第364話 狼を追って

 ドン・フェンを追うも全然見つからないので、一旦落ち着こう、と俺は第二保護塔を解除していた。


「ん? うわまぶし! 何だこの光」


 ちょうど解除したところで、窓から入ってくる光に目をやられる。すぐに回復して外を見ると、何やら幻影のドラゴンを背負った影が空を飛んでいた。


「トキシィか? あ、霧は据え置き、汚泥がなくなってるな。ということは……ははっ、すごいなみんな。邪神全員、ちゃんとみんなで殺しやがった」


 俺は嬉しくって笑ってしまう。かつては誰もついてこられなくなることを恐れたが、今はもう違う。


「みんな、どんどん強くなる。俺も負けてられないな」


 俺は振り返り、「レンニル。もう一回ドン・フェン探すぞ」と呼びかける。


 そこで、レンニルは疲労困憊で倒れていた。


「……レンニル? おーい、行くぞー、立ておらー」


「……死……」


 ……死……、って言ってる。……死……、って。


「どうした、疲れたのか? ちょっとポセイドンの海が引く前に、体に【軽減】掛けて水面ダッシュで探したり、キモイ化け物のハウンズを蹴散らしながら歩いただけなのに」


「ご主人様、それが『だけ』になるなら、俺の今までの人生がただ生きてた『だけ』になっちゃうんで止めてください」


 げっそりした様子で言うレンニル。俺は「そんなことないって」と適当にあしらう。


「どちらにせよドン・フェン倒さないと帰れないだろ? スラムに邪神呼び込んでめちゃくちゃに荒らしただけで終わっちゃうじゃん。ほら、頑張れ頑張れ。立て立てレンニル」


「なーんーでーすーかーもー! じゃあご主人様一人でやればいいじゃないですか! 俺なんかまともに役に立たないですって!」


 レンニルの脇を持って立たせようとすると、レンニルは意地でも動かない、とばかり脱力している。


 こいつめ、不動柴を発動した柴犬みたいな顔しやがって。


「いいのか?」


 仕方ないのでちょっと脅す風に言うと、レンニルはびくりとして俺を見た。


「な、何ですか」


「他の奴らは、多分役に立ったぞ。スールは何か支配領域使ってたし、ローロは怠けたらアイスが殺すから内心びくびくで働いたはずだ。だが、レンニル。お前はどうだ……?」


「う……」


「俺にとってはちょっとした散歩レベルの運動で音を上げ、そのダダのこねよう……。次もちゃんと作戦に誘ってもらえるか……?」


「うぐ、うぐぐ」


 レンニルは渋い顔をして、それから「こっ、根性見せてやりますよ! それでいいんでしょう!? ええ!?」と立ち上がった。


 うん。レンニルやっぱ根性あるわ。おもろい。


「よし、じゃあ行くぞ。次はあの辺りを探して」


 そこで、チチッと鳥の声が聞こえて、俺は振り返った。そこには、アイスの氷鳥が窓に止まっている。


「お! アイス。助けに来てくれたのか? ちょうどドン・フェンが見つからなくって困ってたところだったんだ」


 俺が言うと、チチッと氷鳥が鳴いた。助けに来てくれた、ということなのだろう。


 いや、ホント助かった、と俺は一安心だ。


 アジナーチャクラで探してはいたのだが、雑に見ても大まかに地域しか分からない。詳細に覗こうとすると嘘の魔王が現れる、で結構立ち往生していたのだ。


 ヘルメース、最近厳しいんだよな。マジうざい。気分で罰するかどうか変えるの止めろ。


 その点、アイスの氷鳥は優秀だ。広範囲でも分裂させて高密度に索敵ができるし、一度見つけたらあとは自動で追尾してくれる。


 もちろん物理的に排除されたらダメだが、アジナーチャクラは地獄において、概念的に排除されてるので、それよりよほどいい。


「よし、じゃあ案内してくれ」


 俺たちが近づくと、氷鳥は道を示すように飛び立った。「行くぞ」とレンニルに言いながら、俺は窓から飛び出す。


 向かう先は、俺がアジナーチャクラで見た通り、トキシィが勝利した第二住居区の壁に近い辺りのようだった。


 俺ならば途中で「嘘の魔王が睨んでくるから、ここからは捜索!」となるところが、アイスの氷鳥は迷うことなく案内してくれる。


 そうやってしばらく歩くと、氷鳥が『案内を終えた』とばかり俺の肩に止まった。


「ここか」


 目の前にあったのは、周辺の空き家に比べて、きちんと整備された家だった。


 ギリギリ、トキシィの神ヒュギエイアの被害から逃れた、城下街の壁沿いにその家はあった。門構えは中々に立派で、大人数を収容できそうだ。


「ここにドン・フェンがいるんですか……知らない拠点だ」


「アイスが案内してくれたし、多分な。じゃ、早速入るぞ」


「はい」


 俺は扉に手をかけ、そっと押した。玄関には鍵が掛かっていないのか、ギィと音を立ててそのまま開く。


 すると、一番に耳にしたのはうめき声だった。それも、一人二人ではない。かなり多くの人数が、扉を開けた正面の大部屋で、雑魚寝で呻いている。


「これは……」


「ポセイドンの負傷者だろうな。あの中から助け出してきたのか……マズイな」


「マズイ?」


 レンニルの言葉に肩を竦めつつ、俺は屈み、負傷者の状態を確認した。見た感じ、意識はなさそうだ。


「意識はないのか。となると、復活地点はここに更新されてなさそうだな」


「ああ、なるほど。せっかくあれだけ広範囲に更地にしたのに、エーデ・ヴォルフに復活地点を更新されたら努力が水の泡ですね」


 レンニルの言葉に、俺は頷く。


 確認になるが、今回の大暴れは、エーデ・ヴォルフの壊滅を企図したものだ。


 凄腕の暗殺魔人集団であるエーデ・ヴォルフの壊滅は、一人の魔人を拉致して地下深くに隔離するのとは訳が違う。


 拉致がまず困難だし、千人も隔離するのを維持など出来ない。食事代のコストをケチれば死んで外で復活されるし、油断すれば全員で脱獄される。


 だから、邪神の力でスラムを更地にし、スラム全体を死地に変えた。


 エーデ・ヴォルフ含むスラムの住人は、全員が死地の中に沈み、復活しても瓦礫の下、という状況だ。


 つまり俺たちがしたことは、大規模にリスキルが発生する仕組みを構築した、ということになる。


 だが、ドン・フェンは部下の救出を進めていた。負傷者はまだ意識を取り戻していないが、戻ったら復活地点をここに更新するだろう。


 あとは死んで復活するだけだ。それで五体満足。何のダメージもない。魔人はそういう手が取れる。


「となると……」


 俺は考える。


 早々にドン・フェンを倒さねばマズイ。トップが無事で、部下も揃えば、エーデ・ヴォルフは壊滅とはならないだろう。


 それに、と俺は負傷者たちを見た。苦しむ負傷者たちの姿。それに、俺は葛藤を覚える。


 俺たちが、狙い通りに生み出してきた負傷者だ。その意味では、意識が戻らない内に、この負傷者たちを殺してしまうのが一番いい手になる。


 なるのだが……流石にそれは、気が咎めた。目的のためにそうするのが最善と分かっていても、人間としての本能が、俺に踏ん切りを付けさせない。


 そう思っていた時、レンニルは「あ」と声を上げた。


「なら、意識取り戻す前に、こいつら全員殺した方がいいですね」


「え?」


「じゃ、早速」


 レンニルは、躊躇いなく負傷者たちの喉元に、どこから手に入れてきたのか、ナイフを突き立て始めた。


 負傷者たちが、ドンドン死んでいく。レンニルは単純作業をしているつもりなのか、たまにあくびを交えながら殺していく。


 俺はその姿に、戦慄と共に頼もしさを感じてしまった。


「そう、か。魔人だから、手を汚すのに躊躇いがないのか。弱ってて放置されても、死んで生き返るだけだもんな。弱った奴を手助けする文化なんか、生まれようがない」


 躊躇いなく非道ができる、というのは一種の強みだ。


 俺は弱い者いじめには意味のなさとか虚しさを覚えるタイプだから、敵相手に派手に暴れられても、一方的な虐殺には向いてない。


 レンニルがいて助かったな、と思う。俺一人だったなら、こいつらを殺せず、禍根を残していたかもしれない。


 事実、レンニルが淡々と負傷者たちを殺していくのを見ている今も、どこか咎めようとする気持ちがある。合理的に見れば、レンニルが正しいと分かっているのに。


 だから俺は言った。


「レンニル、ここは任せて良いか? 俺は、敵が弱ければ弱いほど、その、向いてないんだ」


「はい? 敵が弱いほど向いてない? ははは、何ですかそれ。ご主人様は変な人ですね」


 俺の言葉が全く理解できない、とカラカラ笑って、負傷者を殺しながらレンニルは言った。


「ま、それで俺の株を上げられるんなら、ここは任せてお先にどうぞ。俺はメチャクチャ強いドン・フェンの相手なんかできないですから」


「ああ。強い相手は俺の本領だ。任せてくれ」


 俺はレンニルにこの場を任せて、奥に会った階段から二階にあがる。すると扉越しに気配を感じたので、そっと近づいた。


 中で、何かを話している。声色は、以前聞いたドン・フェンのそれのみ。一人で呟いている?


 アジナーチャクラで軽く透視しても、部屋の中にいるのは一人のようだった。ならば、躊躇う必要はないだろう。


 俺は扉を開ける。すると、作戦図面の大きく書かれた黒板を前にする、ドン・フェンの姿がそこにあった。


「にしても、ポセイドンってのは何なんだ……! 何故他神話の神がニブルヘイムに現れる。まぁいい。ならば手は―――」


 そこまで言ったところで、ドン・フェンは俺に気付いて振り返った。巨大な狼獣人の顔に、丸メガネが掛けられている。


 俺は「よ。数日ぶりだな」と片手を上げて挨拶した。


「―――おぉ! お前、覚えてるぞ。暗殺ギルドで会ったウェイドだな。良いところに来た。このスラムの惨状は見ただろう? お前にも手を貸して欲し―――」


 意気揚々と、俺を味方だと誤認してドン・フェンは言う。しかし途中で違和感を覚えたのか、俺を見る目つきが険しくなった。


「……ずいぶんと、余裕そうな表情だな? それに、俺を見る目……。お前、どういうつもりでここに来た」


 やはり勘がいい。俺は後ろ手に扉を閉めながら、口を開く。


「ドン・フェン。外の様子は見たか? さっきの話じゃない。今、この時の話だ」


「……何が言いたい」


「ポセイドンは死んだ。俺の身内が殺した」


 俺の言葉に、ドン・フェンは目を丸くした。「本当か!」と喜びに満ちた声で言う。


 俺は微笑みを湛えながら、こう続けた。


「それに、この辺に毒の霧を撒いてたあの汚泥も消えた。あれはヒュギエイアって名前の神が溶けたものなんだが、それも俺の家族が殺した」


「おぉ! そうか! 大したものだな。ずいぶんとスラムの力に……いや」


 再び、ドン・フェンは顔にしわを寄せて俺を睨んでくる。


「何で、あの汚泥の内情を知っている。ポセイドンは良い。他の神話知識があれば、推察は可能だ。だがあの汚泥の中身が、見ただけでわかるか?」


 俺の報告にまず喜んでくれる辺り、気のいいやつなのだろう。


 だがそれ以上に、ずっとずっと気が回る。注意深く、話の矛盾に気が付き、俺の怪しさに気付く。


「何故、お前は知っている。ウェイド。お前は……何者だ?」


 俺は、にぃと笑って、答えた。


「あの邪神たちは、俺たちが呼び出したものだ。狙いは、お前らエーデ・ヴォルフ。お前らの壊滅のために、俺たちがやったことだ」


 それを聞いて、一瞬、ドン・フェンの顔から表情が抜けた。音を立てるものがこの場から消え、シンと静かな時間が訪れる。


 すると、階下から聞こえるレンニルの手による殺戮の音が、二階にも聞こえ始めた。ザシュ、ザシュ、と無慈悲で淡々とした音が、微かに響いてくる。


「ウェイド。お前、お前は……!」


 ドン・フェンは眼鏡を外す。獰猛な狼の獣人の姿そのもので、俺の前に立ちはだかる。


 俺は言った。


「お前が最後なんだ、ドン・フェン。さぁ、やろうぜ。楽しませてくれよ」


「ウェイドおぉぉおおおおおお!」


 猛烈な勢いで、ドン・フェンが俺に突進する。俺はそれを大剣デュランダルで受け止め、勢いそのままに壁を突き破って、街中へと飛び出した。

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