第366話 狼腹に石を詰める
俺が、戦いが好きな理由は、複数ある。
例えば、実力が拮抗する相手との、激しいやり合い。
あれは良い。相手の反応速度と俺の反応速度が釣り合っているとき、全力を出している時特有の、ヒリヒリとした感覚が訪れる。
一番の理由はこれだが、他にも、相手をどう攻略するか、という点に思考を巡らせるのが好きだったりする。
前世では死にゲーが好きだった。
今世でも、記憶に残る強敵は、いまだに脳内で、「どう戦えばもっとうまく立ち回れるか」というシミュレーションをしたりする。
そう言う意味では、迫りくるドン・フェンの爪を前にして、俺はワクワクしていた。
脳内で構築した攻略法が効くか、楽しみだったからだ。
「リポーション、オブジェクトリポーション」
二重の斥力が、ドン・フェンの爪を弾き飛ばした。リポーション単体で防ぎきれないなら、二重で重ねるまで。
そこで生まれる隙をつくようにして、俺はデュランダルを紐から抜き取り、横に振るう。もちろん、ドン・フェンに掛かる斥力は消し去って。
「っとぉ! 危ねぇ危ねぇ」
ドン・フェンは高く飛び、空中に張ったグレイプニールを足場に着地した。高所から俺を見下ろし、ニヤリ笑う。
「ウェイド、お前まだ隠し玉があんのかよ。ったく、人間の癖に油断ならねぇ野郎だ」
「ああ。まだ試してないいくつかの能力で、お前をどう調理してやろうかと思ってな」
俺とドン・フェンは勇ましくにらみ合う。俺はドン・フェンに、三つ指を立てて宣言する。
「今から、三つのことを試す。その内一つでも対応できないものがあれば、お前は終いだ」
「……言うじゃねぇか。なら、掛かってこいや、ウェイドぉぉぉぉお!」
足元に張ったグレイプニールの反動を使って、勢いを付けてドン・フェンは爪で切りかかってくる。それを避けると、ドン・フェンは言った。
「グレイプニール、ウェイドの腕を縛り上げろッ」
すぐさま紐が俺に絡まってくる。それに、俺は一つ目の試しを入れた。
「オブジェクトリポーション」
通常、敵の攻撃を一切寄せ付けない斥力を働かせるのが、俺のリポーションだ。
だが、すでに俺単体に掛かる斥力では、意味がないのは判明済み。しかしそれで諦めるのは惜しい。
だから俺は、迫りくるグレイプニールからも斥力を放つことで、ドン・フェンの爪同様に無力化できないかを図った。
狙いとしては、近づけないまで出来なくてもいい。一瞬でも時間を稼げれば、必中効果は失われる。
だが、グレイプニールは確実に俺の腕を縛り上げた。
一つ目は失敗らしい。ごり押しに意味はないか、と俺は自分の腕を切り落とす。
「そこだ。グレイプニール、ウェイドの不死性を縛り切れ」
その時、俺の中をグレイプニールが走った。アナハタ・チャクラが直接に縛られ、紐の鋭利さに両断される。
結果、俺は拘束を取り払うために腕を落としながら、腕の復元に遅れた。血が噴き出し、一気に血の気が引いていく。
「くっ、
「概念防御一辺倒で、俺に勝てると思うなよウェイドぉおおお!」
ドン・フェンが俺に肉薄する。アナハタ・チャクラがまだ修復中のところに、何度も爪の一撃を入れる。
クソ、
「がぁっ、かっ、あがっ」
「オラオラどうしたウェイドォ! 試しってのはもう終わりかァ!?」
「ぐ、まだまだ、残ってんだよッ!」
修復を完了し、俺はデュランダルを横に一閃した。「グレイプニール、守れ!」と紐一本で俺の攻撃を防御しきるドン・フェンに、俺はさらに詰めろを掛ける。
俺は、もう一度真言を唱えた。
「
意識するのは、第二の脳、サハスラーラチャクラだ。
振るうデュランダルの刀身を撫でる。剣に宿る【切断】の概念を抽出し、強化してデュランダルに纏わせる。
ドン・フェンの意のままに動く紐、グレイプニールには、破壊不可能に似た概念防御がついている。
だから物理的には絶対に切れない。そこに、俺は着目した。
数々のチャクラ破壊の経験から、俺は知っている。
概念防御には概念攻撃を加えればいい。破壊不可能ならば、破壊可能に変えてしまえばいい。
その、最初の一手がこれだ。威力は無限に等しくとも、纏う概念量に違いがあれば、それも意味を喪失する。
切断の概念を纏わせた、デュランダルの一撃。それにグレイプニールは―――
「ウェイドぉ、そんなもんかぁ? お前、グレイプニールの前に手も足も出ねぇじゃねぇか」
健在。揺らぐ気配もなく、グレイプニールは健在だった。
マジかよ、と思う。二つ目の試しも不発。割と賭けていた手だったが、これもダメか。
俺は大きく後退し、ドン・フェンを見る。
強い、本当に強い敵だ。これだから支配領域って奴は堪らない。
強敵に飢えていた俺に、自分ルールを押し付けて、強制的に不利に追いやってくるのだから。
「概念攻撃は他にもあるが……多分、この感じだと全部ダメだな。うまくいくなら、切断概念だけでも、多少の効果が出るはずだ。それがないなら、方向性が違うんだろ」
ならば、最後の試しをするしかない。
俺は笑う。
「滾るぜ」
ああ、何て戦いだ。ここまで窮地に追いやられたのは、一体いつ以来か。
「おいおい今度は逃げ腰かぁ!? なら、今度こそお前を殺すぜ、ウェイドォ!」
ゲラゲラと高笑いをするドン・フェン。それに俺は「これで最後だ」と、左手を右手で殴る。
飛び出したるは、無数の結晶剣。山のような数の、輝く結晶でできた剣が、俺の横に山積みになる。
「ッ!? 何だその量」
「最後の攻撃は、飽和攻撃だ。ドン・フェン、お前のグレイプニールは、どこまでお前を守ってくれるよッ!」
―――オブジェクトポイントチェンジ! オブジェクトウェイトアップ!
重力魔法で結晶剣を操り、一斉にドン・フェンに差し向ける。矛先をドン・フェンに向けて、結晶剣が殺到する。
「く、うっ……! グレイプニール、俺を守れッ!」
結晶剣に、グレイプニールが絡まっていく。膨大な紐の数々が、結晶剣一つ一つに瞬時に絡まり、ドン・フェンに向かうのを阻止する。
そうして、ドン・フェンは荒い呼吸をしながら、俺から遠く離れたそこで、無傷で立っていた。
「はぁっ、はぁっ、や、やるじゃねぇかウェイド……! だが、これで試しは終わりなんだろ。なら、これで―――」
「おい、ドン・フェン」
俺は、そこをじっと見つめていた。そんな俺を、ドン・フェンは怪訝な顔で見つめている。
「……何を、見てやがる」
「それ。そこだ。そこ―――この洞窟に、綻びができてるぜ」
「――――ッ!?」
ドン・フェンは、慌てて振り返った。だが、そこには何もない。
「何だ、ただのブラフかよ」
そう笑ってドン・フェンは振り返る。
だが、笑いたいのは俺の方だった。
「ドン・フェン、お前、振り返ったな?」
「……あ? それが、何だってんだよ」
「結晶剣を出したとき、剣の量にまず焦ったよな、お前。それで、結晶剣を受け止めた時、お前は一番焦って、息を切らしてた」
「……何が言いてぇ」
俺は、盛大に笑いながら、言う。
「分かんないか? お前は今から、お前のバカさ加減で死ぬってことがよぉ!」
俺は再び左手を叩く。無数の結晶剣が現れ、ドン・フェンが顔を引きつらせる。
「お前は、今、自分の態度で証明したんだッ。この支配領域は、膨大な数の紐、グレイプニールで成り立ってる。そして―――グレイプニール自体の数には、制限があるってなァッ!」
「~~~~~~~っ!」
ドン・フェンが、俺の言葉に歯を食いしばった。「結晶剣!」と叫びながら、俺はドン・フェンに向けて指をさす。
「ドン・フェン! ここからは俺とお前の魔力勝負だ! 俺の結晶剣が尽きるのと、お前のグレイプニールが尽きるの、どっちが早いか勝負しようぜッ!」
大量の結晶剣は、生み出されるなり重力魔法で飛んでいく。そのすべてに、ドン・フェンは慌てて「俺を守れッ、グレイプニール!」と叫ぶ。
膨大な数の結晶剣が、ドン・フェンへと向かって飛んでいく。そのすべてをグレイプニールが絡めとる。
「まだまだァッ!」
だが、俺は手を休めない。どんどんと結晶剣を量産し、次々にドン・フェンへと向かわせる。
「グレイプニール! もっとだ! もっと伸びろ! 増えろ! この俺を守り切り、ウェイドをぶちのめせぇぇぇぇぇえええええええ!」
ドン・フェンの命令に従って、グレイプニールはさらに増える。飽和攻撃と飽和防御がぶつかり合う。この空間が、結晶剣とそれを止めるグレイプニールで埋め尽くされる。
「ここからが本番だぜドン・フェン! 俺の魔力はここからだァッ!」
俺はドン・フェンに差し向けていた結晶剣を、次は洞窟へと向けた。「ッ!?」と困惑するドン・フェンが、遅れて、「防げ! 全部、全部止めろォッ!」と叫ぶ。
「ハハハハハハハハハ! 楽しいぜ! 楽しいなぁドン・フェン! 邪神を呼び出して、スラムを荒らして、お前を釣り出した甲斐があった!」
「このイカレ戦闘狂がぁぁぁあああ! 殺す! お前だけは、ブチ殺すッ!」
お互い感情をむき出しにして、自らの魔力を全力でお互いに叩き付ける。俺は攻撃に、ドン・フェンは防御に。
空間は閾値を超え、重力魔法なしでも結晶剣に埋め尽くされ始める。俺の眼前にも、ドン・フェンの眼前にも、結晶剣は針の筵のように迫りくる。
俺はそれに、リポーションで自らを守った。魔力勝負と思考誘導しながら、裏ではサハスラーラチャクラで魔力を量産し、無限の魔力で勝ちに行っている。
それに、余裕をなくしたドン・フェンは、明確に焦っていた。遠くで「くそぉっ、くそぉぉおっ!」と叫ぶ声が聞こえる。
根負けしたのは、ドン・フェンだった。
「解け! グレイプニール!」
シュルリ、と音を立てて、支配領域が解除された。詰め詰めだった結晶剣が反発の力で俺からはじけ飛ぶ。
向かう先は、決まっていた。
「トドメだドン・フェン! もっかいくたばっとけッ!」
「クソがぁぁぁああああ! この程度でくたばるかぁぁぁぁぁあああ!」
引力の発生点が代わり、結晶剣は一斉にドン・フェンへと向かった。何百、何千を超える結晶剣が、ドン・フェンに殺到する。
それに、ドン・フェンはわずかなりとも耐えて見せた。逆剣山のような有様になってなお、血まみれで立っていた。
しかし、結晶剣は、刺されば終わりだ。
「まだまだだァ! ウェイドォォオオオッ!」
「いいや、終わりだ。――――弾けろ、結晶剣」
結晶剣が命令に応じて、ドン・フェンの内部で炸裂した。結晶の岩のようになって、ドン・フェンは絶命する。
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