第358話 踊り食い

 アイスは、この場をどうしのぐかを考えていた。


 無事に逃げ出すのは最低条件。ダンタリオンを打破するのは努力目標。


 ただし『手が届かないなら放棄していい』程度の考えをアイスは抱いていない。どうしても勝てない場合以外は、絶対に倒さなければならない相手だ、という認識でいる。


 そこで、ローロは口を開いた。


「あいつ、ダンタリオンだっけ? 勝つなら、短期決戦じゃないとね~」


「……それは、何で?」


「え~? だって、あいつもアイス様と同じで遠距離特化でしょ~? 隠れられたら困っちゃうも~ん」


 アイスは、その一言でハッとした。屋根裏部屋の窓からごく小さな、目立たない氷鳥を飛ばして、少し遠くまで飛ばしてから増殖させる。


 その内の何匹かが、ハウンズを自らの陰から出しながら、アイスとは真反対の方向に歩いていくダンタリオンの姿を捉えた。


「ローロちゃん、ありがとう……! 焦ったままだったら、このまま取り逃がして泥仕合になるところ、だった……っ」


「にひひっ。ローロは何にもできないから、その分アイス様よりちょっと冷静かも~?」


 やはり、ローロは頭が切れる。


 そう思ってから、いつもの自分ならすぐに思いつくようなことも思いつかなかったのだ、と気付いて、自分の頬を張った。


 手と頬で、パンッ、と音が響く。ローロが目を丸くするのを無視して、アイスは自分に言い聞かせる。


「落ち着いて、わたし……っ。気を張り過ぎなくて、いいの。わたしはもう、十分、強いんだから……」


 ただ、実力通りに勝ちに行く。それができればいいのだ。


 アイスは、痛みに熱くなる頬から、手を放す。それから、一度深呼吸をして、考えた。


 敵、ダンタリオンの持つ能力は、自らの陰からハウンズと呼ばれる異形を呼び出せることなのだろう。


 その総数は不明。数百体と言うのが噂だが、直観的にはもっと居そうな気がする。


 そして重要な点として一つあるのは、


「ハウンズ一体は、わたしの氷兵一体よりも、強い……」


 時間稼ぎに展開した氷兵たちは、すでにハウンズ数匹に破られた。


 十数体の氷兵が、数匹のハウンズに、である。氷兵は下位の金等級と同等の武力を持つ。


 それが数匹相手に破れるのであれば、ハウンズは一匹あたり、金の中級程度ということになる。


 地獄とは、よく言ったものだ。こんな実力者がゴロゴロといる。逆に言えば、地獄にまで来なければ、ここまでの実力者にはそう会えなかったのだろうけれど。


「……もったいないな」


「え? 何が~?」


 ローロがキョトンとして、アイスに聞く。


 アイスは「あ、ううん……っ。大したことじゃなくて、ね?」と前置きしつつ、言った。


「……ウェイドくんがダンタリオンさんと戦ったら、きっと楽しかったはずなのに、わたしが倒しちゃうのは、もったいないな、って……」


 それでも、ここで排除しておくべきだ。


 ダンタリオンは、ウェイドと直接戦ってはくれない。きっと手を選ばずにこちらの戦力を削いでくる。


 それはウェイドの悲しみになるから。だからここで、排除しなければならないのだ。


「……思った以上に、アイス様ってご主人様のことしか考えてないんだね。びっくり~」


 アイスの言葉に、ローロは少し驚いたように言った。それから興味深そうに、問うてくる。


「ご主人様って~、やっぱり戦うのが好き、だよね?」


「え、うん……っ。でも、相手は自分と同じくらいとか、もっと強い相手じゃないと、ダメ、かな……っ」


「なるほど、なるほど~。そういう感じね、ふむふむ。覚えとくね♡」


 ま、それはよくて~、とローロは言う。


「あのキモイの、アイス様の兵隊さんより強いんだよね? どうするの~?」


「……あの敵が、どういう敵なのかにもよる、かな……。氷兵みたいに復活するなら、ダンタリオンさんを狙った方がいい、し。強くても魔力効率が悪いなら、戦略立てて向かうのも」


「あ、そこ? それならね、ローロ知ってるよ~♡」


 アイスは顔を上げ、ローロを見た。ローロは、「にひ♡」と笑う。


「あのキモイのはね、『踊り食い』の産物だよ~」


「……踊り、食い?」


「そ、踊り食い。魔人は飢えると、魔人同士で食い合うことがあるのは知ってるよね?」


「うん……っ。たまにみんな、狩りをするのを面倒くさがってやってた、よね」


 朝とかに多かった。適当に死んで、その死体の肉をみんなで分けて食べるのだ。


 そこで、気付く。魔人の死体食い。そして、『踊り食い』の意味。


「……生きたままで、魔人に魔人を、食べさせる……?」


「せいか~い♡ 魔人はね? 死んだ肉ならただの肉でしかないんだけど、生きたまま食べると『混ざる』の」


 ローロは語る。


「記憶とか、人格とか、力とか、ね♡ 自分が結構あやふやになっちゃうからやる人は少ないんだけど~、間違いなく強くはなる。で、あのハウンズは、その極端な例」


「……ダンタリオンさんが、無数の魔人に、それをさせた……」


「大せいか~い! しかも、食べさせたのは多分その辺の抜け殻かな~? ああいうのってものすごい目に遭ってるから、一人でも食べたら人格なんかぶっ壊れちゃうんだよね~」


 だからか、とアイスは思う。ハウンズたちは、揃ってダンタリオンに忠実だった。まるで犬のように。


 それはつまり、壊れた人格に甘い言葉を掛けて、すべてがあやふやなところに忠誠心を植え付けたということ。


 ハウンズが、自己も自我も曖昧な中で、唯一信用できるたった一人に、ダンタリオンはなったのだ。


「で、そういう『混ざりもの』の特徴なんだけど~、アレはね? 魔人で唯一、んだよ」


 ローロは言う。


「正確に言えば、殺すと『混ざりもの』が『混ざる前』に分かれるの。強い魔人が死んだら復活に時間がかかる、っていうのはそういうこと~」


「混ざる前に戻るから、また踊り食いをして、力を取り戻す必要がある……!」


「そ~そ~! ま、例外はいるんだけどね~。最初から強い奴とか」


 なら、アイスは思う。ハウンズは復活しない。物量作戦は効く。


「だ~か~ら~♡」


 ローロは言った。


「ここまでの説明で大声出して、場所バレちゃったけど、許してね♡」


『◇△〇■×〇■×◇〇■×◇◇△〇■×!』


 地面を破って、ハウンズが現れる。「きゃ~!」とローロはアイスの背中に隠れる。


 アイスは「まったく、もう……」と苦笑しながら、襲い来るハウンズの首元に手を触れた。


「役に立つ情報だったから、特別、だよ……っ?」


 アブソリュート・ゼロ。


 アイスの手が、絶対零度の冷気を放つ。ハウンズは、勢いのままにアイスを食らおうと歪な大口を開くも、閉じる前に凍り付いた。


 そこで、作り出した氷兵が、ハウンズを打ち砕く。アイスは立ち上がり、ローロに手を差し伸べた。


「行こう? ローロちゃん……っ。場所がバレた以上、わたしたちも別の場所に隠れなきゃ」


「は~い! 仲良く移動しよっ、アイス様♡」


 二人はそうして、姿をくらませる。これより、真の用兵戦が始まる。

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