第341話 前夜祭の成果

 俺たちの作戦において重要なのは、強者の心をいかにして折るのか、という点だった。


 強者。つまり塔の管理者クラスの敵は、エイクのように塔を拠点とするはずだ。


 である以上、単に勝利するのでは足らず、徹底的に心を折り、『こいつらと戦うくらいなら逃げるしかない』と思わせる必要がある。


 だから、塔の奪取を行った後に、ムティーに遠隔で隊長格を殺させ、塔で復活し孤立したところを、俺とサンドラで無限リスキルしよう、という計画だったのだ。


 しかし俺は、よだれを垂らして動かない魔人を見下ろして、怪訝な目で見るしかない。


「……マジで何やったんだムティー」


 俺があるまでもなく、完全に心が折れている。というか廃人になっている。人形も同然だ。


 一応脈を取って確認したが、間違いなく生きてはいるようだった。しかし動かない。その意思も気配もない。俺は腕を組んで唸り、呟く。


「あいつやべぇな」


「おいおい、そこは『流石俺の自慢の師匠にして、迷宮における世界最高の松明の白金の冒険者だ!』だろ?」


「うわでた」


「バカ弟子がよ」


 いつの間にか現れたムティーに肩を組まれ、俺は嫌な顔をする。ムティーは軽く俺を引っ叩いてくるが、今更その程度効きもしない。


「ともあれ、これでバカ弟子どもの計画は完遂だろ? ほれ、さっさと魔人たち呼んで、塔を占拠させろ。そうすれば後は最小限の守りで塔の解除状態を維持できる」


「それはもうやった」


「ハッ、意外に仕事早いじゃねーの」


 すでに祭りに参加したくてうずうずしてた魔人たちが、こちらに移動しているのを確認している。あとはアイスが程度を調節しながら、氷兵を消していけば完璧だ。


「じゃあもうここに用事はねぇな?」とムティー。


「ああ、脱出フェーズだ。あとは帰るだけだな」


「中々スムーズだったぜ、今回の作戦は」


 ムティーに正面から褒められ、俺は呆気にとられる。


「……ムティーはいやに上機嫌だな」


「ギャハハハハハ! オレは地獄で暴れてる間は機嫌がいいんだよ。少人数で上手く回して、社会を崩壊させる。これほどデカくて楽しい仕事があるかってな」


 そういえば、以前も魔人虐殺が楽しくて仕方ない、みたいな話はしていたな、と俺は呆れる。ムティーはすごい奴だが、尊敬する気は起きないな。


「ともあれ、デカイ成果だが、師匠として必要な釘は刺しておくぞ」


 ムティーは言う。


「ウェイド。お前の作戦はうまくいった。商人ギルドは大荒れ。そして魔人たちによる噂の流布も恐らくうまくいく。この塔の制圧は商人ギルドの所業になる」


 だが、とムティーは言う。


「塔をさらに落としていく内に、どこかで魔王軍は感づく。地域の有力魔人の後ろにいる、オレたちの存在にな。その時、また状況は変わってくるはずだ」


「……そうだな。まだ勝ち星一つだ。同じやり方はどこかでバレて、対策が打たれる。その時にどう動くのかも、考えておくよ」


「ああ。お前らがなるべく躓かないように、オレたちがいる。だから気張れよ? お前らが強くて有能であればあるほど、オレたちがサボれるってもんだ」


「お前地獄での仕事が好きなのか嫌いなのかどっちなんだよ」


「好きだがしち面倒くせぇ。それが天職ってもんだろ?」


 ケタケタとムティーは笑う。このクソ師匠は、と俺は嘆息した。


 ともかく、これで作戦は完了だ。


 魔人奴隷たちには、すでに噂を流布するように指示を出している。じわじわと噂は広まり、魔王軍は商人ギルドへの協力を打ち切るだろう。


 そこからどう転ぶかは、時間が経つにつれはっきりするはずだ。状況に従って、うまく益を取るように動くだけ。


 だがクレイの見立てでは―――最終的に俺たちは、商人ギルドをモノにできる想定らしい。


 そこまで上手く行くもんか? と俺は考えているが、そこはふたを開けてみて判明することだ。


 そんな風に考えていると、ムティーは言った。


「じゃ、撤収か」


「ああ。帰ろうぜムティー」


 俺たちは窓から飛び出して、俺は重力魔法、ムティーは空中ダッシュで帰宅する。











 それから数日間は、一旦粛々といつも通りに過ごすことになった。


 魔王軍は犯人探しにピリピリしているし、スラムでは逮捕者も続々と出ているという。今は身を潜めるのが賢明と判断したのだ。


 占拠した保護塔を奪い返すための作戦も行われたというが、占拠した奴隷魔人たちとの戦闘中にアイスの氷兵の横やりを受け、連戦連敗で逃げ帰っていると聞く。


 そうしてしばらくした頃、俺は街を歩いていた。


「なぁ、聞いたか? 前の大騒動、商人ギルドの連中の自作自演だって……」


「いい迷惑だ。無関係の奴が、たくさん魔王軍に捕まったって聞くぜ。見ろよこの閑古鳥の鳴きようを。バザールはもうおしまいだ」


 耳にするのは、奴隷魔人たちに流させた噂だ。今噂していた奴らは、村から連れてきた連中じゃない。どうやら噂の流布はうまくいっているらしい。


 クレイの店の売り上げもガクンと減ったここ最近。俺はクレイの店で適当に手伝った帰りに、宿に戻る途中だった。


 そういえば、作戦翌日のクレイは面白かったなぁ、と思い返す。


 どうやら夜を明かしての大戦闘だったらしく、かなりの数の魔人が背骨を折って、商店の前に山積みにされていた。


 そして修羅のごとく血を浴びて、入り口に立ち塞がるクレイの姿たるや。


 流石にテュポーンを呼び出すと目立ちすぎることもあって、テュポーンを縛った上で戦ったのだそう。一番の攻撃手段を失っての戦いは、中々にハードだったらしい。


『こういう戦闘も出来ないと、成長につながらないからね』


 言っていることはいつも通りの熱心なクレイだったが、瞳孔が開きっぱなしで目が据わっていたので、すごい怖かった。


 そんなことを思い出してニヤケながら宿につくと、酒場エリアで一人座っていたクレイが「お帰り、ウェイド君。これを見なよ」と俺に声をかけてくる。


「ただいま。これ、何だ?」


 受け取る。手紙だ。俺がキョトンとしていると、クレイは言った。


「僕の想定通りに運びそうだよ。この手紙は、商人ギルドを完全にもらい受ける布石だ」


「へぇ? じゃ、さっそく読ませてもらうか」


 中身を見る。内容はこうだ。


『拝啓 クレイ商店様へ


ますます吹雪の激しくなります今日この頃、いかがお過ごしでしょうか。


先日はお互い大変な思いをされましたね。一夜にして十も二十も被害に遭った強盗事件に、よもや魔王軍を狙った反逆者まで現れるなんて。大変な夜でございました。


さて本題ですが、魔王軍の反逆者は、他でもない我々、商人ギルドである、という通説が流布しているのをご存じでしょうか?


根も葉もない噂ではございますが、何故かまことしやかに囁かれているのが現状と聞き及んでおります。おかしなことで、大変に困っています。


対策を打たねばと苦心しておりますが、現状商人ギルドの内の多くが、強盗の被害で立ち直れないほどに打撃を受けております。


そこで、武力に秀で、先日の騒動も跳ね返したとされるクレイ商店様に、ご助力をお願いしたいのです。


現在、商人ギルドは窮地に陥っております。強盗被害もそうですが、何より魔王軍自体が、あのバカげた噂を信じ、商人ギルドを疑っているのです。


これは長年にわたって築いてきた商人ギルドの危機! 何か手を打ち、どうにかして魔王軍との関係を取り持つ必要がございます。


ひいては、魔王軍がかねてから敵視していたスラムの武力集団『エーデ・ヴォルフ』の壊滅をお願いできませんでしょうか?


重ねて申し上げますが、我々は窮地に陥っています。もはや一刻の猶予もございません。武力に優れたクレイ商店様にしか取れない手段なのです。


此度の強盗事件の調査依頼にも、魔王軍は取り合わない姿勢を示しています。犯人は誰なのか、判明したら目にものを見せたく存じますが、今はそれどころではありません。


とにもかくにも、商人ギルドには魔王軍との協力関係が、そのための信頼関係が必要不可欠なのです。どうぞご助力いただけませんでしょうか?


商人ギルド長・ヨルより




追伸

この件が上手く運んだのなら、あなたを商人ギルドの新たな大商人としてお迎えすることを約束いたします。


その暁には、ぜひとも盛大にパーティなど開かせていただければ幸いです』


 俺は手紙を一通り読んで「何だこのクソ女」と笑ってしまった。


「ハハハッ! まったく都合がいいね。だけど、僕の見立て通り、女帝ヨルは僕らを頼ってきた」


 悪い笑みを浮かべて、クレイは言う。


「きっとギルド長ヨルは、僕らを疑ってる。けれど確証はなくて、しかも強盗事件をはねのける強さまで見せられてるから、手を出せない」


「それで、『なら利用してやればいい』とばかりのこの無茶ぶりか」


「その通りだよ、ウェイド君。もうギルド長ヨルは、僕らしか頼れない。大鹿エイクも心身消耗につき療養中だって話だからね。だからこんな手紙をよこした」


 俺は汚れ物をつまむように、手紙をつまむ。それから肩を竦めて言った。


「にしても大きく出たよな。この『エーデ・ヴォルフ』って、スラムで一番デカイ暗殺組織だろ? それを壊滅させろって」


「恐らく、無理難題に挑ませて、ダメなら僕らを魔王軍に突き出すつもりでいるんだと思う。襲いに向かったのを、共謀しに向かったんだーとでもでっち上げてね」


 クレイの推察に、俺は唸る。なるほどそういう意図があったか。スラムじゃ逮捕者が居るもんな。


「はー、まったく。どいつもこいつも考えることあくどいよなぁ」


「僕たちもね」


「違いない」


 くくく、と二人して笑う。少なくとも、ヨルの狙いよりも遥かにひどいことを俺たちはした。


「けど、乗る価値はあるな。何せやり遂げたら大商人、つまり幹部だって話だ。まぁ幹部云々はどうでもいいが―――」


 俺はニヤリ笑う。


「パーティーが開かれるなら、ギルドの商人の大半が集まるんだろ? そこで全員、どうにかしちまうこともできる」


「しかも無理難題を成し遂げて、ギルド長ヨルが有頂天になったタイミングになる。うん、いいね。スラム襲撃で、商人ギルド陥落に王手がかかるってところかな」


「内容も悪くないしな。どうせスラムの塔の制圧には、エーデ・ヴォルフを隠れ蓑にするつもりだったんだ。連中を倒す作戦の途中で、どさくさに紛れて落とすか」


 俺たちが話していると、それに気づいてアイスやトキシィ、サンドラなどが、ぞろぞろと「あ、お帰りウェイドくん……っ」「男二人で何話してんの~? 私たちも混ぜてよ~!」「それ何?」と近寄ってくる。


「ああ、商人ギルドの女帝ヨルから、手紙が届いてな。次の動きについて話してたんだ。ほら」


 手紙を渡す。みんながしかめっ面になる。それに笑って、俺は言った。


「じゃ、狙い通り手の内で盛大に踊ってやろう。次の目的はスラム最大の武力組織『エーデ・ヴォルフ』だ」


 俺の宣言に、みんながやる気になる。俺は言った。


「スラムのドンを、殺しに行くぞ」








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