第336話 大鹿エイク
アジナーチャクラでエイクを観察して思ったのは、「ああ、こいつ金等級は余裕だな」ということだ。
白金に届く、とまでは言わない。それはつまり、疑似的な神の領域だ。神の領域はそこまで甘くない。初めて戦った白金の剣、アーサーに届く者はそう居ない。
だが、金になりたての頃の俺たちよりは強い。それは明らかだった。
さすがはアベレージ銀等級の魔人の中で、さらに実力者とされる奴だ。ちゃんと強いじゃないか。そう思う。
だから俺は、笑みを浮かべて、指でちょいちょいと手招きした。
「来いよ。遊んでやる」
「―――抜かせネズミがッ!」
エイクの姿が、消える。
遅れて、衝撃がやってきた。
「おぉ」
リポーション越しに感じる音と衝撃。気づけば、俺は瓦礫と共に宙に投げ出されていた。
シグと戦った時を思い出す。あの時と同じで、全部まとめて吹っ飛ばされたらしい。
「突進か? にしてもすごい速さだ。もう一回、いや、二回見たいな。そうすれば多分目が追い付く」
無論、俺は無傷だ。体の周囲に【軽減】と【反発】が働いているから、軽やかに舞い上がるだけ。生半可な攻撃ではこのガードは貫けない。
しかし、いつの間にか俺の上に飛び上がって、エイクが言った。
「なるほど。その余裕はその魔術防御によるものだな。―――なら、こうだ」
エイクはまたも角を一撫でする。ルーンが輝き、エイクの体に妙なオーラが纏われる。
俺はそれを見て、にっと笑った。
「良いぜ、来い」
エイクの腕が、落下し始める俺に伸びてくる。本来ならリポーションに阻まれるはずの手が、斥力に阻まれることなく俺の服を掴んだ。
「捕まえたぞ、ネズミ風情が」
エイクが腕力任せに俺をぶん回す。その勢いで、思い切り俺を地面に投げつけた。
「ハハハハハッ!」
俺は笑いながら錐揉み回転をして落下し、無事地面に着地する。
その上から、エイクの拳が降ってきた。
寸前で避けると、拳が地面を叩き割って煙が上がる。俺が素早く離脱すると、遅れてエイクは腕力で煙を払った。
「すばしっこい奴め。肝心なところで攻撃を避けてくる」
「見た感じ、受けても問題なさそうな威力だったけどな。お前、もっと奥の手隠してるだろ? 出せよ。じゃなきゃ一生俺は捕まらないぞ?」
「……抜かせ。お前のような雑魚を相手に、奥の手を出すほど俺の誇りは軽くない」
魔術の匂いとやらがない所為で、侮られている弊害が出たな、と思う。
地上ならこのくらい余裕であしらってやれば、勝手に本気を出してくれるのだが……おそらくそれが原因で、ここまでのやり取りすべてがまぐれだと思われてるらしい。
となると。俺は深呼吸をして、正面にエイクを見据える。
「やる気になったか、ネズミめ」
「ああ。俺は楽しく戦いたいだけなんだが、どうも実力を出し渋ってるみたいだからな。となると、どの程度痛めつけるかだが……」
魔人は殺せば復活する。地上の人間のように、軽く脅かすのでは不十分。
しかし同時に、強い魔人は中々蘇らないとも聞く。こいつは間違いなく強い部類に入る。殺したら復活まで時間がかかるかもしれない。
悩みどころだ。長時間かけて痛めつけて、キレるのを待つか。それとも計画の遂行を重視して、早々に殺してしまうか。
俺はため息をつき、言った。
「仕方ない。お前の本当の強さを見られないのは残念だが、ここはサクッとぶち殺すか」
その過程で、せいぜい楽しませてもらうとしよう。
「―――侮るのもいい加減にしろッ! このネズミ」
激昂して叫ぶエイクの頭上に、すでに俺は飛び掛かっている。
「が、ぁ?」
「この角格好いいな。もらってくぜ」
オブジェクトウェイトアップ、オブジェクトリポーション。
俺はエイクの体にフル加重を掛けて、一方角にリポーションを掛け、角を掴んで思い切りエイクの頭を踏みつけた。
「がぁぁああああああああ!」
エイクは悲鳴を上げながら地面に潰れる。俺と角は、地面から強く弾かれる。
結果、一秒。一秒で俺はエイクから角を剥ぎ取って宙に浮かび、エイクを地面に叩き潰す。
「ぐ、ぞ、ごのでいどで」
「おぉ~! でっけー角だな。でも思ったよりかさ張るな。やっぱ返すわ」
反転。俺はリポーションを弱めて、自分にフル加重を掛けた。石畳の地面を割って埋まるエイクに着地しながら、握る角を反転させ、その胴体に突き刺した。
「ガァァアアアアアア!」
「うるせーな」
あまりに絶叫がうるさいので、俺はシンプルになったエイクの頭を踏みつけにして、【加重】とアナハタ・チャクラの身体能力で、そのまま踏みつぶした。
パァンッ! と派手な音を立てて中身をまき散らす、エイクの頭蓋。かなり硬かったが、力を重ねがけすればこの程度の威力は出る。
地面に潰れ、まき散らされた血と脳。つい勢いに乗って殺してしまった……、と俺は反省だ。
「絶対もうちょっと遊べた」
俺はションボリ肩を落とす。まぁ、うん。時間を節約できたと思おう。くぅ……。
すると、信じられないほど激怒に顔をゆがませて、エイクは大商店の門から再び姿を現した。
「……何たる侮辱、何たる冒涜……! 貴様、今後数百年は、自由なき虜囚の身に落としてくれるぞッ!」
その姿に、俺はポカンとしてしまう。
「アレ? お前強い魔人じゃないの? 強い奴になるに従って、復活が遅れるって話だったと思うんだけど」
「……死ぬときに分かれて別人になることを言っているのか? 生憎とオレは混ざりっけなしの身でな。だから復活も即時だ」
エイクは、勝ち誇るようにそう言った。何やらよく分からないことを言っているが、つまり奴は死んでも復活し放題だということらしい。
となると、これは、嬉しい話だ。何せ、一度殺して実力を見せた状態での再戦になる。エイクにはもう、俺に対して力を出し惜しむ理由が残っていない。
俺は一つ頷き、それから手招きして煽る。
「それなら、いいさ。ともかく、これで実力は分かったろ? ほれ、さっさと本気で掛かって来いよ。出し惜しみすんな」
俺の挑発がよほど効いたのか、エイクは全身をわなわなと震わせた。それから「フ、フフ」と怒りが一周回ってしまったタイプの笑いを上げる。
「お前に、後悔させてやる。この大商店を襲ったことを。そしてオレを侮辱したことをッ!」
エイクは言いながら、そっと角を撫でた。しかし、今までのような、手のひらで撫でるのではない。指でそっとなぞるような、そんな撫で方だ。
「支配領域」
その言葉で、俺は息を飲む。
―――来たか。ついに! 支配領域が!
「『
言いながら、エイクは角をなでた指を差し出した。
指先から、雫が一滴地面に垂れる。神秘的な輝きを放つ一滴の雫。
その雫が地面についた瞬間、周囲の世界が切り替わった。
「なっ?」
そこにあったのは、視界一面に広がる巨大な湖と、それを包み込む吹雪荒れ狂う白銀の世界だった。
足元を見る。地面などそこにない。ただ湖が広がるばかり。
俺はただ、重力に従って湖に沈む。
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