第335話 同時多発連鎖強盗事件

 戸締りをしたヨルの大商店の入り口には、閉ざされた門と、魔王軍の兵士が一人立っていた。


「っ? な、何だこの騒ぎは? 何が起こってる!?」


 俺たち以上に周囲で起こる大騒ぎが気になるらしく、慌てた様子で四方に顔をキョロキョロさせている。


 そんな中で俺たちが近づいていったから「おい! 貴様ら! これはどういう事態なのか知ってるか!?」と、能天気に尋ねてきた。


「何だこの騒ぎは! こんな夜に一体全た、い……」


 そこで、俺たちが仮面をつけていることに、兵士は気づく。


 とっさに槍を構え、兵士は魔術のために体をなぞろうとするが、遅い。俺は瞬時に肉薄し、その胴体に貫き手を突き入れた。


「ガ、ハ……」


「あんまり苦しめるつもりはないが、死なれると復活されて面倒なんでな。しばらく倒れててくれよ」


 手を引き抜く。素早く手を振って血を払う。倒れた兵士をまたいで、門に手を掛ける。


 そして、サハスラーラチャクラの『森羅万象の支配』で門を柔らかくし、素手でゆっくりと歪め開いた。


「わ……っ。ウェイドくん、すごい力……!」


 あとアイスが可愛い勘違いをしている。


「よし、侵入だ。小さくて高価そうなものを狙っていくぞ」


「キャッホー! なぁに取っちゃおうかなぁ~♡ 宝石~? アーティファクト~? 換金したらどんな贅沢しちゃおっかな~?」


 上機嫌でローロが、俺たちよりも前に出る。「あんまり先走るなよ」と俺が言った瞬間、ローロの頭がはじけ飛んだ。


 パァン、とローロの脳が、地面にまき散らされる。頭を失ったローロの小さな体が、地面に力なく倒れた。


「は?」


「侵入者発見! 侵入者発見! 直チニ排除セヨ! 直チニ排除セヨ!」


 警報が鳴る。甲高い声で、周囲一帯から「排除セヨ!」という言葉が行き交いする。


 物陰から現れたのは、槍を持った小人のような、ヒョロヒョロの連中だ。魔物で見たことあるぞあれ。インプとかいう奴だ。


 悪魔インプ。槍を持った小悪魔。簡単な会話なら可能で、人間を騙して殺すことが好きな魔物だ。それらが、魔王軍の軍帽を被っている。


 どうやらヨルの商店は、こいつらインプがメインの守りらしい。魔王軍の人員じゃないのか? 意外に軽んじられているのか、と疑う。


「排除セヨ!」「排除セヨ!」「排除セヨ!」「排除セヨ!」「排除セヨ!」


 インプが俺たちを取り囲む。俺はアイスを抱き寄せて「俺がやる」と囁く。


「ひゃっ……う、うん……!」


「排除セヨ!」


 インプの一匹が、すさまじい勢いで槍を投げ放った。しかも手が光っているのを見るに、爆発の魔術でも伴っているのか。


 何だ。十分に強い守りだ。これなら一撃食らっただけでも、頭が弾けて死ぬのも頷ける。ヨルはちゃんと、魔王軍からしっかりと警備されているらしい。


 そう思いながら、俺は呟いた。


「リポーション。オブジェクトウェイトダウン」


 槍が俺たちの眼前で止まる。槍を投げたインプが「ギ!?」と驚愕する。


「ハ、排除セヨ!」「排除セヨ!」「排除セヨ!」


 続いて周囲のインプたちが、こぞって俺たちに槍を放った。そのすべてがリポーションに阻まれ、空中で停止する。


 そうして、俺たちは四方八方から、停止した槍に囲まれた。周囲でインプたちが動揺の目で見ているのが分かる。


 俺は不敵に笑いながら、連中の排除を行う。


「オブジェクトポイントチェンジ。オブジェクトウェイトアップ」


 すべての槍が矛先をインプ達にぐるりと変更し、同時に放たれインプたちを貫いた。


 爆発が俺たちを包み込む。だがリポーションで爆風が弾かれ、俺たちまで届かない。


 結果、俺たちの足元以外を残して、クレーターを作りインプたちは全滅した。俺はそれを確認して、アイスを抱き寄せる手を離す。


「よし、中に入るか」


「う、うん……っ!」


「復活! あ~、待ってよ二人とも~!」


「ローロ、お前逞しいな」


 どこからともなく復活したローロが、俺たちに駆け寄ってくる。先ほど頭を失った死んだ自分の死体には、見向きもしないのだから恐れ入る。


 俺は前に進み、「ウェイトアップ」と呟いてから、思い切り扉を蹴破った。中の商店は、当然だが暗がりに包まれ誰もいない。


「アイスクリエイト……っ」


 アイスが氷鳥を数匹、斥候に放つ。氷の鳥たちは、素早く空中を旋回し飛んでいく。


「―――宝石とかアーティファクトの展示売り場、見つけた、よ……っ」


「よし、向かおう」


「ザコザコ警備~♡ にひひっ! 大金持ちだぁ~♡」


 アイスの案内に従って、俺たちは進む。扉が邪魔なら蹴破り、警備のインプが邪魔なら捻り潰した。


 階段を登り二階へ。そこにはアイスの言った通り、ズラリと宝石や高価なアーティファクトが並べられている。


「不用心……ではないな。ちゃんと固定されてる」


 ガラスケースなどは文明レベル的に用意できなかったようだが、盗難防止のための鍵と鎖はついているようだった。


「にしても、数が多いな」


「わたしの氷兵で、鎖を切って袋に詰める、よ……!」


「分かった、回収はアイスに任せる」


「え~! ローロも盗む! お小遣いにするの~!」


「自分の獲物は自分で得るもんだぞ、ローロ」


「! 分かった~! んぎぎぎぎ」


 ローロは適当な宝石に目を付けたらしく、魔術と非力な筋力で、固定する鎖と格闘を始める。魔術もあるし、自分で一つ二つ勝手に盗るだろう。


 一方アイスは、氷兵を何体も出して、手際よくポイポイと袋に詰めていた。固定の鎖も、氷兵の持つ槍の刃先で一刀両断だ。手際が良すぎる。


 俺はというと、品物には手を出さずに警戒していた。ここの用心棒は強いと聞いているが、果たしてどれほどの強さなのか。


 そんなことを考えていると、不意に強い気配を感じた。


「アイス」


「うん……っ! 大体集めたから、ローロちゃん連れて離脱する、ね……っ!」


「えっ!? あっ!? まだ一つも取ってないのに~!」


 氷兵に抱えられて、アイスと共にローロは連れられて離脱した。遅れて、大きな影がぬっと現れる。


「インプどもが小うるさいと思ったら……、ずいぶん派手に散らかしてくれたな」


 それは、巨大な鹿の獣人だった。


 俺を見下ろすほどの巨躯に、さらに立派な角が伸びている。枝分かれする角には無数にルーン文字が刻まれていて、ガリガリと天井を削って俺に近寄ってくる。


 こいつ……もしかして、と俺は思う。クレイの話で聞いた、支配領域使いの、凄腕用心棒。


 俺はニィと笑いながら、問いかける。


「お前がこの店の用心棒か?」


「……驚いた。オレの姿を見て逃げ出さないものなど、ドン・フェンくらいのものだと思っていたが」


 まぁいい。鹿獣人はそう言って、角を撫でルーンを光らせる。


「オレの名はエイク。大鹿エイク。お前ら全員を捻り潰し、魔王軍に突き出し、二度とこの商店を襲おうなどと思えないほどの恐怖を刻む者だ」


 ズン、とエイクは強く地面を踏みしめる。俺は構えて、ただ「梵=我ブラフマン=アートマン」と呟いた。

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