第349話 人の道を外れても

 アイスは、ウェイドが確かにいなくなったのを確かめて、ムングに振り返った。


 それに、ムングは奇妙そうな顔をした。「何か……?」と聞くと、「ああいや」とムングは答える。


「少し、驚いてな。好きな男がいない場所では、そうも表情が変わるか」


「……?」


「アイス、自覚ないんだ」


「さ、サンドラちゃんまで、なに」


「ウェイドがいないと、アイス、結構怖いことが多い。特に、今回は怖い話をするつもりだから、なおさら」


「……そっか。ごめんね、サンドラちゃん、ムングさんも。気を付け、ます……っ」


 アイスは自覚がなくて、自分の顔をむにむにと触る。確かに、ウェイドと一緒にいるときは、常に少し口角が上がっているかもしれない。頬の筋肉を使っているというか。


 だが、それはどうでもいい。「それで」とアイスは本題に切り出す。


「ああやってあの人たちが放置されてるからには、多分、そういう風に突っぱねられるとは、思ってました……っ。だから、わたしなりに、少し強引な手を、考えてきたん、です」


「強引な手、ねぇ。教えてくれよ。どんな手を使うんだ」


 ムングに問われ、アイスは氷兵を一体その場に出す。


「……脅しのつもりか?」


「違い、ます。この子の中身について、少し話させてもらいたく、て」


「中身……?」


 訝しそうに氷兵を睨むムングに、アイスは氷兵に手招きする。


「わたしは、この氷兵を最大数千体、同時に動かすことができ、ます。でも、元々は全部頭だけでやってて、ものすごい頑張っても数十体、でした」


「頭で操って数十体ってのもすごいと思うが、ずいぶん増えたな」


「はい……っ。で、それには仕組みが、あります」


 アイスは氷兵に頭を下げさせ、指でついて、その頭を割った。


 中には、立体的に折り重なった、複雑なルーン文字が走っている。ムングは覗き込んで「おーおーこりゃあすげーな」と笑った。


「魔人も魔術でルーン文字を刻んで魔術を使うが、なるほど、複雑にルーン文字を構築し大ルーンを形成してやがる。こいつは……ん……―――っ」


 ムングはアイスの氷兵に刻まれたルーン文字を読み進めていき、その途中で、その意図に気付いた。「お前」と目を丸くしてアイスを見る。


 アイスは、深く頷いた。


「この子たちには、ルーン文字で疑似的に意思を持たせて、ます。強引な手、というのはつまり、……この子たちと、同じことを、します」


「っ……!」


 沈黙。ムングは言葉を失い、アイスを見つめている。その手はわずかに震え、それから再び、氷兵の頭を確認した。


「……このルーン文字が頭に刻まれてるのは、その必要があるからだ。こいつは、人間の作りに似せて作られてる。人間が頭で思考するから、こいつも頭にルーンが刻まれてる」


「はい」


「同じことってことは、そういうことで、いいんだな。その辺の人形もどきどもの頭をかっ開いて、って、そういうことでよ」


 そこまで聞いてやっと、サンドラも理解が追い付いた。アイスを感心の目で見て、一言ただ「流石」と頷く。


 アイスは、答えた。


「はい。実際の調教と違って、反応を見て手を変える、みたいなことは必要ないはず、です。その分、単純作業で、負担は軽くなる、はず」


「……そうだな。死なせなきゃいいだけだ。そういうアーティファクトはいくつも確保してるから、同時進行で二十人はできる。入れるルーン文字もテンプレート作って……」


 ブツブツとムングは試算を始める。それが十秒ほど。


「一週間」


 ムングは言う。


「三千人、調教室に保管していてくれれば、一週間フルで人を割けばやれる。この大ルーンを少し魔人用に書き換えれば使えるだろうしな。これの設計図は」


「あります……っ。あらかじめ、用意してきました」


 アイスは、懐から設計図を取り出す。ムングは受け取って、隈のひどい顔でまじまじと眺めた。


「……いい大ルーンだ。無駄がねぇ。それに、遊びみたいな記述が発展性まで持たせてる。なるほど、なるほどねぇ……」


 ムングは、アイスに、からかうように言った。


「中核にあるこの文言。こいつぁ自分にも分かるぜ。愛って奴だ」


「っ!?」


「ケッケッケ! 怖いこと言う嬢ちゃんが、ここまで真っ赤になっちまうとは。まったくウェイドさんもやるねぇ」


 ムングのからかいに、アイスは顔を真っ赤にする。それを見て、サンドラは勝手に「負けないから」と対抗意識を燃やしている。


「そ、それはいいです、から……っ」


「ケケケ。まったく、怖いねぇ。愛一つで、ここまでの策を用意してくるか。女ってのは、本当に怖いぜ」


 設計図にちょこちょことメモを書き足して、ムングは言った。


「よし、いいだろう。難度も低いし、この依頼引き受けた。だが、どうにもならんことがいくつかある。そこはお前さんに頼むぜ」


「はい……っ。スラムの人たちは、わたしがかき集め、ます」


「ああ、それなんだが、もう一つ頼みたい……というよりは、忠告することがあってな」


「忠、告?」


「ああ、忠告だ。ってのはよ、お前らがかき集めるスラムの人形どもだが……実は、わずかながら需要がある」


「……需要」


 アイスは、表情を引き締める。サンドラは「商売敵」とすでにシャドーボクシングを始めている。


「暗殺ギルドの有名暗殺者の一人に、『飼い主』と呼ばれる奴がいる」


「飼い主……、です、か?」


「ああ、飼い主だ。『ハウンズ』って呼ばれる魔人たちを使役する、エーデ・ヴォルフに続く巨大クランのトップ。総勢数百人に届く大所帯だ」


 その説明に、アイスは何か、妙な違和感を抱く。


 飼い主、ハウンズ、使役。……大所帯というなら、組織をイメージする。


だが、ムングの説明から想像されるのは、無数に多頭飼いをする猟犬の飼い主だ。


「詳しくは守秘義務ってやつがあるから話せないが、ま、もし人形もどきを集めてたら、どこかでぶつかることになるかもしれねぇ。その時、上手くやれよって話だ」


 ムングは話しながら皮の紙にサラサラと文字を書いていく。契約書か、と思いながらアイスが紙に触れると、手触りでこれが人皮紙であると気づいてしまう。


「ほれ、請求書だ。こんなもんだろ」


 代金の欄には、大金貨数枚程度の額が記されていた。アイスが「じゃあこれで」と差し出すと「嘘だろ即金かよ」とムングは目を丸くする。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る