第330話 オークションの潰し方
中に入ると魔人たちが木箱を抱えてせわしなく往来していた。
「客人、こっちだ」
「ああ」
俺たちは案内されるままに移動する。
そこは、多くの椅子の並べられた大部屋だった。他にも魔人たちが座って待機し、じっと集中した様子で正面を見つめている。
部屋の正面奥には演壇があり、そこに陽気そうな魔人が歩み寄った。
奴はルーン文字の刻まれた喉の辺りをなでる。だが攻撃というのではなく、準備という様子だ。手にカンペらしきメモを持っている。
「ええと、今日の商品は? うわ、今日も多いな……。支配人め、人遣いが荒いぜ。ったく」
何かブツブツ文句を言っている。雇われらしい。
俺たちのあとからもぞろぞろと魔人が出てきて、一通り椅子に座る。すると数字の書かれた札が回ってくる。俺たち三人は顔を見合わせて、何となく察した。
「これ競りか?」
「ぽい……ね。仕入れっていう話だし、そう言うことなのかも……?」
アイスは既知のものとして、周囲を見回した。俺は雰囲気で推測しただけだが、アイスの物言いからは懐かしさがうかがえる。
「セリ……? 野草の……? 二人とも何言ってるの~? あれは勝手に生えてるもので、わざわざ買うものじゃないよ~? ザコザコ~♡」
あとローロは何にも分かってない。
「あ、始まった……っ」
アイスの声につられて前を見ると、司会者らしき魔人の喉が、ルーン文字の光を宿している。
「レディース! アンド、ジェントルメーン! ようこそいらっしゃいました皆様方! それでは本日のオークションを始めたいと思います!」
ルーン魔術が拡声器の機能を果たしているのか、中々大きな部屋だが声が十分に通っている。
というか競りじゃないのかオークションなのか。オークションって個人売買のイメージあるんだけど。ここ仕入れの施設であってるよな?
「これ、多分古物商用のオークション、かも……。仕入れではあるけど、一品ものの方が多い、から……」
「ああ、なるほど。なら間違っちゃないか」
俺の納得に被せるように、司会者が声を張る。
「まずはこちらの商品から! こちらの商品は――――」
オークションが始まり、周囲の熱狂の雰囲気が満ち始める。扱う商品は、骨董品やアーティファクト、希少魔獣、魔人奴隷と様々だ。
「あんな落ち込んでる顔しても高く買ってもらえないのに……。まだまだ奴隷初心者だね~」
ローロが奴隷に対して、奴隷根性でマウントを取っている。
そんな中で、俺は腕を組み、アイスに問いかけた。
「どうする?」
「ん……どうしよっか……?」
二人、小声でやり取りだ。ちょっとイメージが違ったから、アプローチを考え直す必要がある。
元々の方針では、商談にかこつけてここの支配人に脅しをかけ、クレイ商店にのみ仕入れをさせるつもりでいたのだ。
だがこうなると、支配人には簡単に会えそうもない。他の策を考えるか、あるいは支配人につながる一手を探すか……。
「……ううむ」
どうしたもんか、と俺は思案する。
例えばここで暴れたらどうなるかを考える。
ここの魔人たちは死ぬだろう。だが各自の拠点で生き返る。俺のことが話題になり、魔王軍にまで話が行く可能性が出てくる。意味がないのにリスクはあるわけだ。
支配人も出てこないだろう。オークションが邪魔されたところで、客は死んでも生き返る。この手はないな、と安直な案をまず切って捨てる。
改めて思うのは、相手が魔人である以上、ただ暴れるのに意味がないということだ。
肉体的な死は魔人に存在しない。殺さずに身柄を拘束するか、精神的な服従を強いるかでないと、魔人をどうこうすることはできないのだ。
その意味で、俺が相手取れるのは、実はよほどの状況でもない限りは少人数に限られる。
重力魔法で全員一気にねじ伏せることもできるが、記憶に残ってしまうなら結局は同じだ。
となると……、と俺が首を捻っていると、アイスが言った。
「少し作戦考えたんけど、ウェイドくん、どう……っ?」
「おっ、頼もしいな。聞かせてくれ」
「うん……っ。その、えっと、ね……?」
アイスは少し照れながら、もじもじと話し出す。
「まず、このオークションを全部凍らせて、人質に取る、でしょ……? 死なせずに凍らせれば人質として機能するから、あとは支配人を出させて交渉する、とか」
俺の考えていた、重力魔法で全員ねじ伏せ案と同じだ。
そう考えていると、アイスはさらに付け加えた。
「この方法なら、凍っている商人たちは、全員その記憶は残らないし……っ」
「……おぉ」
感心の吐息が俺から漏れる。なるほど、それならいける。すごいぞアイス。
俺も似たようなシミュレーションを脳内でしたけど、なるほど、アイスなら上手くやれるのか。
とか思ってたらローロが俺たちを覗き込んでニヤリと笑う。
「あっ、支配人に会いたいの~? ならね~、ローロにもいい案があるよ!」
「お、マジ? 聞かせてくれよ」
「にひひっ。あのね、ローロを奴隷として出品するでしょ? すると買取で従業員とつながりができるから、そこか支配人までたどるって感じ。どう~? いい案でしょ」
「ローロ、俺なんか泣きそうだよ」
どれだけの奴隷経験をすれば、自然に自分を出品するという案を出せるのだろうか。
兄のレンニルが言ってたけど、本当に尊厳奪われつくして開き直ってるんだなこいつ。魔人の宿命という感じはするが。
「ど、どっちに、する……?」
「ローロの案だよね~♡ ご主人様~♡」
アイスとローロが俺の両サイドから迫ってくる。俺は躊躇うことなくこう言った。
「アイス、頼んだ」
「うん……っ! 任せ、て」
アイスの手の内から、氷鳥が飛んだ。ローロが抗議に声を上げる。
「えーっ! ローロの案、ダメ?」
「悪くないが、時間がかかるのと、脅しが弱いからな」
「ふーん? よく分かんな~い」
ローロが不貞腐れるのを見て、俺は笑ってしまう。
天井付近で、一羽だった氷鳥が、何十羽にも分裂した。それらは一斉に魔人たちの頭に着陸する。
アイスは、魔人商人たちに、動揺する時間さえ与えなかった。
「アイスブロウ」
俺たち以外のオークション参加者全員が、一気に凍り付く。
「それでは次の商ひ……ん……?」
司会者の語気が弱くなり、瞠目したまま俺たちを見つめる。とっさに逃げ出そうとした他の従業員たちも、すぐに氷鳥に捕まって凍り付いた。
「司会者、商談だ」
俺が言うと、「は、はい」と司会者は震える声で答える。
「支配人を連れてこい。逃げたり逃がしたりしたら、その時点でお前も氷漬けだ」
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