第351話 生贄の血

 結局、アイスが抜け殻魔人たちをかき集めるのに、ダンタリオンからの横やりはなかったという。


 ムングの忠告は杞憂だったと、アイスはほっとした様子で俺に語った。


 三千人分の抜け殻魔人の収集は無事完了し、その後のムングの処理も、一週間をかけて終了した。


 どんなことをしたのか聞きたかったが、アイスが話したがらないように見えたので、俺の方からは控えた。


 それから、例の手順がアイスの指揮のもと氷兵により行われ、抜け殻魔人たちの血は貯められた。


「で、これがその成果か」


「うん……っ! あはは……さすがにちょっと、疲れちゃった」


 アイスは、少し青い顔で笑った。俺はそれに、ただ「お疲れ様」とねぎらった。


 そして今。俺たちの前には、血の入った大型の樽が、三十個並べられていた。


 人一人では、とてもではないが持ち上げられないような、巨大な樽が三十個。壮観だ。この一つ一つが、すべて魔人の血液で満ちていると思うと、我ながらぞっとしない。


 さて、と俺は振り返る。スラムの空き家でも、少し大きな倉庫らしき建物。そこに、作戦メンバーで集まっていた。


 俺、アイス、クレイ、トキシィ、サンドラ。


 ローロ、レンニル、スール。


 ムティーにピリアは、気が向いたら参加という感じに落ち着いた。


 二人曰く。


『魔王討伐のために邪神呼ぶバカは、混ざるより観戦だろ。お前ら、出来るだけ派手に踊れよ。良い肴になる』


『教え子たちが神に挑むんだよ! お菓子食べながら見守ってるからねー!』


 とのことだ。ウチの師匠連中は勝手気ままで困る。


 他のみんなは、俺の合図があるまで、ひとまず気を抜いて過ごしているようだった。まだ時間に余裕があったから、俺は少し外に意識を向ける。


 儀式のために処した魔人たちは、殺した者から順次また、スラムのどこかに再出現した。だが、ムングの処理によって、現在は疑似的に意識のある状態なのだと。


 俺は扉に近づき、少し開く。


 外の道では、胡乱な目つきで「神よ……偉大なるポセイドンよ……」などと言いながら、あてどもなく歩く抜け殻魔人が、何体も道をうろついている。


「……これじゃあほとんどゾンビだな」


 俺は扉を閉ざす。今までは道端に倒れていたから気づかなかったが、全員立ち歩くと、スラムが思ったより狭く感じた。


「ウェイド君、そろそろ良いんじゃないか?」


 クレイに急かされ「そうだな。じゃ、みんな、こっちに注目」と俺は苦笑交じりにみんなの前に立った。


「よし、じゃあひとまず中核メンバーを再確認するぞ」


 俺が言うと、全員がいくらか姿勢を正す。


「まず、神殺し部隊。各々の強い希望に従って決めた。……対ヘル、アイス! 対ポセイドン、クレイ! 対ヒュギエイア、トキシィ!」


「「「はい!」」」


 俺が呼ぶと、三人がハキハキと返事をする。


「お前たち三人は、呼び出した邪神を倒すのが担当だ。特にアイスは、魔王と同名。何が起こるか分からないからな、気を引き締めてくれ」


「うん……っ! 頑張るね、ウェイドくん……!」


 アイスは力強く頷く。クレイとトキシィも、真剣そうな面持ちだった。


「次、補佐メンバー。俺、スール、ローロ、レンニル!」


「仰せの通りに」「は~い」「はい」


 スールの丁寧に返事に続き、魔人兄妹が返事をする。兄妹はゆるいな。ゆるくても問題ない二人だけど。


「俺たちは問題があった時に、補佐に動くチームだ。最初はアイスに付いて、それからは臨機応変にって感じだな」


「お兄ちゃん、ローロたちヤバくな~い? 魔王殺しのお祭りで最前線特等席じゃん。他の人たちに自慢できるよ!」


「魔人の中でも結構弱い方な俺たちがここにいるのが信じられないな……。しょっちゅうその辺の魔人にひどい目に遭わされてるのに」


 兄妹は何か知らないけどキャッキャと喜んでいる。多分ひどい目に一番遭いやすい枠なのだが、喜んでいるのなら何よりだろう。どうせ死んでも生き返るからな。魔人だし。


「このチームの主力は、説明するまでもないかもだが、俺とスールだ。スールには頑張ってもらうぞ」


「もちろんです」


 俺の念押しに、優雅に微笑むスールだ。その後ろで、「アレ? ローロたち味噌っかす?」「それはそうだ。期待され過ぎてもできないことがある」と魔人兄妹。


 俺は咳払いして、最後のメンバーを読み上げた。


「最後。エーデ・ヴォルフ壊滅部隊。サンドラ、俺!」


「頑張る」


 ぐっ、と拳を固めるサンドラだ。やる気十分という感じだろう。相変わらず無表情だが、サンドラは動きで気分が分かるからな。これは相当やる気だ。


「俺は補佐チームに余裕ができたら、離脱してサンドラに合流しエーデ・ヴォルフを叩く。その時はスールに補佐チームのリーダーを委任するから、上手くやってくれよ」


「畏まりました」


「え~! ご主人様以外の言うこと聞くの~?」


「ローロ、あんまりわがまま言うな」


「だって~、もし変態だったらどうするの~? ローロの清らかな体が汚されちゃ~う♡」


「……」


 ローロのからかいに、スールは無言で目を伏せている。


 この二人、気付かなかったけど相性めちゃくちゃ悪そうだな。でもレンニルが頑張ってくれるか。頑張れレンニル。


「じゃあ、各自行動開始だ! まず神殺しメンバーに呼ばれた奴は、樽十個を運んで前もって説明した地図の地点に移動してくれ。定刻になったら儀式を始める!」


 指示を出しながら、俺は血の入った樽に「オブジェクトウェイトダウン!」と【軽減】の魔法を掛ける。


「じゃ、僕は移動するよ。期待しててくれよ、ウェイド君」


「じゃあ私も! ウェイド、魔法ありがとね!」


 軽くなったとはいえ、十個の樽を前のこの態度だ。クレイは土を腕に纏って巨大化させて抱え込み、トキシィはヒュドラの幻影で抱え込んで飛んでいく。


 残るはこの場に待機か、と俺はメンツを確認する。アイス、サンドラに、スール、ローロ、レンニルだ。


 エーデ・ヴォルフ襲撃の要に当たるサンドラだが、まだ動き出さない。襲撃は、邪神が大暴れして、エーデ・ヴォルフと削り合ったところから、と決めてある。


「じゃあ、一旦儀式の準備の方、進めちゃう、ね……!」


 アイスは言って、氷兵に血が満杯に入った樽を抱えさせる。


 まずアイスは、地面に魔法陣が描かれた巨大な紙を、氷兵に広げさせた。空き家の地面を覆うように広がった魔法陣を、囲うように樽を持った氷兵が立つ。


 そしてアイスは、魔法陣の前に立った。屈み、魔法陣に手で触れながら、唱え始める。


「我が呼びかけに答えよ、我が加護の神よ、我が崇高なる神よ。この魔法陣に触れ、我が祈りに応えたまえ」


 魔法陣に、光が走る。アイスは立ち上がり、「これで準備完了、だね……っ」と息を吐いた。


 この魔法陣の仕組みは、召喚魔法を基礎としているらしい。


 召喚魔法は、描く魔法陣の形によって召喚する対象を変える。その中でももっとも高位なのが、今回使用する、神との対話を目的とする魔法陣だと。


 本来なら、神の好物などを置くと、神が人間の姿で現れるそうだ。そしてその対価に応じて、対話に応じ助言をする。不敬であれば神罰を下す。


 そして、それを悪用したのが、今回の邪神召喚の儀式になる。


 現在、魔法陣は光を放ち、神を呼び出す場を作るに留めてある。本来捧げる好物は、神の一時の受肉(体を得ること)の糧として使用される。


 そこに、俺たちが用意した大量の穢れた血を流しこむ。すると膨大な負の思念に汚染された血が、神の受肉の糧にされてしまう。


 結果、神は穢れて顕現する。


 そうなった神は、もはや理性も知覚能力もほとんどを失っているという。ただ膨大な穢れと負の思念に侵され、その力を暴風のように振るいながら、あてどもなく進む。


 普通に呼び出すのではダメな理由がこれだ。普通に呼び出すと、意識がはっきりしているから攻撃すると普通に天に帰るらしい。しかも、それはそれとして天罰は下るとか。


 要するに、邪神でなければ神は逃げて殺せないのだ。


 そして今回、こうして呼び出した邪神を三柱、同時にスラムに放つ。スラムは神の力の暴走に消し飛ばされて更地になる。それが、今回の俺たちの作戦だ。


 アイスめ、えげつないことを考える、と俺は少し尊敬の眼差しでアイスを見る。


 アイスは『わたしだけで考えたことじゃない、よ……!』と謙遜していたが、そんなの尊敬の対象が増えるだけだ。


 やっていることは、魔人たちがやるだけあって、中々におぞましいが……どうせここは地獄なのだ。アイスたちが強く望んでいるなら、やらせてやりたい。


 それに。


「……何か、邪神召喚じゃないと出来ないことが、あるらしいからな」


 俺だって察しが悪いわけじゃない。そのくらい分かる。だがみんなが話したがらないなら、無理に聞くこともないと思っているだけだ。


 アイスが準備を終えて少しすると、通信指輪が振動した。撫でると『ウェイド君、こっちの準備は完了したよ、オーバー』『こっちもできたよウェイド! オーバー』と。


 俺はアイスに視線で合図する。それから、口を開いた。


「ああ、了解した。―――では全員、一斉に魔法陣に血を流しこむぞ! カウント開始!」


「5~!」とローロ。


「4!」とレンニル。


「3です」とスール。


「2」とサンドラ。


「1……っ」とアイス。


 俺は深呼吸と共に、言い放つ。


「0ッ! さぁ作戦開始だ!」


 氷兵が、魔法陣に血を流しこむ。スラムに、神が現れる。

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