第328話 商店の戦い方

 アイスは、その夜も夢を見ていた。


 家族やその仲間たちと穏やかに過ごす日々。だが、不意にその平穏は破られた。


 それは、深夜のことだった。


 気持ちよく寝ていた家族のもとに、何者かが乗り込んできた。大人数で、力の強い何者か。


 それは、神々であると少し遅れて気づいた。


 北欧神話の主神オーディンを始めとした、有名神たち。それが、憎悪と嫌悪、そして恐怖の目でもって、自分たちを見つめていた。


 まず母が縛られた。猿ぐつわをかまされ、身動きも叫ぶこともできなくされた。


 次に、自分を含む狼のフェンリル、蛇のヨルムンガンド、そして自分。兄弟三人が攫われた。何度も何度も、お父様助けてと叫んだ。


 喉が枯れるまで叫び、叫び―――しかし父は現れなかった。


 現れなかったのだ。











 数日後、いくらかの修理を経て、俺たちはクレイの店を案内されていた。


「あの百貨店がマジでクレイのものになってる……」


「うまくいって良かったよ。と言っても、ここからが本番でもあるけどね」


 クレイは楽しそうにそう言った。それから「あ、君。それは奥の方だよ」と店員魔人に告げる。店員魔人は頷いて、クレイに指示した通り奥へと向かう。


「あの店員ってどうやって用意したんだ? 前の店主は奴隷だったみたいだが」


「ああ。元々バエル領から連れてきた村人だよ。人件費は掛からない方がいいからね」


 つまり奴隷ということだった。クレイはちゃんと地獄に染まったなぁと思う。来たばっかりの時は結構げんなりしてたのに。


 まぁ元々ちょっと黒いところのある奴ではあったからな。素質はあったのだろう。


 そんな話をしながら、俺たちは会議室に移動した。ウチの中核メンバーしか入れない部屋だ。ひとまずは店主のクレイに、俺、アイス、ローロが入れる。


 ……さらっとローロ中核入りしてんの、何というか対人能力の高さを感じるな。気づいたら懐に入りこまれていた、と改めて思う。


 俺は感心の思いで魔人のガキんちょのことを考えていると、アイスとローロが寄ってきた。集合時間数分前ってとこか。


「二人とも来たな。じゃあみんなで、大商人クレイ殿から、今後の展望について聞こうじゃないか」


「ウェイド君、やめてくれ」


「いやマジで大商人だと思ってるぞ俺は」


 渋い顔をするクレイに言うと、照れくさそうにクレイは頭を掻いた。それから「君はまったく……」と嘆息する。


 そこで、ローロが聞いてきた。


「ところで~、クレイ様ってご主人様の何なの~?」


「ん?」


 首を傾げるローロに、俺たち三人は首を傾げる。


 するとローロはこんな風に続けた。


「アイス様はご主人様のお嫁さんでしょ~? 他にもトキシィ様とかサンドラ様もでしょ~? で、クレイ様はご主人様の友達~、って思ってたんだけど~」


 ローロはバカにするように、クスクスと笑う。


「ご主人様たちのためにこんな稼いで貢いでるの、意味わかんな~いと思って~♡ だって女の子全員ご主人様に取られていぎゃっ」


「ローロ、ライン越えだ」


 俺はド失礼なことを言うローロの脳天に、少し強めのチョップを落とした。


「い、いひゃい……。ご主人様以外はバカにしてもしばかれないと思ったのに~!」


「そんな訳ないだろ」


 アホなことを抜かすローロに俺はため息をついて、「いいか?」と俺は教える。


「貢いでるんじゃなく、家族のために稼いでくれてるんだよ。仕事って言うのは立派な家事なんだ。その意味では、クレイは親友以上に俺の家族なんだぜ」


 俺はクレイと肩を組んで、ローロにニヤリ笑いかける。ローロはキョトンとし、クレイは「ウェイド君。君は気恥ずかしいことを臆面もなく言うね」と照れている。


「何だよ、本心だぞ? クレイ、お前は俺の相棒で、親友で、家族だ。他の嫁三人と同じでな」


 と、そこまで言って、俺は首を傾げる。


「……その意味では、稼いでもらって好き勝手してる俺は、クレイの嫁みたいなものなのか……?」


「ウェイド君、やめよう。さっきからずっとアイスさんがこわい。そろそろやめよう。止まろう。僕も死にたくない」


「え?」


 俺はアイスを見る。アイスはいつも通り、穏やかな笑みを浮かべている。


「クレイ、照れくさいからってアイスを使うのは良くないぞ?」


「違う! 違う! 見て! 今! 今のアイスさんを見て!」


「ひっ、アイス様の笑顔こわ……」


 俺がアイスを見る。アイスはいつも通り温かに微笑んでいる。


「お前ら二人掛かりでアイスのこといじめるなって」


「ちがっ! ああ、もういいよ! 放してくれ! 本題に入ろう! バザールでの作戦会議を始めるよ!」


 何故か半ギレでクレイは俺の肩組みを剥がして、コホンという咳払いと共に、キリリと表情を引き締める。


「まず、先日ウェイド君が提示してくれた通り、僕らは有力魔人である『女帝ヨル』を巻き込みに行く形で動き、最終的に塔の制圧を目指す」


「そうだな。それが俺たちの中間目標だ」


「で、その中間目標に至るまでの過程として、女帝ヨルに近づく必要がある。その前段階の細々とした商業活動を、バザールでの小目標として定めたいと思う」


「ああ、それで行こう」


 俺に追従して、アイス、ローロが「それでいいと思う、よ……っ」「はいは~い」と言った。


「良かった。で、ここからがその、細かい小目標を達成するための具体的な話だよ」


 クレイは前置きをして、本題に切り出した。


「ひとまず、僕らはこの店を上手く回して、商人ギルドを乗っ取るのを当面の小目標の軸としたい。そのためには、二つの指針で考える必要がある」


「二つの指針?」


「ああ。つまりは、『攻撃』と『防御』についてだ」


 いきなり戦いの話になったぞ。商売の話じゃなかったのか。


「『攻撃』は、つまり他店に対する攻撃だ。競争関係にある店よりも値段を下げたり、悪評をばらまいたり、仕入れを邪魔すること」


「間接的な攻撃ってエグく聞こえるよな」


「クレイくん、分かってる、ね……っ」


 商人の娘なアイスは、『大事な基本だよね』という顔をして頷いている。そうか商売人だとこれが基本になるのか。商人こわ。


「逆に『防御』は、文字通り他店からの攻撃をどれだけうまく躱すか、ということだ。価格競争のために仕入れ値を下げたり財産を蓄えたり、評判を操作したりイメージ戦略したり、仕入れ元をちゃんと守ったり、という感じだね」


「ご主人様~、クレイ様が話してる内容、何か戦争とかで聞いたことある気がするんだけど、気のせい~?」


「奇遇だなローロ。俺も戦争に似てるなって思ってた」


 イメージ戦略で自軍敵軍の士気を操ったり、兵站を攻めたり守ったりする、みたいなすごいコアな話をされている気分だ。


 もうそこまでするなら、直接攻撃しちゃえよ、という気持ちが湧かないでもない。いや、目立つと魔王討伐が遠のくから、派手なことはできないのだが。


「商人ギルドは、文字通り商人の集まりだ。稼いでいる奴が偉い、が基本原則。もっとも稼いでる人物がギルド長になる」


「つまりは、目障りな奴は全員なぎ倒せってことだな?」


「そうだね、ウェイド君。僕らはやり方を問わず、このバザールでもっとも稼いでいる店になる必要がある」


「やり方は問わずに、な」


 俺がオウム返しにすると、クレイは実に悪い微笑をする。悪ノリは楽しいから困りものだ。


「具体的な作戦は?」


「弱小の一掃と吸収。もしくはジャイアントキリング。ウェイド君はどっちがいいかな」


「まずは商人の戦いの基礎を知っておきたい。ザコから捌こう」


「分かった。それで行こう」


 俺たちの会話に、アイスがうんうん頷いている。「大きな店の吸収より、小さな店をたくさん吸収したほうが実入りもいいし、ね……っ!」と目を輝かせている。


「……アイスって商売の話好きだよな」


「あ、えと、お話は好き、だよ……っ? でもその、下手の横好きっていうか、何故か戦争の方がはるかに得意だったというか……」


 ……うん。何というか、アイスが戦争上手なのは本当というか。


「キャー! アイス様こわ~い!」


 ローロが怖がっているふりをして俺に抱き着いてくる。そのローロの頭を迅速に捕まえて、若干凍らせながら引きはがすアイスだ。


「ローロ、ちゃん……?」


「ひゃ~! 凍ってる凍ってる! あすっごい! 雪しか食べるものがなかった時のあのキーンってなる感覚が来てる!」


 ローロ、面白実況風に不憫な過去を垂れ流さないでほしい。


「ともかく、方針は決まりだ。クレイ、ザコの一掃の方針で考えるなら、効果的な策はどんなのがある?」


 俺が仕切りなおすと、「そうだね」とクレイは少し考えて話し出す。


「価格競争は、余裕のある大商店が小さな商店を一掃するための基本戦術だけど、長期戦になりやすい。イメージ戦略は個別に狙うなら威力があるけど、一掃には向かない」


「となると、仕入れ狙いか」


「そうなるね。バザールでは、色んなところに仕入れをしている流通業者がいくつかある。それを独占すれば、多くの商店が干上がるはずさ」


 さらりと語る割にえげつない手段である。地上でこんな話してたら悪魔と罵られても仕方がない。


 なお今回の場合は、相手が魔人なのでノーカンとする。


「僕は普通に店の運営をするから、ウェイド君たちでそちらを上手くやっておいてくれるかい? はい、これ」


 そう言って、クレイは折りたたまれた紙と、その上に置かれた指輪を差し出してきた。


 手渡された紙を開く。バザールの地図のようで、確認すると業者の場所と備考が書かれている。


「流通業者の場所と情報はこの紙にまとめておいたよ。あと、この指輪はアーティファクトでね。離れていても会話ができるんだ。上手く使ってくれると嬉しい」


「助かる。じゃあみんな行くか」


「うん……っ! いこっか、ウェイドくん……っ」


「ザコザコ商店、干上がらせちゃお~♡」


 俺、アイス、ローロの三人で部屋を出る。ノリノリのローロを、アイスが冷たい目で見ているのが印象的だった。

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