第350話 ハウンズと飼い主

 翌日から、アイスは氷兵を指揮して、スラムに落ちてる抜け殻魔人たちをかき集め出したようだった。


「おーおーやってるやってる」


 そんな噂を聞きつけて、俺はスラムに訪れていた。見ると、スラムの寒い道々を氷兵たちが軍隊のように歩き回り、落ちている魔人たちを片っ端から拾い集めていく。


「アイスの魔法はこういう時強いよなぁ」


 俺が眺めていると、氷兵たちは俺に気付いて、何となく嬉しそうに会釈していく。振る舞いがちょっとアイスに似てて、俺は少しほっこりした。


「さて、俺は俺の仕事をするか」


 俺はアイスの仕事ぶりに感心して、自らの気を引き締める。


 俺のスラムでの仕事。


 それすなわち、さらなる現地調査に他ならない。


 レンニルによって下見はしたが、正直暴れるにはまだ足りない、というのが俺の判断だった。タワーの場所は分からないし、まさかギルド以外に要所がないわけもあるまい。


 そんなわけで、俺は地理に詳しいレンニル、賑やかしでサンドラ、ローロと集まる予定でいたのだが……。


「……誰も来ないな」


 時間を確認する。すでに三十分が過ぎている。何やってんだあいつら。


「仕方ない、探しに行くか」


 俺はため息を吐いて歩き出した。またすぐに数体の氷兵と遭遇したので「ちょっといいか?」と話しかける。


「サンドラ、ローロ、レンニルと待ち合わせてたんだけど、全員待ち合わせ場所に来なくてさ。何か知らないか?」


 俺の問いに、一体の氷兵が、自分の手をもぎ取って俺に渡した。何だと思うと、それは形を変化させて鳥になる。氷鳥だ。


「チチッ」


 氷鳥は俺を先導するように飛び始める。流石の索敵力だ。


 アジナーチャクラは、使い方次第でたまに嘘の魔王が睨みを利かせに来るから、地獄だと使いづらいんだよな。


 最近また、睨み効かせる基準が厳しくなった気がするし。ヘルメースめ。いつか目にもの見せてやるからな。


 そんなふうにしてしばらく歩いていると、ゴロツキ魔人数人に吊るされている魔人兄妹を見つけた。


「ったくよぉ、イキってっから何だと思ったら、ただのザコじゃねぇか」


「こいつら意識あるし、とりあえず調教屋に頼んで奴隷に出してもらうか。まずまずの金になるだろ」


「妹がすいませんでした……。あの、ほんと、待ち合わせしてるんで許してください……」


「ちょっと煽ったからって売り飛ばしてくるなんて~、心狭すぎ~! おごぉっ♡ は、腹パンは……けっこういいの持ってるじゃ~ん……」


 虚無の顔で謝罪しながら吊るされるのがレンニル、吊るされてなお煽って腹パンをもらっているのがローロだ。本当に何やってんのあいつら?


 俺は深いため息をついて、連中に近づいていく。


「すまん、そいつらが何したのか知らんが、連れなんだ。返してくれるか?」


「あん? じゃあ身代金くれよ。飯代にするから銅貨三枚くらいでいいぞ」


「やっす」


 俺はポケットに紛れてた銅貨三枚で二人を買って解放する。


「……一人当たり銅貨一枚半、か……」


「ローロ史上最安値更新しちゃったんですけど~! ご主人様どうしてくれるの~!」


 日本円換算450円で売られ、レンニルは落ち込み、ローロは俺に抗議してくる。俺は無言でローロにゲンコツを一発落とす。


「次はサンドラだな。どこにいるか知ってるか?」


「サンドラ様は途中まで一緒に歩いていたのですが、気がついたらいなくなってました」


「すごいよね~サンドラ様。一瞬目を離したらもういないんだもん」


「まぁサンドラだからな」


 仕方ない。探しても見つからない気がするし、放置で良いだろう。寂しくなったら帰ってくるはず。


 そんなわけで、俺たちは三人でスラムの事前調査に動き始めた。


「前の下見はギルドだけだったけど、他にはどんなところがあるんだ?」


「そういえばそうですね。エーデ・ヴォルフの拠点視察も、ドン・フェンを見たので省略しましたし。結構多いんですよ拠点。多分全部は回れないと思います」


「マジかよ。他にもタワーも一度行っておきたいんだよな。保護塔。あと、ここも見といたほうがいいって場所を知りたい」


「そうですね。確か派手に暴れるなら、敵として襲ってきそうな魔人のことも押さえておいた方がいいですか」


 となると……とレンニルは考え、言った。


「飼い主に会っておきますか?」


「飼い主? 何の」


「ハウンズの飼い主です」


 ハウンズ。聞いたな、と思う。レンニルが語った、エーデ・ヴォルフに次ぐ大規模暗殺クラン。


 飼い主、というなら、そのトップなのだろうか。にしても、妙な名称だ。母体となるハウンズに、トップに当たるその飼い主……。


 俺は頷く。


「そうだな。ちょっと様子を見に行くか」


「はい。ではこち」「ご主人様って運良いよね~」


 レンニルが案内に歩き出そうとした瞬間、ローロが俺に言った。


「そっち。ちょうどお散歩の時間だったみたいだよ♡」


 ローロに言われ振り返ると、そこにいたのは、巨大な異形を数匹リードでつないで歩く、老齢の紳士だった。


 中折れハットを被り、紳士服を身に纏って歩くしわがれた男性だった。高級そうだが、貴族服の華美さはなく、代わりにスーツに近い質実とした雰囲気がある。


 だが、それ以上に目を引くのは、連れている化け物だ。


 異形。そう呼ぶしかない存在だった。人間のパーツで構成されながら、人間でない何か。異形ごとに形が異なり、足が三本肩から生えていたり、頭で出来た巨大な球体だったりする。


 それを連れながら、老紳士は俺たちに気付くと、軽く会釈をした。


「こんにちは、お若い方々。スラムでは見ない顔ですね」


「……ええ、最近こっちで活動するようになって」


「というと、同業ですか? これは失礼しました。改めて」


 老紳士は、帽子を取って鳩尾の当たりに移動させ、会釈よりも少し深くお辞儀する。


「私は、ダンタリオン。暗殺ギルドでは、『ハウンズ』と呼ばれるクランを運営しております」


 老紳士、ダンタリオンがそう自己紹介と共にお辞儀すると、連れていた異形たちが、それぞれ跪くように姿勢を低くした。


 俺たちはそれに気圧されながらも「どうも」と自己紹介しながら頭を下げ返す。


「俺はウェイドです。こっちはローロにレンニル」


「ローロで~すっ」


「初めまして、レンニルです」


「ほっほっほ。礼儀がしっかりとしていて良いですね」


 挨拶を返すと、ダンタリオンは上機嫌そうに笑う。それから、「暗殺ギルドでの仕事はどうですか?」と尋ねてくる。


「ああ、まぁ、ボチボチですかね」


 暗殺ギルドでの仕事なんて一度もしたことないが。流石に金目的で拉致監禁するのもな。


「そうですか、そうですか。順調なようで何よりです」


 俺のなぁなぁの返事に、しかしダンタリオンは嬉しそうに頷いている。それから「私のクランのことはご存じですか?」と聞いてくる。


「ええ。ハウンズと呼ばれるメンバーで仕事をする、という……」


 自分で受け答えをしながら、考える。ハウンズ。仕事をする。そして飼い主と呼ばれるダンタリオンと、ダンタリオンと散歩する異形達。


 この異形が、ハウンズなのか?


「はい。私のところでは、暗殺ギルドでうまくいかない人を誘って、仕事がうまくいくを教えて、共同で仕事を進めています」


 ダンタリオンは朗らかに話す。


「私の教えるコツは少し特殊なので、クランメンバーにしか教えないのですが、この通りにすると仕事はとてもスムーズに運ぶ。この子たちもほら、良い顔をしているでしょう?」


 ダンタリオンは語りながら、そっと異形を撫でた。異形は目を瞑り、まるで犬のように、嬉しそうにダンタリオンに撫でられている。


「もし、仕事がうまくいかなくなったら、ぜひ私を頼ってください。暗殺ギルドは、まだ人生を生き抜く意思を持つ魔人の、最後に行きつく場所。何もかもに絶望しては、悲しいですから」


 熱心に語る様は、ダンタリオン一人を見れば、孤児院の院長か何かと言われても納得のいく姿だ。


 しかし傍に異形を控えさせているから、どうしても嫌悪が勝る。


「……覚えておきます」


 悪魔。その言葉が脳裏によぎる。単なる魔人とは一線を画す、魔人たちの貴族階級。


 単に強い魔人、というのを超えて、奴らは一味違う悪趣味さがあった。バエルも、独特の雰囲気を有していた。


「よろしくお願いします。といっても、仕事がうまくいっていれば、その時はその時で仲良くさせてください。強い同業は、居れば居るほどいい」


 ダンタリオンは、そう言って朗らかに笑う。俺は冷や汗を流しながらも、繕うように笑った。


「にしても、今日は妙な兵士を見ますね。知っていますか?」


「妙な兵士?」


「あの、透明の兵士です。氷で出来ているのでしょうか」


 アイスの氷兵だ。と俺は理解する。


「ああ、途中で見ました。魔王軍の新しい兵士ですかね」


 俺はスラスラと嘘を吐く。レンニルはそれに表情を変えずに頷き、ローロはニンマリ笑ってこっそりと俺の脇腹をつつく。つつくな。


「どうも、道端の人たちを回収しているようで……。少し、困っているのです。彼らはウチのハウンズに必要なものですから。しかし、魔王軍と事を構えるわけにもいきませんし」


 どうしたものか、という口ぶりで、ダンタリオンは困り眉になる。


 一方、俺は疑うのだ。何故ハウンズに、道端の抜け殻魔人たちが必要となるのか。奴らを、どうしているのか、と。


「そうだ。もし良ければ、調べてくれませんか? もちろん、報酬はお支払いします」


 ダンタリオンが、良いことを思いついた、という物言いでそんなことを言い出す。


 ドキリとするのは俺たちだ。


「えっ、と」


「魔王軍といっても、穴がないわけではありません。先日のバザールでも、タワーを奪われていましたから。それを考えるに、新人としては程よい依頼かと思います」


 すっかり魔王軍関連だと思って、ダンタリオンは俺たちに近づいてくる。


「報酬は、そうですね。色を付けて大銀貨一枚というところで、いかがでしょう。うまくいけば、この一件だけで一、二か月は持ちますよ」


 ローロが「大銀貨~っ?」と目の色を変える。実際、大銀貨は日本円換算三十万の大金だ。


 しかし、内容がマズイ。身内の所業です、だなんて言えない。


 どうする、と俺は迷う。ダンタリオンとは、現時点では可能な限り関係を持ちたくない。友好関係にしろ、敵対関係にしろ。


 そこで、俺たちの背後から、声が響いた。


「ダメ。ウチのメンバーに、勝手に仕事を振らないで」


 俺たちが振り返ると、そこにはサンドラが立っていた。


 俺は思わず、ありがたい助け船に「サンドラ!」と名を呼ぶ。


 サンドラは俺の手を引いて、流れで俺の顔を胸元に抱きしめつつ、ダンタリオンにけん制する。柔らかい。旦那の役得だ。


「……これはこれは、新進気鋭のサンドラさんのお仲間でしたか。であれば、余計なお世話だったようですね。失礼しました」


「その通り。とっても失礼。分かったらさっさとどっか行って」


「ほっほっほ。では、サンドラさんにこれ以上嫌われる前に、退散としましょう。ではみなさん、ご健勝で」


 再び帽子を取って会釈をし、異形のハウンズたちを連れて、ダンタリオンは去っていった。


 それをしばらく見送ってから、俺はサンドラに言う。


「助かった、サンドラ」


「どういたしまして。あたしもどさくさに紛れてウェイドを抱きしめられて助かった」


「助かったの使い方間違ってるぞ」


 いつものサンドラ節である。


 俺はサンドラから解放されつつ、「にしても、アレが『飼い主』か」と呟く。


 異形、ハウンズ。その飼い主、ダンタリオン。恐らく悪魔だろう。そして、計画決行時にきっと敵となる存在だ。


 この出会いには価値があった。俺はそう思いながら、「レンニル、ひとまずタワーの場所を確認しに回ろう」と声を掛ける。

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