第334話 前夜祭まであと一秒
キリエの話はこうだ。
「キリエたちサーカスのやんちゃ組は、バザールの大商人の一人、トレッドの商店を襲う計画を立ててるんだ☆ スラムは別の大商人、マーチの商店ね♪」
時期は数日後すぐ、ということだった。それに、俺はなるほどと頷いて計画のあらましを決めた。
「キリエの計画に合わせて、商人ギルドの商店に大量に強盗を仕掛ける。すると魔王軍を釣れて塔が空になるから、そこを叩く」
俺がそう言うと「わ~♡ マジで派手じゃーん!」とローロが喜びだす。
俺は、詳細を語り始める。
「商人ギルドは、魔王軍に守られてるからな。だから商人ギルドを大規模に襲うと、魔王軍が商人ギルド加入店を襲った強盗を捕まえに来る。けど、一軒じゃ意味がない」
「そう、だね……っ。魔王軍には数がそろってる、から。その程度だと、釣り切れ、ない……っ」
「ああ、そうだアイス。だから、これを大規模にやる。連れてきた魔人全体に声をかけて、一気に、かなり多くの店を強盗させる。俺たちもやる。すると魔王軍が大量に釣れる」
つまり、陽動作戦だ。商人ギルドと魔王軍の協力関係を利用する。
「数を増やす。とにかく被害を甚大にする。商人ギルドは魔王軍の庇護下にあるから、魔王軍の手に追い切れないくらいの事件数でパンクさせる」
魔王軍の想定していないほどの大量の事件で、魔王軍をマヒさせる。そうすれば魔王城の保護塔は無防備になる。あとは襲うだけで―――
「―――塔は、いとも容易く掌握できる」
可能なら、クレイの商店も襲われておく方がいいだろう。クレイを守備においておけば『襲われたが自衛できた』という面目が立つ。これは対商人ギルド用の言い訳だ。
「だから、あえて魔人たちには、どこを襲え、みたいな指示は出さない。開始時間だけ教えて、一気に襲うっていう基本だけ守らせる。それで勝手に、クレイの店も襲われるはずだ」
「いやな想定だけど、そうなるだろうね」
クレイは渋い顔で頷く。作戦上必要だとはいえ、自分の店が襲われるのにいい顔はできないか、と俺は苦笑する。
「重要なのはここからだ。魔人たちが、『あの連続強盗は商人ギルドの自演だ』って噂を言いふらす。魔王軍も、成り行きが成り行きだから、それに信憑性を感じることになる」
「実際、噂がなければ一見怪しくなく見える、絶妙なポジションだからね。だからこそ、噂を各地で聞いた時に、魔王軍は『重大なことに気付いた』と考えてしまう」
「うっわ~♡ それで商人ギルドに濡れ衣着せちゃうんだ~! ご主人様、やっらし~♡」
「いい案だろ?」
ローロのからかいに、俺はニヤリ笑う。ローロは悪だくみが好きなのか、キャッキャと笑っている。
あとは、精いっぱい楽しめばいい。隠れ蓑ができた以上、俺たちを止めるものはどこにもいない。大暴れする土台ができたわけだ。
そんな説明に、みんなは同意した。それから計画決行までの数日間で、急いで準備を整えた。
まず取り掛かったのは、方々に散らばっている魔人たちへの伝達だ。これはそこまで苦労しなかった。
「アジナー・チャクラで俺を復活ポイントに定めてるやつを確認して……うわっ、多っ」
俺に向かって大量の復活ポイントの線が伸びている。信頼の証と取るべきか、単純に面白がられていると見るべきか。ともかく量がキモイ。
「とりあえずこの糸から相手をたどって放送するだけだな。ンンッ」
俺は咳払いをして、第二の頭脳、サハスラーラチャクラを起動する。
『よう、元気してたかお前ら。早速だが祭りの第一夜の募集を掛ける。バザールにいる商人を好きなように襲え。日時は――――』
放送を終える。これでいい。あとは魔人どもで好きに楽しむだろう。復活の糸越しに、祭りにざわめく魔人たちの気配が伝わってくる。
続いて、俺たちの計画だ。メンツはとりあえず俺、アイス、オマケでローロ。ひとまずこの三人で一部隊とする。
クレイは自分の商店を守るので不参加。サンドラは実力があるから別部隊で良いだろう。トキシィは貴重な魔王軍枠なので今回は参加させない。他のメンツは自由参加。
肝心の俺たち三人の動き方について、俺は言った。
「一番強い奴を狙って襲おう。一番の金持ち、一番の用心棒。そこから連続でドンドン落としていく」
つまりは―――ヨルの商店だ。ヨルの商店から襲い、用心棒、大鹿エイクを倒す。それを景気づけに、次々とやっていく。
俺がそう言うと、アイス、ローロの二人はテンション高く同意した。
「うん……っ。そうしよ……!」
「お祭りだ~! イェーイ!」
満場一致で決まる。すると、クレイがメモの書かれた地図を渡してきた。
「ウェイド君、女帝ヨルを始めとした、大商人をリストにまとめておいたよ。可能なら、道の迷わないように下見しておくことをお勧めする」
「助かるぜ、クレイ」
クレイのメモに従って下見をし、侵入経路や万一の逃走経路、逃走手段を確認しておく。
本当に逃げるだけなら重力魔法で良いが、なるべく隠しておく方がいいからな。何せ相手は魔王軍だ。こんな前夜祭みたいな騒ぎで知られたくない。
あとは顔を隠すための仮面だったり、必要な物資を洗い出して揃えていく。
そうやって一通り綿密な計画を立て、準備をして数日。
とうとう、その日がやってくる。
同時多発強盗計画決行の日の夜、俺たちは目当ての大商店の前でたむろしていた。
大通り沿いにある商店なので、通路を魔王軍の兵が巡回している。他の魔人もまだ寝るには早いと、賑やかというほどではないにしろほどほどの通行量だ。
しかしそれでも夜。兵の巡回人数は少ないし、店は閉まり、通行人もそろそろ帰るかどうか、という雰囲気でいる。
俺たちは近くに建てられた時計塔を見つめる。作戦決行時間まで、あと数分だ。
ローロが口を開く。
「盗ったお金で~、何しよっかな~♡」
「……あ、そうか。奪ったら金が手に入るのか」
「え、大前提じゃな~い!? そこ忘れてたの~?」
「盲点だった」
全然興味なかったわ。クレイに全部渡して上手くやってもらうくらいのイメージだった。
それにアイスが、クスリと笑う。
「ウェイドくん、これから好きに暴れられるって、うずうずしてそれどころじゃないんだね……っ」
「アイスに隠し事は出来ないな」
そっちの方が俺としては本番というか。正直この数日ずっとソワソワしてた。
「大鹿エイク……楽しみだな。敵が使う、初めての支配領域だ。スラムのドンの元片腕でもあったんだろ? どんなのが出てくるか……!」
しかもその、スラムの王ことドン・フェンは、サンドラが太鼓判を押すくらいの実力者だ。その元片腕。ドン本人ではないにしても、十分に期待できるポジションになる。
最近強敵との戦闘に飢えていた俺としては、派手に戦える機会なんて垂涎ものだ。
ワクワクが止まらない。早く時間にならないかって、何度も時計塔を見ちゃう。
それに、ローロは言った。
「ご主人様とアイス様って、夫婦なんだっけ?」
「そう、だよ……っ」
「ああ。トキシィとサンドラもな」
「……重婚? ハーレム?」
ローロの純粋な興味の質問に、俺は何だか目を合わせられず、そっと視線を逸らして答える。
「……みんな平等にな」
「ウェイドくん、気にし過ぎだよ……っ。わたしたちはみんな、納得してみんなでお嫁さんやってるんだから……!」
「いや、うん。そうなんだけどさ」
心苦しさがゼロかと言ったら正直違う。三人にプロポーズするときは、どうやってすべきかとかすげー悩んだし。未だにアレが正解か悩んでるし。リージュもなぁ。
するとローロは言った。
「じゃあハイっ! ローロもお嫁さんに立候補ちべたいっ!」
「ローロちゃんは、ダメだよ……っ」
「なんでぇ! ハーレムならローロが居てもいいじゃ~ん!」
アイスに軽く凍らされ、涙目で抗議するローロ。
それにアイスは答える。
「ウェイドくんのお嫁さんは、ね? 自分よりも、ウェイドくんのことを考えてることが、条件、なの。ウェイドくんを幸せにすることより、自分が幸せになることを考えてるような人は、ダメ……!」
それに、俺は目を丸くする。魔人嫌いなだけかと思ったら、アイスの中ではちゃんと指針があって、ローロを俺から遠ざけようとしていたらしい。
すると、むくれながらローロは言う。
「じゃあ、ご主人様の幸せって何なの~?」
「……ウェイドくんの幸せは、楽しく戦うこと、だよ。実力が釣り合った人との、戦い。ウェイドくんは強いから、とってもとっても強い人と戦うことが、ウェイドくんの幸せ」
「そうなの~? ご主人様」
「……困った。否定したいが否定材料がない」
まるで俺が戦闘狂みたいだ。自分ではそんなことはないと思っているのだが。
すると、ローロは言った。
「なぁんだ! それならね! ローロ、ご主人様のこと幸せにできるよ?」
「ん?」
「だって、ご主人様より強くなって戦えば、ご主人様は幸せなんでしょ~♡ じゃあ~、ローロがご主人様のこと、ボコボコして可愛がってあげる♡」
蠱惑的に笑ってから、ローロは俺に強く抱き着いてきた。「ん~! ん~!」と顔を真っ赤にして唸っている。
「……ローロ、何してるんだ?」
「ご主人様のこと、サバ折りにしようとしてるの~!」
「なるほど……」
どこからどう見ても熱烈のハグでしかないのだが、ローロは本気らしい。っていうかローロ腕ほっそいな……。無理に力入れて怪我しないかと心配になる。
しかし、アイスの反応は違った。
「……ふぅん……?」
ローロを見る視線の色が、今までのそれとは明確に違うのが分かった。今までは嫌悪と拒絶の強かった視線が、今は大きく品定めに切り替わっている。
「ローロ、ちゃん。ウェイドくんを幸せにしたいって、思ってくれる、の……?」
「ご主人様のことボコボコにすればいいんでしょ~? そのくらいならローロ、頑張ってもいいよ~♡ ご主人様、いじめられるの好きみたいだから~」
「ここまでの話めちゃくちゃ曲解してるじゃん」
またしてもローロは何にも分かっていない。
その時、時計塔で鐘が鳴った。時間だ。とうとう、この時が来たのだ。
街の方々で、衝撃音が上がり始める。続いて悲鳴、怒号。始まったのだ、とそう思った。
「みんな、行くぞ」
「うん……っ」
「えいえい、お~!」
三人で、一斉に仮面をかぶり、大商店へと足を踏み出す。
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