第331話 商売の飲み込み方

 震える足でオークション部屋を出ていく司会者。それにアイスが氷鳥の監視をつけるのと同時、俺は指輪をこすって話しかける。


「クレイ、聞こえるか? 支配人の釣り出しに成功したから、こっちに来てくれ」


『分かった。ありがとう、ウェイド君』


 通話を閉じる。それからしばらく、支配人とクレイがその場に揃うのを待った。


 大体十分後、氷像に囲まれながら、俺たちは商談の席についていた。クレイを筆頭に俺、アイス、ローロが続き、向こうは支配人と司会者が並んでいる。


 支配人は警戒の表情で周りの凍り付いた客を見回してから、俺たちを見た。


「……何が目的だ。客を人質に取られても、私たちには無関係だろう」


 一旦強がってみせる辺り、まだ余裕がありそうだ。


 答えるのはアイスである。


「お客さん全員が氷になれば、あなたのお店から商品を買う人はいなくなる、よね……? そうすれば、あなたのお店は干上がってしまう。でしょ……っ?」


「……」


 支配人は口を開きかけては閉じる、を二度ほど繰り返して、それから司会者が並べた茶に手を付けた。


 ズズッと飲んで口を潤してから、こちらを、特にクレイを睨みつけてくる。


「つまり脅迫か。お前、見たことがあるぞ。最近商人ギルドに加わった新入りだな。古参の私をこんなやり方で脅して、上手くいくと思っているのか」


 クレイはしかし、余裕の笑みだ。


「あなた方が背後に備えている、傭兵部隊の戦力は、把握しています。そして彼らは、僕らには手も足も出ない。この氷像を見ればそれが分かると思いますが?」


「……チィッ!」


 悔しげに支配人は舌打ちをする。


 何のかんのと言っても、土壇場で一番発言権になるのは暴力だ。いつ効果を発揮するか分からない圧力なんて、遅すぎる。


「何が目的だ」


 俺たちへの脅しが効かないと分かって、支配人は問うてくる。


 クレイは悠然と答えた。


「商品、全部ウチに卸しませんか? 悪い値段では買いませんよ」


「……? ……。……ああ、なるほど。目的はウチじゃなく周りか」


 クレイの要求一つで、支配人はこちらの裏の意図を当ててくる。中々やるな、と俺は目を丸くする。


「というと、ここで氷漬けになっている連中、全員飲み込むつもりか? 奴らを干上がらせるために、ウチを狙ったのか」


「よく分かりますね。その通りです」


「ふん、よくあるやり口だ。狙われたことは一度や二度ではない。……まぁ、ここまで圧倒的な力でやられたことはなかったがな」


 支配人は鼻を鳴らして、それから腕を組んで考える。


「値段は? ウチはオークションや競りを主体にやっている。その分、それなりに高くつくぞ」


「問題ありません。全員干上がらせれば、ここ一帯で機能する商店は僕らのところだけですから。あとは好きなだけ値上げできます」


「ハハハハハッ! がめついな。がめつい。悪魔のようながめつさだ」


 支配人は笑って、さらに問うてきた。


「そこまでのがめつさは、城下街でも中々見ない。何が目的だ?」


「ウェイド君」


 クレイが俺に水を向けてくる。俺はキョトンとしてから、納得して支配人に向かった。


 不敵に笑う。足を組む。余裕さを演出しながら、俺は言う。


「まず、商人ギルドをモノにする。それを足掛かりに人員を確保し、魔王城を守る塔をすべて落とす」


 俺の話に、支配人は口をつぐむ。ある程度輪郭を掴んだ、と思っていたのだろう俺たちが、いきなり全容の見えない怪物に変わった、という顔をする。


「……塔を、落として、どうするつもりだ」


「……」


 俺は頭に付けた角を取る。支配人、司会者の両名が、顔を真っ青にする。


「―――魔王を殺す。俺たちは、そのために地上からニブルヘイムまで下りてきた」


 沈黙。凍えるような沈黙が、場を満たす。


 俺はそっと角を付けなおし、明るく話しかけた。


「そういう、祭りなんだ、これは。俺たちは千人を超える人員で街に散らばり、根を張り、この街に巣食い始めている。お前らには、その第一歩になってもらう」


「……な、なん、おま、人間……?」


「ああ、人間だ。お前ら魔人を虐殺して余りある力を持つ、人間だ」


 分かるだろ? と俺は詰めにかかる。


「お前らは、幸運なんだ。俺たちはこの街をぐちゃぐちゃにかき回して、ぶち壊しにして、魔王城に至る。お前らはそれを幸運にも今知ることができた」


「……先んじて動ける、と?」


「それもある。逃げてもいいさ。そうしたらこの商店を丸々もらうだけだ。だが、俺たちの下で動いてる魔人たちは、こういう気持ちでいる」


 俺はローロの頭に手を置いて、ニッと笑いかける。


「『魔王殺しなんてめちゃくちゃレアな祭り、乗るに決まってんだろ!』ってな」


「どうせ何しても死なないんだし、魔王殺しを見届けられるなんて乗らなきゃ損でしょ~!」


 ローロがノリノリで手を上げる。俺はカラカラと笑う。


 司会者はゾッとした表情で、身動きが取れなくなっていた。一方支配人は、真剣に考え込むように俯いている。


「……魔人はな、どんなにバカな奴でも、魔王様に反逆する、なんてことは言わない」


 支配人は言う。


「力の強い魔人は、なおさらだ。力の強い魔人ってのは、ない分賢いことが多い。思慮があれば魔王殺しなんて、口が裂けても言わない」


 『分けられて』って何だ?


「だがお前らは、少なくともその辺の魔人とは比べ物にならない強さを持っている。角を外したからには、本当に人間なんだろうさ。ああ、そうだ。信じるしかない」


 ひとしきり言ってから、支配人は口を閉ざした。下唇を噛んで、再び黙する。


 やっと口を開いたかと思えば、俺を見てこう言ってきた。


「商人ギルド、モノにするって言ってたな?」


「ああ。言った」


「なら、バザールの女帝。商人ギルド長、ヨルを落とすってことだな?」


 俺がクレイに視線をやると、クレイはただ頷いた。俺は支配人に向き直って「ああ、そうだ」と答える。


 支配人は、腹の据わった表情で俺を見た。


「……分かった。なら、条件を飲もう。卸値も市場価格で良い」


「へぇ? どういう心境の変化だ?」


「魔王殺し……ってのは、流石に現実味がない。何がどうなるのかも分からない。恐ろしさが勝つ。だが―――ヨル。あの何もかもを見下した、高慢の蛇女」


 支配人は、仄暗く笑う。


「奴が誰かの支配下に収まったり、ヘコヘコと頭を下げる姿は、金貨数千枚用意しても見れないもんだ。言ったからには、やってくれよ?」


「任せとけ」


 俺と支配人は握手を交わす。商談成立だ。


 それから支配人は、壇上に移った。それから「客を全員溶かしてくれ」というので、アイスに目配せして溶かしてもらう。


 すると、周囲の魔人たちが、「っ? な、何だ? 何があった? 今」「わ、分からんが、体の芯から凍えそうだ……!」とざわざわ言葉を交わしあう。


「―――来店のお客様に、ご連絡いたします。本日をもって、私共で行ってきたオークションの方を終了させていただきます」


 そこに、支配人の言葉が響いた。一瞬の沈黙の後、周囲の商人から怒号が飛び交う。


「ふざけんな! 俺はここしか仕入れ元がないんだぞ!」「そうだそうだ! それがいきなりそんなこと言われて、納得できるか!」


 ギャーギャーと騒ぎ立てる商人たち。立ち上がり、暴動となる寸前で、支配人は手を叩いた。


 奥で控えていたらしい傭兵たちが、ぞろぞろと俺たち客席を取り囲む。それで魔人商人たち全員が、語気を落として黙り込んだ。


「これは決定事項です。本日まで弊商店をご愛顧いただき、誠にありがとうございました」


 支配人は言い切って、そのままこの部屋を出ていった。


 周囲の魔人商人たちが嘆きの声を上げる。それを聞いて「ま、数日もあれば干上がるだろうね」とクレイは平気な顔で肩を竦めた。

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