第326話 これから俺たちはどう動くのか
「俺たちの大目的は、魔王城に乗り込んで、魔王ヘルを殺すことだ」
俺は指を一本立てる。ここまでが大前提。
「で、その魔王城に乗り込むために、魔王城を守る塔を十個、制圧する必要がある。これが中目的」
「そうだね」「あの、各地域に並んでるやつだっけ?」
クレイの相槌、トキシィの確認に、俺は頷く。
「そうだ。で、その棟の制圧に際して障害がある。それは魔王軍。だが、俺たちはしばらく、魔王軍から姿を隠して動く必要がある」
「何で? さっさと襲撃に行けばいい」
サンドラの指摘に、俺は首を振る。
「ダメだ。俺たちは強くなったが、城下街を支配してる魔王軍にそのまま挑むのは危険だ。少なくとも、顔と魔王軍に対する反逆の意思、そして強さが早期にバレると苦しくなる」
「何で」
「端的に言うなら、1・塔すべての制圧には時間がかかるから、2・敵も強いから、そして3・魔人は復活するからだ」
敵の強さだけならまだしも、復活が要素としてかなり大きい。時間がかからなければアリだったが、塔が制圧しつづけなければならない性質上、それもダメ。
「例えば俺たちが本気で大暴れしても、塔の制圧には数日かかる。城下街は広いし、人数が足りないからな」
パーティメンバー五人に、師匠とスールで計八人。同時に襲撃しても、塔は二本余る。アイスはザコ相手の制圧ならいけるが、そこに実力者を投入されるとマズイ。
それに、敵戦力が分かっていない以上、個別に動いて負けた場合、取り返しがつかない可能性がある。
死者を出してまで急ぐ価値は、この任務にはない。ならば確実に、ゆっくりと動くべき、というのが俺の考えだ。
「だから、時間はかけて動くべきだ。けど、時間をかけて動く以上、敵の強さと魔人の復活が邪魔になってくる」
「というと」
サンドラが、まだ納得いかない、という顔で問い返してくる。無表情なのに何でこんな分かりやすいんだろうなこいつ。
俺は説明する。
「例えば俺たちが考えなしに大規模に暴れると、死んだ魔人兵士が復活して、俺たちの情報を中央に集める。死人に口なしは、このニブルヘイムでは起こらない」
すると、魔王軍の強い奴が、俺たちの情報を握る。
「魔王軍は俺たちを捜索するはずだ。人海戦術を使えば、いずれ俺たちの場所は割れる。そうなった時、夜襲でガチられるとヤバい」
「というと?」
「例えば、敵にスールと同じ支配領域使いがいたとする。そいつが夜襲で、いきなり寝てる俺たちに支配領域を使う。その時点で、運が悪ければ俺とムティー以外は死ぬ」
俺がそう言うと、師匠連中以外の全員が顔を青ざめさせる。俺はさらに続ける。
「で、俺たちの実力をちゃんと把握されている場合は、俺が敵方の大将なら、支配領域使いを五人から十人向かわせる。これだと確定で俺とムティー以外死ぬ。俺も危ない」
俺がそう説明すると、ムティーが嫌な顔をした。
「おいバカ弟子、買いかぶるな。オレも危ねぇよそれは」
「昔考えなしにやんちゃしたときヤバかったよねー。結局ウチとムティー以外死んだもんね?」
「あんときは若かった」
ムティーとピリアの話で、俺の推定が間違っていなかったと分かる。支配領域というのは、そのくらい強いのだ。
「だから俺たちは、土壇場になるまでは力を隠して動く必要がある。サンドラ、分かってくれたか?」
「分かった。本当に危ないならしない。慎重に動く」
「ありがとな。じゃあ話を戻して、塔をどう落とすか、という話なんだが」
俺はアイスに目をやる。アイスが俺に、書いてくれていたまとめを渡してくれる。
「俺たちは表立って動けない。だから代わりに、各地の有力魔人を突き動かし、隠れ蓑にして動く作戦で行こうと思ってる」
アイスが渡してくれたメモは、三分割したホールケーキのような図形だった。その中心に、小さな丸が書かれている。
中心の小さな丸には、魔王城。三分割されたケーキの部分には、それぞれバザール、スラム、サーカス、の三つの文言が入っている。
「これはアイスが作ってくれた、城下街の見取り図だ。円形の街全体は三分割されていて、各地域に分かれてる」
商業地区・バザール。金と欲望の渦巻く、金さえ積めばすべてが手に入る場所。
住居区・スラム。何も持たない人々が、拉致に暗殺と後ろ暗い手に染める場所。
歓楽区・サーカス。享楽の広がる、モノでは手に入らない愉悦を求める場所。
そしてその地域にそれぞれ、有力魔人の名前が刻まれている。
「このタワーを落とすために、俺たちは各地域の有力魔人を利用する。まずバザール」
俺はバザールに着目する。
「バザールで接触し利用すべき魔人は、商人ギルド長ヨルだ。こいつと敵対するにしろ味方につけるにしろ、巻き込んで動く必要がある。また、その過程で大鹿エイクが敵になる可能性が高い」
バザール - ◎商人ギルド長ヨル 〇用心棒エイク
俺はそんな風に書き足す。
「スラムで接触し利用すべき魔人は、巨大暗殺クラン『エーデ・ヴォルフ』だ。特にそのトップ、ドン・フェンが重要人物になる」
スラム - ◎ドン・フェン
最後に、俺はサーカスについて話す。
「サーカスで接触し利用すべき魔人は、残念ながら現状分からない。恐らくトップに君臨する何者かが居るはずだ。情報が集まり次第、そいつを巻き込んで動く必要がある」
サーカス - ◎???(不明)
「最後に、塔の制圧が終わったら、俺たちは魔王軍に奇襲をかけ、素早く残る四つの塔を掌握し、魔王城に乗り込むことになる。その際は、スールの家族が敵になるはずだ」
魔王軍 - ◎スールの家族
俺が書いた内容に、スールは首を横に振らなかった。
最初からその覚悟でついてきた、という顔をしている。良い顔だ。覚悟の決まった男の顔だ。
俺はみんなに向かう。
「この四つの段階を踏んで、俺たちは魔王城に乗り込み、魔王ヘルを倒す。俺たちは全力で力を振るえば大規模なことができるが、だからこそ隠れ蓑が重要になる」
「それが、各地の有力魔人たち、ということ、だよね……っ」
「そうだ、アイス。だからまず、俺たちは一地域ごとに、順番に落として行くことになる。有力魔人との接触、利用、塔の掌握。これを三回繰り返して、最後に魔王軍だ」
そう考えると、中々の大仕事だ。アレクめ、簡単に任せてくれやがって、と思わないでもない。
「ここまでが、みんなの話を総括して考えた主な指針になる。異論、もしくは他に何か情報がある奴はいるか? ちょっと気になるくらいでも報告してくれ」
俺が呼びかけると、一通りみんなは納得したようだった。
三地域を順番に攻め、最後に魔王軍、魔王城を落とす。
それだけ聞けばわかりやすい。
そこで、サンドラが手を上げた。
「はい」
「はいサンドラ」
ひょこっと手を上げるサンドラに水を向けると、「本当にちょっとした噂」と前置きして、こんなことを言い始めた。
「最近、城下街で流行ってる怪談がある」
「怪談?」
「そう。異様に強い、気味の悪い子供の話」
この地獄で怪談か、と俺は訝しみながら、サンドラの話を聞く。
「人探しをしてるみたいで、『○○を知ってるか?』みたいに問いかけてくる。で、子供だからとりあえず襲うと、気付いたらこっちが死んでる」
「襲っといて被害者面するの魔人って感じだな」
『とりあえず襲う』が常識の世界すごいぜ本当。良くない意味で。
そんな風に思っていると、続々とみんなが声を上げた。
「ウェイド君、その話は僕も聞いたよ。周りの魔人たちが随分と気味悪がってた」とクレイ。
「私も聞いたよ、ウェイド! 魔王軍の兵隊でも、この話はかなり広まってた」とトキシィ。
かなり有名な話らしい。俺は何だかしっくりこなくて、眉を顰める。
「んでも、それはただそいつが強いってだけの話じゃないのか? 何が怪談なんだ?」
俺が首をかしげると、レンニルが「あ、ご主人様、知らないんですか?」と補足する。
「人間と同じで、魔人も子供っていうのは弱いんですよ。ローロを見てください。あまりにも尊厳を奪われ過ぎて、この開き直りようです」
「イェーイ☆」
ローロはピースを眼もとに当ててウィンクし、舌を出してポーズを取っている。
「ローロは不憫なのに、全然同情する気湧かないんだよな」
「強く生きてるからね~」
先日は奴隷にされて、裸で吊るされていた女の子とは思えない逞しさである。しかし、と俺は考えて問う。
「けどローロって結構長年生きてる魔人だろ? 体は子供だけどそれ相応に強いとかってないのか?」
旅の途中だかその前だかで、そんな話を聞いた気がする。
レンニルもローロもとっくに数百年数千年と生きた魔人、という話だ。めちゃくちゃ驚いたので、これは間違いないはず。
するとローロはケロッとして答えた。
「え? いや、子供は弱いよ。肉体的な力もそうだし、魔術的にもそう」
「でも魔術って、体にルーンを刻むんだろ? 時間があれば強くなれるんじゃないのか?」
「魔人によって許容量も変わるからね~。苦労して刻んでも、どこかで拒絶反応出たら終わりだし」
「拒絶反応が出ると、魔人は死ぬんです。ですから、物理的にそれ以上魔術を習得できる量は限られてる。子供になれば、その量も減ります」
拒絶反応があるのか、と思う。痛みに耐えればどれだけでも刻まるのかと思ってたが、そう都合のいい話でもないらしい。
「って言っても、地上のザコ人間に比べたら全然強いけど~」
「生きた年数に限らず、地獄において、子供は子供です」
レンニルも追認する。俺は腕を組んで考える。
子供は弱い。長年生きても子供は弱い。魔人は長年生きても成長することはないということか? なら、魔人になったときの年齢がすべてと?
中々残酷な話だな……と思いつつ、ひとまずその話で飲み込んでおく。
「つまりサンドラの言う怪談は、『弱いはずの子供が、強いのが変』って話か」
「そうなる」
「ふぅん……? イマイチピンとこないが、とりあえず所属不明の実力者がいるって話と受け取っておくか」
他には? と呼びかける。だがもうそれ以外にはないようだ。
「よし。じゃあこれで、現時点での、メイン方針を決める会議を終了とする。三地域を順番に落として、最後に魔王軍、魔王城だ」
「重要なのは、身分を隠すこと。その際に、地域の有力魔人を隠れ蓑に利用すること、だね」
「クレイ、その通りだ」
クレイの確認に俺は微笑み返し、それから深呼吸をしてから、みんなに呼びかけた。
「さぁ、取り掛かるぞ。城下街を掌握し、魔王ヘルをしばきに行こう」
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