第367話 分け身

 その光景は、中々に凄惨だった。


 次々にドン・フェンに突き刺さる結晶剣。グレイプニールはもはやドン・フェンの防御にはなりえず、次々に結晶剣がドン・フェンを貫き、爆裂していく。


 そうして、第二のドン・フェンは結晶剣によって圧死した。まるでハリネズミのように結晶剣の柄を外側に向けて、奇妙な丸い物体が出来上がる。


 第二ラウンド、勝利だ。


 俺は「満足感のある勝利だな」と、大剣デュランダルを手に戻し、肩に担ぐ。


 それから圧死した結晶剣ボールを見て、渋い顔で言った。


「……にしても、何だアレ……」


「おめぇが作ったんだろうが、このイカレが」


 振り返ってみれば、またも復活したドン・フェンが、こちらに向かっている。だが、エイクの時とは違い、戦意は喪失していないらしい。


「まだまだやる気だな? いい根性してるわ」


「ハッ、俺はお前が人間ってわかってるからな。人間は復活できねぇ。なら、生きてる限りいつかは消耗しきる。その時、俺が勝つんだよ」


「往生際が悪いな。けど、良いぜ。ちょうどアガってきたところだ」


 言いつつも、俺は少し、どうしようかな、という気持ちが出てきた。


 支配領域は破れた。ドン・フェンの底はもう見た。あとは心を折るだけ。


 だが、その心を折る、というのが中々困難そうだ、と思い始めてくる。ただでさえ実力者として強い心を持つドン・フェンが、俺を人間だと悟っている。


 どうする。俺は考える。


 強い魔人は復活が長引くケースもあると言うが、ドン・フェンには当てはまらない。奴の復活は、エイク同様に即時の物だ。


 ならば、俺が取るべき手は―――


 そう思っていた時、ひょこ、とドン・フェンの背後に現れるものがいた。


「……?」


 それは、レンニルだった。俺たちの戦いには、到底入ってこられない、魔人としては最下層に近い実力の魔人。


 だが、レンニルはじっと、ドン・フェンのことを見つめていた。それから、俺に一瞬視線を向けて、静かに、とジェスチャーを取る。


「……あ? 何を黙ってやがる。何もしねぇなら、こっちから―――」


 ドン・フェンは、完全に俺に集中している。自分の背後に迫る何者かがいるなんて、そんなことは想定もしていない。


 だからレンニルの肉薄は、不思議なくらい上手く成功した。


「いただきます」


 レンニルが、ドン・フェンの首筋に食らいつく。


「――――ッ!? なん、何だ、テメェ!」


 俺は、ドン・フェンを柔らかいと称した。だが、それは俺基準の評価だ。ドン・フェンの毛は固く、多少の剣では傷一つ付けられないだろう。


 だが、そんなドン・フェンの首筋に、奇妙なくらいレンニルの歯は通ったようだった。


 ドン・フェンの首から大量の血が噴き出す。ドン・フェンはわざとなのかと疑うくらい、レンニルを剥がせないまま暴れまわる。


 そしてレンニルは、ドン・フェンの肉を食いちぎった。


「がぁっ、あぁぁぁあああ!」


 ドン・フェンは悲鳴を上げる。そこに、レンニルはさらに食らいつく。


 最弱に近いはずのレンニルが、最強に近いドン・フェンを、まるでヤギを食らう狼のように、容易く、その肉を噛み千切る。


「やめっ、やめろッ! お前、俺を踊り食いにして吸収しようってか! だがなァ! 俺は特別製だ! 俺を簡単に喰らえると思ったら――――」


 ドン・フェンは抵抗しながらレンニルを見る。しかし、レンニルの顔を見た瞬間、呼吸を止めた。「お前」と息がつまったように呟く。


「お前、もしかして、俺の」


「うるさい。黙って食われてろ」


 レンニルがドン・フェンの喉を食い千切る。ドン・フェンは血を吐き、それから声を発せなくなった。


 その、異常な食事は、淡々と進んだ。ドン・フェンは途中から抵抗の意思をなくし、レンニルはガツガツと、ドン・フェンの体を食いつくしていく。


 レンニルの食欲は、異常だった。


 普段からほどほどの量しか食べていないはずなのに、体のどこに入っているのか、ドン・フェンの体は見る見る内にレンニルの体に収まった。


 最期に、ぺろ、とレンニルは口元の血をなめとり、ドン・フェンの体を食べ終えた。「ふぅ」と息をついて、俺を見る。


「いやぁ、中々しぶとい奴でしたね。勝手に食べちゃいましたけど、大丈夫でした?」


「え、あ、ああ、うん。それは、いいんだけど、さ」


 今のは何だったのか、という言葉は、俺の口から出てこなかった。聞くのもはばかられるくらい、レンニルはいつも通りの態度で俺の前に立っていた。


 レンニルは、手をぐっぱぐっぱと開閉して、呟く。


「グレイプニール」


 しゅる、とレンニルの手のひらに、ドン・フェンが使っていた紐が巻き付く。それにレンニルは機嫌を良くしたように「へぇ、便利だな」とほくそ笑む。


 それから、レンニルは俺に振り返った。


「いやぁ、踊り食いなんてしたの初めてでしたけど、悪くないですね。何か、あの油断たっぷりの背中見たら、すごい食欲がわいてきちゃって」


 上機嫌で、レンニルは俺に歩み寄ってくる。それから、前よりも伸びた犬歯をむき出しにして、笑った。


「これでエーデ・ヴォルフ壊滅、成功ですね、ご主人様。俺、役に立ちました?」











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