第332話 商人ギルド
商談成立後数日経った辺りから、クレイが応接室に引きこもるようになった。
理由は簡単。商人を名乗る魔人が、ぞろぞろと列をなしてクレイの元にやってきたからだ。そのすべてに応対するから、クレイは応接室から出られなくなってしまった。
それがさらに三日程度。終わったころに、クレイはこう言った。
「近辺の商店、全部飲み込んだよ。みんな、お疲れ様」
俺も手伝いはしたが、流石の手腕に驚くばかりだ。何だこの恐ろしい商人は。
聞けば商店ごと商人を買い取る、という形式を取ったらしく、商人は雇われ店長として今後店を切り盛りしていく形式になったのだそうだ。M&Aって感じ。
だから、この近辺の商店は潰さないままに、すべてクレイの店の支店という形に落ち着いた。
「値段は僕が決めた通りにするように。いいね?」
その途端に、クレイは宣言通り値を吊り上げた。
一時的には客足が遠のいたが、他を当たるとなるとかなり遠くまで足を運ぶ必要がある。結局クレイのもとに客は戻った。
俺、アイス、ローロの三人はクレイの周りで下働きに終始していたが、全体的な売り上げのそれこれなどは共有されていた。
それで大体二週間ほど。簿記を確認して、俺は言う。
「訳わからんくらい儲けたな」
「地上でも結構貯めこんでた、けど……まさか白金貨を並べて見られる日が来るなんて……!」
「すっご~♡ 見たことないよこんなの~! 白いのに銀貨じゃない! わぁ~!」
「あははっ。大半は仕入れで消えるけどね」
白金貨が、三枚。それが、俺たちがこの二週間で上げた稼ぎだ。日本円換算で……9億? いや本当に意味が分からん。
「高価な商店まで巻き込んで飲み込めたのが大きかった。宝石、アーティファクト、不動産。この三つが稼ぎ頭だったね」
「あの仕入れ元そんなのも扱ってたのか。何で直接売らなかったんだ?」
「信用できる商人しか客にしないから扱える、っていう店だったみたいだね。実際まともに商談ができる辺り、魔人にしてはかなり行儀が良かったじゃないか」
「確かに。人間と話してるみたいだったな」
まともだったもんなぁ、と振り返ったり。古参っていうのも、フカシだった可能性もあるな。新参から見れば中堅も古参も同じに見えるし。
それで言えば、クレイが相手を気にせず商売ができるのは、アイスがいつでもどこでも氷兵を派遣できるからだろう。客が強奪してきても確殺できるからな。
「商人ギルドにも売り上げは報告することになってるからね。順位もかなり上がるはずだ」
「順位?」
「そういうのがあるんだよ。稼いだ分から割合でギルド費を納めるんだけど、その額が高ければ高いほど、商人ギルドで発言権が得られる。そうだな……」
クレイは、ちら、と俺を見た。
「みんなで試しに、商人ギルドに行ってみようか。それである程度、空気感も見えてくるんじゃないかな?」
クレイを筆頭とした俺、アイス、ローロの四人で、商人ギルドへと移動した。
手配した骨馬の馬車から降りて、俺たちはギルドの中に入った。内装は冒険者ギルドというよりも、以前訪れた治安悪ショタジジイ、コインの館に雰囲気が近い。
だがそれよりも豪勢で、例えるなら貴族のお屋敷と冒険者ギルドを足して二で割ったような、そんな広々とした建物だった。
「……金持ちエリア……」
ローロが珍しく渋い顔をしている。
「どうしたローロ」
「いや、その、昔こういうところに何も知らずに入ったことがあってさ~? ひどい目に遭ったもんだから」
「ひどい目? ……あ、言わなくていい。絶対聞いたら後悔するから言わなくていい」
「ご主人様ひどくな~い? ローロのことなんだと思ってるの?」
「心だけ強い不憫っ子」
「ふふ~ん。思ったよりいい評価!」
本当に心が強い。どんな人生を歩んだらここまでのメンタルを得られるというのか。
「失礼します。会員証を提示して下さい」
そんな会話をしつつ進む俺たちを引き留めたのは、礼儀正しい魔人だった。身なりが整っている辺り、ここの従僕か何かだろうか。
クレイが懐から、何かバッチのようなものを取り出す。
「はい、これ」
「確認いたします。……確認いたしました。クレイ様、並びにお連れの皆様、どうぞお入りください」
俺たちは目礼しつつ、中に進む。そこでは、商人たちがガヤガヤと会話を交わしていた。
誰も彼もが裕福そうな服を身に纏っていて、やれ「今回の儲けは」だの「うまくやりましたなぁ」だのと、景気のよさそうな話をしている。
中には、「魔王軍の高官連中との商売は、実に旨みがあっていいですな。儲けられますし、目障りな連中の排除までお願いできますから!」とあくどい話をしている者も。
流石はバザールで一番の組織と言ったところか。魔王軍とのつながりもあり、城下街の経済を一手に担っている。魔王軍でなくとも、金を武力に変えることもできるだろう。
「……」
俺は思案する。
商人ギルドで成り上がろう、という考えは、商人ギルドを隠れ蓑にした上で塔を落とそうという作戦を元に成り立っている。
商人ギルドに、魔王軍に反旗を翻させ、その隙に塔を奪取。俺たちが連れてきた魔人奴隷と金で雇った魔人で塔の制圧を維持。そんな考えでいたのだ。
だが、内情を見るに、全部飲み込もうとするのは少々困難かもしれない、と思い始める。
思ったよりも地盤が固い。クレイが弱小を飲み込んだ程度では、揺るがない土台があるように感じた。その証拠に、クレイはさして注目を集めていない。
だが一方で、そもそもどこまで商人ギルドを飲み込む必要があるのか、という事について、俺は考える。
俺たちがしたいのは、塔を落とす上で、商人ギルドを隠れ蓑にすることだ。
要は、『塔が落ちた! 怪しいのは商人ギルドだ!』そういう風に魔王軍が考えるようにしたい。
そうするために必要なのは、商人ギルドで成り上がることそのものではなく、商人ギルドの内情を知ることなのではないか。
つまりは―――もう俺たちは、すでに商人ギルドに罪を擦り付けるための土台なら、作れているんじゃないか?
今回の弱小商店の吸収で、クレイのギルド順位も上がったと思う。影響力のある大商人にも、直接会って話す機会くらい作れるようになったはずだし……。
そんなことを考えていると、アイスが「あ、ウェイド、くん……っ」と俺の袖を引いてくる。
「ん? どうした?」
アイスの指さす方を見ると、「良い商談ができましたわ」と話しながら、商人をゾロゾロと引き連れて歩く、豪奢な格好の女の姿があった。
「あれは……」
「ウェイド君。みんなを、そして君を連れてきたかった理由の一つが、彼女さ」
クレイは、頬笑みを湛えながらも、油断ならない目つきになる。
その女は、前評判の通り、まさに蛇女といった外見をしていた。
かなりキツイ釣り目で、話すたびにチロチロと二股に分かれる舌が見え隠れする。袖から覗く手の甲には蛇のような鱗が、光を反射していた。
「商人ギルド長。女帝ヨル。僕らが真の目的に至る前に、どうにかしておくべき相手の一人だ」
「そうなのか?」
「ああ。魔王軍に武器や食料を卸しているのが彼女の商会でね。その恩恵に魔王軍に直接守られているから、今は手出しできない」
なるほど、と俺はヨルを見る。
「これでまた、魔王様へたくさんの献上品を捧げられますわ。魔王様に栄光あれ! ウフフフフフフ」
クスクスと笑って、ヨルはそんなことを言う。周囲の商人たちもそれに追従する。
「確かに、障害になりそうだ」
俺はクレイの評価に賛同する。魔王軍を支える大商人。これは、上手くハメて魔王軍にぶつければその効果は大きいだろう。
そのとき、気付いた。
「……?」
今まさに話題にしていたヨルが、俺たちを見つめている。何だ? と思っていると、ヨルはこちらに手を差し出し、ちょいちょい、と手招きをしてきた。
「お前、こちらにおいでなさいな」
キョトンとする俺を横目に、クレイが前に出た。ヨルが否定をしない以上、クレイをご指名ということで良いのだろう。
クレイとヨルが直面する。クレイは敬意を表すように恭しく一礼するが、ヨルはアゴを上げて侮った様子を崩さない。
「お前が、最近ギルドに加入したクレイとか言う商人ね? 何でも周囲の小さな商店を買い取って、一部地域を牛耳っているとか……」
品定めするように言うヨルに、クレイは穏やかな微笑みで躱す。
「まさか! 牛耳っているだなんて、そんな。僕はただ、困っている商人のみなさんに、ほんの少しばかり助力していただけですよ」
黒いわぁ……。仕入れ元を独占して干上がらせて、周囲の商店全部買い叩いた人間の言葉とは思えない。
と思いつつも、それは人間の価値観の話。魔人商人の手口で考えれば、血が流れなかったというだけでかなり穏便になるのだとか。
それこそ、女帝ヨルは魔王軍に競合商店を平気で潰させるそうだ。裏金を渡して公的に相手は檻の中。それも、監禁が命より重い魔人に対して。
それを考えると、飲み込んで働かせるクレイは有情に思えてくる。
さて。そんなクレイの返答に、ヨルは「なるほどなるほど……」と鷹揚に頷く。それからニィィッと口端を吊り上げ、言った。
「生意気ね、お前」
痛烈な打撃が、クレイの頭に炸裂する。
「ッ!?」
クレイはうなだれ、血を流していた。何で殴られた、とヨルの手を見ると、そこには畳まれた扇のようなものがある。
鉄扇。武具を奪われるような場所で使われる、護身具の類だ。要は、扇と言い張れる鉄の棒で、強かに打ち据えられたらしい。
俺たちはその攻撃にとっさに反応するが、すぐにやめた。何故なら、クレイが何をしたのか分かったからだ。
クレイは、他のパーティメンバー同様に、自動防御を組んでいる。本来なら、今の一撃なんて意にも介さない。
だがそれを、あえて解いて殴られたのだ。そこには、『無力を装い油断を誘う』という、明確な意図がある。
「新参の癖に、キレイな手で稼いでくれてまぁ……。才能があれば簡単になり上がれるとでも? 傲慢、不遜、ああ生意気!」
言葉を重ねながら、何度もヨルはクレイを鉄扇で打ち据える。クレイは口を切ったのか、血を吐いて、脳を揺らされ倒される。
「クレイッ! ―――お前、何しやがる!」
俺は同行者として、当然予想される反応をすべく叫んだ。するとクレイは、俺たちに手を差し伸べて「いい……いいんだ」と制止してくる。
「はぁ!? いいって何だよ! これは、どういう……!」
「あら、なぁに? 仲間を巻き込まないようにしたの? うふふふっ、いじらしいわねぇ。その偽善! 反吐が出るわぁ!」
倒れたクレイを、何度も何度も踏みつけにするヨル。クレイはされるがままに、何度も踏みつけられる。
それからヨルは、俺たちを舐めるように眺めて言った。
「お前たちは知らないようだけれどね、この商人ギルドでは、ワタクシがルールなのよぉ? もしお前たちがワタクシに指一本でも触れれば……魔王軍が黙ってないわぁ」
クスクスとヨルは笑い、チロチロと二股に分かれた舌を出す。なるほど、これはムカツク蛇女だ。仕入れ元の支配人が嫌うのも分かる。
「ふぅ、気が済んだことだし、これ以降は隅っこで細々と商売をすることね。では皆さん、次の商談に参りましょうか」
ヨルはボロボロのクレイに、最後に一度蹴りを入れて、取り巻きと共に去っていった。俺たちは「クレイ!」と奴らが去るのを確認して、すぐに助け起こす。
「ウェイド、君……。相手のことは、分かったね……?」
「……ああ、過ぎるほどにな。お前が無事だってわかってても、あれは腹が立つぜ」
「ハハ。仲間思いだね、君は……。ともかく、だ」
クレイの顔に傷を覆うように、乾いた土が浮かんでくる。それらはすぐにさらに乾ききって、砂となって顔からはがれる。
そこには、すでに傷らしい傷は残っていなかった。クレイは傷の完治が周囲にバレないよう、俺の肩を借りてくる。
「バザールの女帝ヨル。アレが、僕らが巻き込むべき相手だ。……にしても、地獄では奴隷も一興、という言葉の意味が分かったよ」
そう言ったクレイは、実に悪い笑みを浮かべていた。
「こんな屈辱は、いつ以来だろうね。引きずり下ろすのが、実に楽しみになった」
俺はクレイに目を丸くして、それから「ああ」と相槌を打った。肩を貸しながら出口に向かいつつ、俺は言う。
「次の作戦は盛大にやろう。あの蛇女が、驚きすぎてアゴを外すくらい、ド派手にな」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます