第340話 ムティーの虐殺

 ムティーはそこで、魔王城の塔を守護する隊長二人と対峙していた。


 入り組んだ城下街の裏路地。そこは、民間人は恐れて近寄らない場所だが、スラムの実力者や魔王軍兵士などは避けて通らない。


 だから魔王軍の隊長格ともなれば、当然のようにこの道を通るだろう。だからムティーは、その場を陣取っていた。


「……何者だ、貴様」


「我らが魔王軍商業区駐屯兵団、第一、第二隊長と知っての狼藉か」


 二人の隊長たちが、ムティーに対して誰何する。顔は鎧で覆われていてほとんど隠れているが、唯一、ヤギのように伸びる巨大な角だけは露出していた。


 それにムティーは、クツクツと喉を鳴らすように笑いだす。


「ったくあのバカ弟子どもはよ、師匠のことを都合よく使いやがる。だが、悪くねぇな。お前らみたいなちょうどいい魔人は、ぶっ殺し甲斐がある」


 ムティーの返答に、隊長二人は色めきだった。ムティーの、一見ただのゴロツキにしか見えない風貌からくる侮りが、間違いだったと気づいたからだ。


「貴様、今保護塔を解除した連中の仲間か!」


「ならば手加減するまでもない。半殺しにし、徹底的に痛めつけ、無限の苦しみの中に投獄するまでだ」


 隊長二人は、同時に腰の得物を抜き放った。一振りの鈍器。それを一人一つずつ、揃って構えを取り、言い放つ。


「「魔王様に歯向かう者に、死より恐ろしき苦痛を!」」


「訓練されてんな。いいぜ。ちょうどよく。お前らみたいに中途半端な連中をグチャグチャにするのが、いっちばん楽しいからなぁ」


 ケタケタとムティーは笑う。両手を広げて、宣言する。


「虐殺だ」


 哄笑。その不気味な姿に、窓からこっそりと覗いていた近隣の魔人の観客は窓を閉ざす。だが、隊長二人は身じろぎ一つしない。


「魔王軍商業区駐屯兵団・第一隊長リスニ」


「魔王軍商業区駐屯兵団・第二隊長ニョースト」


 一糸乱れぬ構えを取り、団長二人はハンマーを振りかぶる。


「「魔王様の鉄槌を受け取れ!」」


 同時に隊長二人が、ムティーに対して殴りかかった。ムティーはそれに、様々な魔術がかかっていると看破する。


 それにただ、ムティーはケタケタと笑うのだ。


 鉄槌が、ムティーの体に打ち据えられ、しかし意味をなさないままに停止する。


「「!?」」


 鉄槌は、ムティーの体に接触した瞬間、小爆発を伴った。紫電を放ち、空気が焼けこげる。見た目以上に重さがあり、普通なら体が粉々に爆ぜただろう。


 だが、ムティーはそんな風にはならない。ムティーの体に揺らぐところはない。ただそこに存在し、攻撃をものともせずに立っている。


「――――まだまだぁッ!」「魔王様の鉄槌はこんなものではないぞ、反逆者ァッ!」


 隊長二人は、さらに鉄槌を叩き込んだ。何度も、何度も、何度も。しかしムティーの体には、何の反応もない。


 攻撃にのけぞることもない。反応はなく、反動もない。


 硬い壁に殴りかかったのなら、鉄槌は跳ね返されるだろう。しかし鉄槌は、ただムティーの体で静止する。


 それが、不気味に映らなければ、何だというのか。


「きっ、貴様! 何者だ! 保護塔を解除して、何のつもりだ!」


 どちらかは忘れたが、隊長の片方がムティーに問いかける。ムティーはただ、ケタケタと笑いながら一歩を踏み出した。


「地獄ってのはいいよな。どいつもこいつもゴミクズの極悪人。お前らもそうだろ? だから気兼ねなく弱い者いじめができる」


 ムティーの言葉は、隊長両者を刺激する。二人は静かに激怒して、「我々が」「弱者だと……?」と鉄槌を握る手に、震えるほどの力を籠める。


 だが、そんなことはムティーの知ったことではない。ケタケタと笑いながら、ムティーは続ける。


「オレは弱い者いじめが好きでな。特に思い上がったゴミクズで、弱い者いじめするのが好きなんだ。そう言うのは魔王軍に多い。魔王がそういう奴の時もある。あれはいい」


「……? 何を訳の分からないことを!」


 隊長一人の鉄槌が、ムティーに襲い掛かる。ムティーはケタケタと笑って言った。


ブラフマン


 鉄槌がムティーの手に受け止められ、まるで粘土のように伸びながら、鉄槌の鎚の部分をもぎ取られる。


「!?」


 それに、槌部分をもぎ取られた隊長は、驚いて飛びのいた。伸びた柄の部分が、伸びて千切れる。


 それから、言葉もなくただ見つめた。異様。異質。理解不能な現象に、隊長たちは思考が働かない。


 ムティーは笑う。


「良い表情するなぁお前ら。いいぜ。その顔が見たかった」


 ムティーは一歩踏み込む。隊長の顔に手を伸ばす。掴み、もぎ取る。隊長の首が粘土のように伸び、そして千切れた。


 だが、死なない。


 首を取られたはずの隊長は、しかし血を流さず、こと切れもしなかった。


「――――なっ、なん、何だ!? 何が起こっている! これは何だ!?」


 首を奪われ、体だけが脱力に崩れ落ちる。五体満足な方の隊長が、恐怖に一歩後ずさる。ムティーは鉄甲冑の生きた生首を、弄ぶようにくるくる指先で回す。


「き、貴様、何者だ! 何が目的だ! お前は、お前は何なんだ!」


 ムティーは言う。


「粘土遊びだよ」


「……は?」


「粘土遊びだ。お前らは粘土だ。反応が面白い粘土。お前らはさっき散々オレを攻撃したつもりだろうが、お前らはいまだ、指一本オレに触れちゃいない」


 肉薄。隊長が瞬きした瞬間に、ムティーは五体満足な方の隊長の懐に入り込んでいた。ムティーは、その鎧に触れる。鎧は粘土のように歪み、ムティーの手を受け入れる。


 ムティーの手のひらは隊長の胴体の中に沈み、ずぬっ……と心臓を抜き出した。血は流れない。本当に、粘土のようになってしまったかのように、隊長は何の拒絶もできない。


「で、これを、こうだ」


 ムティーは、奪い取った鎚、頭、心臓をこね始めた。粘土のように混ぜ込み、肉の赤と鉄の白が混ざり合ってピンクに変わる。


 それを、ただ、心臓を奪われた隊長は、震えて見つめていた。もはや抵抗の意思はなく、鉄槌も気づけば落とし、震えながら自らの心臓の末路を見ていた。


「できた」


 そうして、ムティーは一抱えほどの、ピンクの羊の模型を作り上げた。「やるよ」と隊長に手渡す。隊長はそれを受け取り、ざらついた鉄に似た手触りに、わずかに鼓動を感じ取る。


「こ、これ、こここここ、こ、れ」


 隊長は、もはや喋ることもままならないほどに、恐怖で支配されていた。


 攻撃は効かず、ムティーはこちらを生物としてすら見ていない。遥かに上位の存在に触れ、手慰みに存在概念ごと弄ばれ、今もは自分を見ている。


 その、崩壊寸前の精神に、ムティーは囁くのだ。


「【共鳴】」


 かくして、隊長の体は、その場に溶けて血潮となった。


 パシャン、とあっけない水音ばかりを立てて、隊長も、持っていた奇妙な球体もただ溶けて血だまりに変わった。


 ムティーはそれに、満足げに息を吐き出す。それから、遠隔で声が届くようにチャクラを調節し、塔の頂点にいる二人のバカ弟子に語り掛けた。


「どうだ? 今そっちに二人飛んだと思うんだが」


『こちらサンドラ。隊長格がここで復活したから戦闘の構えを取ったのに、すでに廃人だった。オーバー』


『ウェイドだ。……ムティー、お前何やった? こいつ、復活したのに壊れてるぞ』


 弟子二人の言葉に、ムティーはケタケタと笑う。


「自分より圧倒的に弱い相手をイジメて殺すことを、何て言うか知ってるか?」


『は?』とウェイド。『知らない』とサンドラ。


 ムティーはただ、心底楽しそうに、こう続けた。


「虐殺って言うんだよ」

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