第327話 北欧神話語り

 次の方針として定めたのは、各陣営で一番の出世株、クレイを支援する、ということだった。


「サンドラたちスラムチーム、トキシィたち魔王軍チームは、引き続き各地域で情報収集活動を続けてくれ」


 そう言うと「まだ暴れ時じゃないみたいだね~」とピリアがムティーをからかった。ムティーは「かー、まだかよ……ゴミカスがぁ」と文句を言いながら、ぐでっと椅子にもたれる。


 まぁしばらくは大人しくしてて貰おう。出番は必ずある。


「で、クレイだが」


 俺はクレイに視線を向ける。


「クレイが上手くやれば、いろんなものを大規模に動かせるようになる。だからまずは、クレイがバザールのテッペンを取るのを手伝う。それが終わり次第、魔王城を守るタワーを取りに行く。魔人は娯楽でも動くが、金でもある程度動くはずだ」


 つまり、最初に着手するのは『バザールの陥落』、ということだ。


 俺が言うと、クレイは頷く。


「分かった。力を尽くすよ」


 クレイの言葉に、俺は笑みと共に頷いた。トキシィが「流れで魔王城は入れたらよかったんだけどね。ごめんね?」と申し訳なさそうな顔をしている。


「仕方ない。魔王城って魔王ヘルしか行き来できないんだろ? そしてそのヘルは、この数百年引きこもってると」


「それとなく聞いてみたけど、そういうことみたい。だから、ヘルの顔を知ってるのも、それこそスールのお父様くらいとか何とか」


 スールは黙して目を伏せている。俺は話題を戻した。


「って感じだ。ひとまずそれでいく。何か質問は?」


 静寂。これでいいか。そう思っていると、ムティーが「質問じゃねぇが」と手を上げる。


「ムティー、どうした?」


「今のうちに、このニブルヘイムにまつわる、神話を語っておこうかと思ってな。特に、ラグナロク周りの情報は、ヘルを知るにも役立つはずだ」


 ムティーの話に、明らかにみんなの興味が集まったのが分かった。俺は「そうだな」と首肯して、進行を投げることにする。


「じゃあ、方針の話は以上だ。ムティー、話を頼む」


「おう。じゃあ老人の昔話に、少し付き合ってくれや」


 ムティーはケタケタと笑って、話し始めた。


「まず前提だが、何故神話を語るか、という話を改めてしておく。オレたちが神話を知らなければならない理由だ。分かってない奴は?」


 問いかけに、「はい」「は~いっ」と魔人兄妹が手を上げる。


「魔人以外は分かってんのか。まぁお前らが戦うことになるとは思わんが……神話を知る理由ってのはひとえに、オレたちの敵が神である可能性が見込まれるからだ」


 ムティーは続ける。


「神を殺すにはただ実力一辺倒じゃ無理が出る。ならどうするかって言えば、神話をなぞることが神の弱点を突くことにつながる場合が多いからだ。特に不死の神なんかは必須だな」


 で、とムティーは言った。ここから、北欧神話の話が始まる。


「北欧神話がどこから始まるか……なんてしち面倒くさいはしねぇ。オレたちに必要なのは、あくまでも魔王ヘルについての情報だからな。だから、話す内容はその周辺に絞る」


 ムティーは一本指を立てた。


「魔王ヘル。奴には、同じを名を持った神、がいる。魔王と神で名前が一緒、なんて例はたまにあるが、実態として何があるかは知らん。だからここではその話は省く」


 気になるところだが、知らない話はできない、というスタンスらしい。


「女神ヘルは、ロキと呼ばれる神の子供だ。兄弟には世界蛇ヨルムンガンド、反逆の獣フェンリルがいる。ラグナロクにおいて最重要なのは、実はヘルではなくロキ、親の方だ」


「ロキ、か。前の邪神倒したときに、邪神が呼んでたな」


 邪神は倒れながら『許さぬ……! 許さぬぞロキ……!』としきりに呻いていた。あれは呪詛以外の何物でもなかった。


「ヘイムダルだな。神話ではロキと相打ちになる神だ。その神が邪神とはいえ辺境で討たれた……ってのは、意味づけするとしたらかなり示唆的になるが……」


 ムティーは咳払いをして仕切りなおす。


「ラグナロクってのは、神々の黄昏。世界の終焉だ。ロキを始めとした、神々に恨みある者共―――主に巨人たちが、こぞって反旗を翻す大戦争。それがラグナロクだ」


 巨人。数メートル程度の奴なら、クライナーツィルクスに居たな。ガンドとか言ったか。頬に鱗があったのを覚えている。


「起こるのは終焉と大災害。何だったか。夏を挟まない冬が三度続いて訪れ、地上の人間は飢えに苦しみ殺し合いを始めるのがスタートだったか」


 初手ろくでもないスタートである。


「次に太陽と月が死ぬ。北欧神話では、太陽と月の巡りは、追ってくる狼から逃げるためと解釈されててな。ついに追いつかれて、太陽も月も飲み込まれるんだ」


「それは、大惨事じゃないか?」


「ギャッハッハ! もちろんその通りだ。天から光は消え、星々はバラバラに落ちていく。大地は震え、木々は倒れ、山々は崩れ行く。だが、これだけじゃあ終わらない」


 祭りはここからだぜ、とムティーはニヤリ笑う。


「北欧神話は神々が巨人に勝った上で綴られる神話でな。神と巨人の対立が根っこにある。そしてラグナロクはその最終決戦だ。だから、巨人たちの戒めは一気に解かれる」


 ムティーは、立てていた一方指に二本追加し、三本の指を立てて見せた。


「まず解放されたのが、ヘルの兄弟、反逆の大狼フェンリルだ。グレイプニールって紐で拘束されてた奴。次に同じくヘルの兄弟、世界蛇ヨルムンガンドが動き出し、世界を囲いだす」


「囲いだす?」


「それができるくらいデカいんだよ」


 言われて思い出すのは、以前ぶつかった彫像だ。いや、デカかったけども。世界を囲うってどんだけだよ。アレ以上にデカイのかじゃあ。


「そして巨人の見張り番が、ラグナロクの始まりに竪琴を鳴らして巨人たちに合図を出す。世界中に散らばる雄鶏たちが騒ぎ出す。死者の爪で出来た船が、神々の国へと進みだす」


 予兆が続き、ゾワゾワと大決戦前夜感が高まっていく。


「乗り込むのはもちろん巨人たちだ。ヘルの連れる死者たちもいる。舵取りをするのが父親のロキ。ロキは神だが、巨人でもある。人を食ったような性格から、トリックスターとも呼ばれるな」


 ヘルの親で、神であると同時に巨人の首魁でもある。それがトリックスター・ロキだと。現状ヘルよりも存在感がある。


「ロキの話はおもろいのが多いから、酒のつまみにでも今度話すか。性格の悪い女装野郎とだけ覚えとけ」


「何だそりゃ」


 ムティーは俺のツッコミを気にせず続ける。


「そこで、世界の果てでスルトという炎の巨人が現れる。神々の国へと続く橋を渡り、橋はガラガラと崩れていく」


 落ちてるじゃん。それはいいのか?


「スルト……スール……似てる……」


「サンドラ様。恐れ多いことを言うのはおよしになってください」


 恐れ多いというか恐ろしいらしく、スールの顔は青い。


 ……というか、似てる、で言うとさっき聞いた各地の有力魔人たち、今出てきた神話の怪物たちに似てるよな。


 女帝ヨルは蛇に似てるとかだった。蛇。世界蛇ヨルムンガンドも、同じく蛇だ。


 ドン・フェンは狼の獣人魔人だ。狼。フェンリルもまた狼だった。


 ……流石に考えすぎか? と自嘲する俺を気にも止めず、ムティーは続ける。


「対する神々ももちろん黙っちゃいない。俺たちが倒したヘイムダルも含めて、大勢が出陣する」


 ムティーは楽しそうに続ける。


「北欧神話の主神。つまりもっとも偉い神々の王オーディンは、大狼フェンリルに食われて死ぬ。北欧神話最強と名高い大英雄、雷の神トールは世界蛇ヨルムンガンドと相打ちになる」


 主神軍神が続いてやられていく。


「フレイっつー豊穣の神が居てな、昔の北欧神話圏で一番栄えた国の祖先とされるんだが、こいつもスルトに殺される。そしてヘイムダルもロキと相打ちだ」


 全滅である。前世の記憶がありつつも、一応俺もこの世界で育った人間だ。神々への信仰がある分、神々がバンバン死んでいく展開は恐ろしいものがある。


「そして最後に、スルトが爆ぜる。あらゆる世界にスルトが放った荒れ狂う火が届き、焼かれ地獄絵図になる」


 ムティーは畳みかけるように言う。


「無論すべて死ぬ。大地も沈む。そんな大破滅こそが、オレたちが止めようとするラグナロクだ。勉強になっただろ?」


 ケタケタと笑うムティーに反し、聴衆はほぼ葬式ムードだ。


「勉強には、なったな。とりあえずマジで止める必要があるんだってことは分かった」


 大破滅も大破滅、ガチの世界終焉である。こんなのが地上にもたらされたら堪ったものではない。


 俺は主だった登場人物を整理する。神々はひとまずいいだろう。重要なのは、やはりヘルの周辺だ。


 兄弟にあたる大狼フェンリル、世界蛇ヨルムンガンド。突如現れる巨人スルト。


 そして一番重要そうな、ヘルたちの親、トリックスター・ロキ。


 魔王ヘル、女神ヘル。どちらにせよ、ヘルは謎に包まれている。俺は腕を組んで、どのように事が運ぶのだろうかと考えていた。








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