第329話 魔人商人の脅し方

 試しに近くの流通業者を訪ねると、堅牢な玄関扉の小さな目出し窓が開いて、こう問いかけられた。


「合言葉は」


「は?」


「合言葉は」


「……」


 そんなもん存在すら知らなかったので、俺たちは困惑と共に無言になってしまう。


 すると、確認係は言った。


「チッ、手間とらせんじゃねぇ、消えろゴミども!」


 ぴしゃっと目出し窓が閉ざされる。俺たちは渋面で目配せしあい、一旦その場から離れる。


「合言葉が必要らしいな」


「どう、する……? クレイくんは村人を指揮して独自の流通業者を使ってるらしい、から、多分この手の合言葉は知らない、と思うし……」


「ご主人様たちならあの程度の扉、普通に破れるんじゃないの~? ザコザコ腕力なの~?」


「破れるけどそれで騒ぎになって魔王軍来たら嫌だろ」


「あ~そっか~♡ ザコザコなのは腕力じゃなくて度胸だったみたいだね~♡」


 実に楽しそうに俺を煽るローロ。そんなローロの頭に手を添えて、アイスは言う。


「氷像に、なりたい……?」


「……なりたくない、かも~」


「じゃあ、ウェイドくんに、何ていうのかな……?」


「……ご主人様、図に乗って、ごめんなさいでした~♡」


 笑顔で脅すアイスに、従いつつも強がるローロ。俺は気になって聞いた。


「お前らもしかして仲いい?」


「よくないよ……っ!」


「ご主人様の目節穴過ぎじゃない?」


「いやだって、息ぴったりだったぞ二人とも。姉妹みたいだった」


 生意気な妹と、それを叱る穏やかだけど怖い姉、という感じだ。そう思うと外見もどことなく似ている気すらしてくる。


 俺がカラカラ笑うと、アイスとローロはお互いに妙な顔でにらみ合う。


「よし、合言葉を探すか。幸い、ここと繋がりがある商店のメモもある。まずはそこを当たろう」


「どこにあるの~?」


「隣の……」


 横を向くと、俺の視線の先で肉屋が声を張っている。


「いらっしゃいませー! 新鮮な肉が揃ってますよー! 魔獣はドラゴンから人面ネズミまで! 魔人は魔王軍の兵士からガキまで幅広く揃ってますよー!」


 そう叫ぶのは、極端に筋骨隆々の男だった。いわゆるチキンレッグというか、上半身の逞しさに対して下半身が鶏のように細い。


 そんな男が、血染めのエプロンを片手に、生肉を吊るして叫んでいるのだ。叫んでいる内容もそうだが、何というか、その。


「……」


 ホラー映画の殺人鬼みたいな奴が普通に商売してる絵面に、俺は静かに引いている。


「ウェイドくん……、あの人に、聞くの……?」


「あ、ああ……。何というか、アレだな。十中八九勝てるのに関わりたくないの、すごいな……」


 まだまだ地上の常識に囚われているんだな、と思う。今この瞬間にも距離を取りたいもんな。


 とか思ってたら、ローロが歩き出していた。


「ご主人様もアイス様もザコザコ~♡ ローロが代わりに行ってきてあげるね~! オジさーん!」


 ローロが蛮勇を発揮して肉屋に近づいていく。肉屋はチラとローロを見て「おや嬢ちゃん、どうしたんだい?」と尋ねた。


「あのね~? 隣の流通業者さんの中に入りたいから~、合言葉教えてほしくぺっ」


 肉屋の鋭いジャブが、ローロのアゴを掠めた。ローロは瞬時に意識を失い、肉屋はそっとローロを肩に担ぐ。


「新しい肉が手に入ったので仕込みに入りまーす!」


「待てよおい!」


 ローロが舐めたこと言ったのも悪かったけど、分からせるまでが早すぎるだろ! しかも仕込みに使うな! 肉にして売るな!


「何だおい、お前もこのガキの仲間か? お?」


「……」


 肉屋はすでに臨戦態勢で、ローロを担ぐのと反対の手で極太の肉切り包丁を手に取って構えている。


 俺は一つ嘆息して、周囲を見た。


 まださして注目されていない。


 つまり、今この瞬間で終わらせるのが、一番ということだ。


「―――フッ」


 俺は瞬時に肉屋の懐に入り込み、一撃、魔法の掛かっていない拳を、その鳩尾に叩き込んだ。


「……カ、ハ……?」


 意識の間隙を突かれたからだろう。肉屋は目を剥いてその場に崩れ落ちる。ローロが落ちるのをそっと俺は回収し、肉屋の髪を掴んでその耳に囁いた。


「実力差は分かっただろ。さっさと答えろ。でなきゃ、お前のところの商品を、全部お前の肉に変えてやる」


「ひ、ひぃぃいいっ!」


 俺の脅しに、肉屋は震えあがった。それから「わ、分かった。分かったから、何度も殺すのはやめてくれ」と命乞いをする。


「そ、そこの合言葉は、『金貨に貴賎なし』だ! もういいだろ? 放してくれ!」


「よし、話が早くて助かる」


 俺が解放して振り返ると、アイスが「あ」と言った。俺の背後で影が大きく伸びる。その頭上には包丁の影が高らかに上げられている。


「かかったなバカがぁ! お前ら全員今日の商品だッ!」


 魔人ならやるよな、と俺は「リポーション」と魔法を唱えた。


 リポーションは、俺が発動時点で触れていないモノに対する【反発】の魔法だ。だからローロは弾かれないまま、包丁は俺に届かない。


「ぐ……!? な、何だ……!? 何でこれ以上、近づけ、ない……!?」


「オブジェクトリポーション」


「ぎゃあっ?」


 俺が肉屋の店主にリポーションを掛けると、店主は強く地面から弾かれ、高らかに宙を舞った。魔法を解いたので、あと数秒後に落ちてくることだろう。


「よし、落ちてきたら流石に目立つから、俺たちはさっさと合言葉で入るぞ」


「う、うん……っ」


「は、はれ~? 何か、世界がクラクラしてる~?」


 アイスと共に、まだ混乱中のローロを抱えて隣の建物に移動する。「合言葉は?」という言葉に、「『金貨に貴賎なし』」と答えると、「入れ」と扉が開いた。


 三人で建物の中に入る。その直後に、パァンッと弾けるような音が、外の大通りから聞こえた。


「にひひっ、潰れたトマト~♡」


 ローロの呟きに、こいつのメンタルの強さちょっとすごいな、と俺は肩眉を上げてへの字口になる。

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