡を確認。増援をお願いします」


 俺は反転し、全力で走り出す。何でだよ、やましくなくても逃げるだろ魔王軍相手なら! 増援なんか呼ぶな! クソ!


 俺は全力で駆け抜ける。この辺りはポセイドンの地震の影響が少ない。まだ建物も無事に残っている地域だ。


 だから、上手く建物の間をすり抜ければ。そう考えながら走っていると、道の向こうから魔王軍が現れる。


「ッ!?」


「ん? 何だ、止まれ貴様! 何故走っている!」


「おい! そいつは俺たちを見て逃げ出した奴だ! 捕まえろ!」


「逃げただけで、何でこんなに人が集まってくんだよッ!」


 俺は空き家の窓が開いていたので、そこに飛び込んで二階へ階段を上る。二階の窓から屋根へとよじ登る。


 空き家の一階に、ぞろぞろと魔王軍が入り込んでくる音が聞こえる。俺は屋根伝いにいくらか跳び走り、その中の適当な家の中に入り込んで、再び路地に出る。


「こっ、これで撒けたか……?」


 さらにいくらか走ると、ヒュギエイアの毒霧の近くまで来る。


 身を潜めるなら、俺の耐久力的にここに逃げ込んでもいいが……出られるところを見られる方がマズイか。やめだ。


 毒霧をスルーして、先へ先へ進む。スラムでも、城下街外壁に近い辺りを駆け抜ける。しばらく走ると前に瓦礫だらけのエリアに辿り着く。


 小さな海。いや、湖が、そこに広がっていた。


 瓦礫がテトラポッドのように波打ち際にあり、そこにポセイドンが呼び出した海が広々と広がっていた。


 問題は、魔王軍が湖に小舟を用意して捜索活動をしている、という点だ。瓦礫に沈んでいるような人々は無理にしても、気絶して浮いている人々は回収されている様子。


「こっちはだめだ。っていうか、第一住居区……スラム第一区はポセイドンが全滅させてるな、これ」


 湖は、第一住居区、第二住居区を割って流れる川を飲み込んで、第二住居区の半分近くを飲み込んでいる。


 第一住居区側の無事な地域を通り抜けてバザールまで帰ろう、と考えていたが……これはダメだな。第二住居区、つまりサーカス側から逃げるしかない。


 しかし、そちらは今しがた逃げてきた場所、魔王軍の捜索隊が、俺を未だに探している。


「……どうしたもんか」


 飛んで帰れば一瞬だが、その姿を見られるのはよろしくない。可能なら徒歩で逃げ切るのがベストだ。


 同様の理由で、毒霧を抜けるのもダメ。万一俺が毒霧から抜けるところを見られれば、要注意人物としてマークされる。今回は擦り付け先もない。


「おい! こっちは探したか!」「誰も行ってない! 俺が行く!」


「……マズイな。こんなところでピンチになるとは」


 背後から魔王軍が迫っている。どうするこれ。俺も大ルーンワープで帰りたい。


「あ! 見つけたぞ!」


 魔王軍がとうとう俺を見つけ、ぞろぞろと集まってくる。最初よりもずっと多い。


 いやーこれマズイなーやべーなー。


 俺は強張った顔に、冷や汗が垂れるのを感じる。これは、もう暴れるしかないか?


 捕まるのは、今まで見てきた保護塔の拷問を見る限り最悪に近い。地獄には人権なんてない。ちょっと話を聞いて解放とは行かないだろう。


「へへへ……、ずいぶん苦労させてくれたなぁ……! お前ら、こいつのことボコボコにして、牢屋にぶち込むぞ!」


 しかも魔王軍は、追いかけっこで疲れたのが随分とムカついたのか、この調子だ。公私混同も甚だしい。


 ……仕方ない。肉を切らせて何とやら、だ。俺はため息をつき、魔法を手加減して―――


「よう兄ちゃん。お困りか?」


「は?」


 俺は、そこで響いた言葉に目を丸くした。上。声が落ちてきたそこに視線を向けると、そこには小さな影があった。


 少年。俺よりもずっと小さい、小学生くらいの身長の少年が、ニヤニヤと笑みを浮かべてそこに座っていた。


「お困りなら、助けてやろうか」


 俺はその言葉に、パチパチと瞬きをした。魔王軍たちは、揃って少年を見てゲラゲラと笑いだす。


「ガキんちょが何か言ってんなぁ! お前みたいなガキが、一体何ができんだよ!」


 魔人は、子供になればなるほど弱い。そう言う話は、どこかで聞いていた。それを聞いたのがどこだったか、と俺は記憶を探る。


 確か、そう。俺がその話を聞いたのは、『子供でも異常に強い謎の魔人がいる』という噂を聞いた時――――


 魔王軍全員が、細切れになる。


「……っ?」


 一瞬のことだった。目を離した次の瞬間に、魔王軍十数名は、全員細切れのミンチに変えられていた。


 軽い調子で、少年が一回転しながら地面に着地する。サラサラの髪が、一本だけ生える、眉の上の角に引っかかってから流れていく。


「兄ちゃん、名前は」


「……ウェイド、だ」


「そうかい、ウェイドか。いい名前だ」


 言って、少年は俺にニヤリ笑う。


「俺はギュルヴィだ。よろしくな、ウェイド」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る