第339話 魔王城・第一、第二保護塔
魔王城を保護するタワーは、計十棟存在する。
バザール、スラム、サーカスに、それぞれ二棟ずつ。魔王城の麓に、等間隔に四棟。
魔王城周りは魔王軍主力部隊が守っているらしく、ここにはスールの家族も含まれているという。
右大将ルペト。スールの兄。常に全身が燃え上がっていて、炎の化身と呼ばれていると。
左大将シリーナ。スールの姉。漆黒の女と呼ばれ、触れたものを燃やし尽くすという。
そして総大将ルトガル。スールの父。タワーに並ぶほどの背丈を有する巨人だそうだ。テュポーンといい勝負かもしれない。
そんな風に、兄が一棟、姉が一棟、父が二棟を守る構成なのだ、とスールは語っていた。それが魔王軍麓の、魔王城保護塔・四棟なのだと。
では、市外に位置している六つのタワーはどうなのか。
こちらも決して蔑ろにされているわけではなく、魔王軍でも実力者とされる者を隊長に据え、保護しているのだとか。
だが、こちらの六棟における魔王軍は、いわゆる警察的な役割を兼任している。
単なる通行人を、別に守ったりはしてくれない。だが大通りなど女王ヘルが重要と定めた場所は治安を維持するし、商人ギルドなどの重要組織も保護下としている。
何が言いたいのかと言えば、市外における魔王軍は、多忙だから隙を作りうる、ということだ。
「サンドラ。こっちは商人ギルドの件でもぬけの殻みたいだ。そっちは? オーバー」
『こっちももぬけの殻。多分上るだけで済む。ただ、アジナーチャクラで見た感じ、強そうな糸が走ってる。オーバー』
「こっちもだ。とりあえず上って占領。からの作戦通りで行くぞ。オーバー」
『了解。オーバー』
指輪型通信アーティファクト、コーリングリングによる会話を終え、俺は物陰から姿を現した。
俺たちの計画はこうだ。
まず、速度に優れる俺とサンドラでそれぞれ一棟ずつ、最速でタワーを急襲し、一旦の魔王城保護の解除を行う。次に制圧力に長けたアイスを投入し、タワーを完全に占領。
最後に、魔人たちに連絡して、俺たちの手が離れた状態でも占領が継続されるようにするという寸法だ。
問題は味方魔人がどれだけ頼りになるかだが……敵同士の復活地点が重なるわけだから、血で血を洗う戦闘が無限に続く状況になる。
バエル領から連れてきた魔人は、全員血の気が多い。逆に楽しんでやってくれるはずだ。
無論、この状態になるまでに達成すべき工程は多い。よーし頑張るぞー。
「まずは、最速占領だな」
俺はスタスタと徒歩で入り口に近づいていく。すると、入り口に立つ二人の魔王軍兵が、怪訝な顔で俺を睨む。
もぬけの殻、と言っても、まったく魔王軍がいないわけではない。最低限ギリギリしかいない、ということだ。
だから、「おい! そこの仮面! 止まれ!」と呼び止められても、俺は足を止めずに近づき、言った。
「殺すと復活するだけだから、こうだな」
素早く腕を振るう。頸動脈を鋭く深く押し込む。二人の兵士はそれで意識を失い、俺に倒れこんできた。俺はそれを、両腕で抱えあげる。
「堂々侵入、っと」
入口扉を開ける。中には誰もいない。俺は二人の兵士を適当なロッカー的な設置物の中に入れ、腕力でふたを捻じ曲げ出られなくした。
「あとは、走るぞっと!」
重力魔法をかけ、第二の心臓アナハタチャクラで全身を強化し、走り出す。階段を見つけ、駆け上る。
どうもこの塔は、簡単には上に登らせないような造りになっているようだった。だから階段は途中で途切れ、渡り廊下を通過しないとさらに上がる階段に至れない。
壊して辺に目を引くのも面倒だったので、俺は素直に高速で渡り廊下を通過して移動した。
その途中で、俺は魔王軍の悪辣さを目撃する。
「……ひでぇな」
その牢屋エリアのあまりに悪臭に、俺は顔をしかめて口を手で押さえた。
檻に入れられた、罪人たちだろうか。そこにあったのは、生かさず殺さず、自動拷問機に掛けられ続け、呼吸もままならないままで放置される魔人たちの姿だった。
汗、涙、血、糞尿。人体を由来とする、すべての臭いを放つそれこれが放置され、極めて劣悪な環境が、意図してそこに残されている。
何だここは。そう思いながら歩いていると、いくらか残されていた魔王軍兵たちが、ゲラゲラ笑いながら近づいてくる。
「……」
俺はどうしようか考え、重力魔法で天井に張り付いた。するとすぐに、兵士たちが現れ、罪人たちに語り掛ける。
「よーっし、今日も罪人に罪の重さを教えてやるかぁ」
「感謝しろよ~罪人ども~。お前らは魔王様の恩情で生かされてんだからな~?」
「ま、死んだら逃げられちまうから、殺さねぇように気を使ってんだけどな!」
ギャハハハハ! と魔王軍兵たちが高笑いを上げる。罪人たちは、弱弱しい声で「殺してくれぇ……」と泣き叫び始める。
「……」
俺は、魔人という生き物が分かっている。恐らくだが、この街で罪人と呼ばれる以上、本当に罪人なのだ。兵から聞き出せば、えげつない罪状が出てくるのだろう。
だから、俺は助けない。助けないが、嫌悪はした。
魔人はクソだ。弱い者いじめの何が楽しいというのか、さっぱりわからない。
俺は身を潜めてそこを素通りし、さらに上にあがった。
そんな移動を繰り返して数分。俺はすぐに、頂上階に位置する部屋に辿り着いていた。窓から見下ろすに、恐らく五十階くらいだろうか。
守っている者はいない。大商人の件で、魔王軍もてんてこ舞いなのだろう。
「にしてもがら空きすぎる。油断し過ぎだろ。こっちが油断を突いたとはいえ」
肩透かしを食らいつつも、俺はアジナーチャクラで目当ての物を探す。
目当てのもの。つまりは、魔王城の保護を取りやめるスイッチを。
「……これか」
それは、壁に刻まれた大きな印だった。思い出すのは、先ほど見た古龍の印や、魔女に刻まれた契約印。それに何とも似た印が、壁に大きく彫り込まれている。
「知識がないと、ただの印にしか見えないっていうのも上手いな。だが、この程度なら簡単だ」
魔術は汚くて嫌いだが、仕掛けとして作られたこれは、そこまで難解ではなかった。印に手を当て、魔力を走らせる。芸当としては針に糸を通すようなもの。
魔力を伸ばし、印のセンサーに引っ掛け、伸ばし、引っ掛け、最後につなげる。すると、キィイイインと甲高い音が鳴った。
「まず、一つ目だ」
魔王城・保護塔。その一つ目が、役目を放棄する。
途端、階下でざわめきが起こったのが分かった。残された最低限の兵士たちが、侵入者など想定もしない中で守りを突破されたことに気付いたからだろう。
思うに、魔王城は、今まで魔人たちにとって、守るべき対象ではなかったのだろうと思う。
元々魔王信仰がある魔人たちだ。守らなくても攻められないから、油断があった。
だから大商人の一斉強盗ごときで、ここまでタワーをがら空きにできてしまったし、それでこうして慌てることになるのだ。
「なっ、何者だぎゃっ」
現れた兵士を重力魔法で強く壁に叩き付け、俺は兵士を半殺しにする。そこで、通信指輪コーリングリングが震えた。
撫でる。アイスの声が聞こえる。
『ウェイドくん、お疲れ様……! わたしも、今着いた、よ……っ! オーバー』
「よし。じゃあ離れたところに身を隠して、氷兵を大量に派遣してくれ。俺はタイミングを見て脱出する。オーバー」
『了解……っ! じゃあ、みんな。ウェイドくんの力になってあげて……!』
通信終了。窓から見下ろすと、遠くの地面で氷兵たちがぞろぞろと塔の中に侵入してきている。遠近法で小さく見えても、中々に物々しい。
にしてもここ高いな。街がミニチュアに見える。
景色を眺めていて、気付いた。俺の塔の切り替えに気付いて、兵士たちがちらほら戻ってきている。
だが大量の氷兵の侵入に動揺して、攻め込めない様子だ。いの一番に挑んだ兵士が、一瞬ですりつぶされたのも大きい。しかも殺さずにその場に槍で縫い付けている
「一般魔人兵なら、そりゃあ尻込みするよな。氷兵一体で下位の金等級だぜ。手も足も出るかよ」
鼻で笑う。そこで何か波長のようなものに気付いて視線を上げると、サンドラが向かった塔の保護も解かれたのだと気づく。
「へー。なるほどこういう感じか。そりゃあ魔力に敏感なら気付けるわな」
色の見える音。そんなイメージで、塔の切り替えは魔力波を放っていた。アイスもこれから、あっちの塔にも氷兵を送り込むことだろう。
そこで、巨大な気配が近づいていることに気付く。それぞれの塔を守る、魔王軍の隊長。今回の戦力作戦における要だ。
放っておいたら、氷兵を薙ぎ払ってここに至るだろう。それでは占領がうまくいかない。好ましい状況ではない。
だがだからと言って迎え撃ちにここを下りれば、それこそ本末転倒だ。隊長格なら、間違いなく復活地点はここになる。勝てたとしても復活がここなら意味がない。
ならばどうするか? 俺は地面を見下ろしながら、ポツリ呟いた。
「ほれ、クソ師匠。さっさと役目果たせっつの」
そう言った瞬間、近づいてくる隊長格の気配よりも、はるかに巨大な気配が膨れ上がった。それから、まるで耳元で囁くように、声が聞こえる。
『生意気言ってんじゃねーぞバカ弟子が』
慌てて振り向くも、そこには誰もいない。それに俺は「うっせーな聞こえてんならさっさと働け!」と怒鳴り返した。
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