第325話 トキシィの見た城下街
トキシィは「情報収集ねぇ……どう動こうかなぁ」と迷っていると、ピリアに捕獲された。
「トキシィちゃん見―――っけ!」
「ひゃあ! ピリア! もー、驚かなさいでって!」
「キャハハッ、ごめんごめーん。師匠にはー、もっと寛大な心で接してよー!」
宿の酒場エリアで悩んでいたところ、背後から鎧の体でガッシリとホールドを受けたのだ。驚きもする。
そんなわけで、トキシィは不満な表情で「それで、何?」とピリアを見る。
「んー? 何か考え込んでなかなか動けなさそうだから、このお師匠様がトキシィちゃんを連れだしてあげようと思ってね!」
「よっ、余計なお世話だよ。私だってもう実力者なんだから、上手く動けるって」
「いーや、トキシィちゃんはそういうの弱いね! 自発的に動くのなんか
「う゛」
師匠だけあってよく見ているのか、ピリアの指摘は耳に痛いばかりだ。
トキシィは耳をふさいで「どっかいけー」とやりたい気分だったが、それではいつまで経っても情報など集まるまい。
だから嫌々ながら、ピリアに頼ることにした。
「分かったよ……それで、当てはあるの?」
「実はねー、ウチ、こんなのを見つけたんだよねー」
どや顔でピリアは、鎧の中から張り紙を取り出した。そこには、こんなことが書かれていた。
『魔王軍軍医募集中』
ピリアと嫌々魔王軍に赴く途中で、褐色の美男子スールが「おや」と近寄ってきた。
「トキシィ様、ピリア様、お二人で動いているのですか?」
「あ、スールだ。そうだよ。ピリアに無理やり連れられちゃって」
「師匠の親心ってやつでしょー」
「はははっ、仲がよろしくて大変いいですね。と、この道は……魔王軍へと向かうのですか?」
「うん。何かピリアがこんなもの見つけてきちゃってさー……」
トキシィがスールにチラシを見せると、スールは「ふむ」と確認する。
「であれば、ちょうどいい。ワタシも魔王軍に向かう予定だったので、ご一緒しても構いませんか?」
「そうなの? うん、いいよ。みんなでいこっか」
トキシィはスールの申し出を歓迎する。一人ではなかなか動き出せないトキシィだ。その意味では、人数が多いほど、身を任せるというか気が楽になる。
そんな訳で、トキシィは、ピリア、スールを伴った三人で魔王軍軍医試験に挑むこととなった。
と言っても、まさかいきなり、敵の本丸に入れてしまうわけもない。ま、試し試し、と思いながらトキシィは試験を受け―――
「では主席合格者を発表する! トキシィ!」
「……え?」
数日の試験を突破したトキシィは、何故か知らないが主席合格を果たしていた。
トキシィは冷や汗を流しながら表彰台に上り、滝汗を流しながら魔王軍での階級を告げられ、意識を朦朧とさせながら数々の書類にサインした。
何やら軍医試験には付随者合格という制度もあるらしく、ピリア、スールもトキシィの付随者として十分な能力を見せたとして、合格証を受け取っていた。
「いやぁー、流石トキシィちゃんだよね。あのスパルタ試験を難なく乗り越えちゃうんだから!」
「そうですね、ピリア様。以前から聞いていましたが、あの治しぶりはすさまじかった」
ピリアの持ち上げに、スールが深々と頷く。
「まさか戦場で、味方の落とされた四肢を繋げ、心肺停止状態を蘇生し、その上乗り込んできた敵を一掃するとは。いやはや、流石はトキシィ様です」
「……アノタタカイ、タイヘンダッタネ」
トキシィは無我夢中で動いていただけだ。なので、受かった実感とかない。絶対落ちると思っていたので、今でも夢じゃないかと疑っている。
そこで、外からドタドタと慌ただしい足音が聞こえた。何だと思って見ると、何やら偉そうな格好の魔人が、トキシィたちがサインを書いていた部屋に怒鳴り込んでくる。
「おい! この中にトキシィとかいう合格者はいるか!」
あ、やっぱり何か問題があったんだ、とトキシィは息を吐く。
抱くは謎の安心感。いやー自分でもこんなすんなり政府お抱えなんて、おかしいと思ったのだ。
「はい、私です」
そんなわけで、トキシィはさして緊張もせずに立ち上がった。「貴様か!」とお偉いさん魔人はトキシィを睨む。
「聞いたぞ、貴様すさまじい成績を残し、しかも随伴者に至るまで抜群の能力であったそうだな……? だが、その程度でこの軍医試験を突破できると思っては困る!」
「はい、どんな問題が?」
すっかり落とされる気でいたトキシィに、お偉いさんは言った。
「貴様は、身分が不明だ! 貴様の略歴はほとんど不透明で、信頼に値するのかと疑う者が多く出ている! 貴様はどこから来て、何をするつもりでいる!?」
トキシィは思った。想像するよりも遥かにまともな理由でダメそうだな、と。
確かに応募時点でそういうのは聞かれなかったが、魔王軍は魔王軍側で、ちゃんと合格者周りは調べていたらしい。
そういうのの虚偽判定、難しいもんね。とはかつては政治に近い司祭身分の父を持つトキシィの考えだ。
実際トキシィの背後関係は、この魔王城下街においては真っ黒そのもの。これ以上痛くもない腹を探られる前に、退散しますか、と決める。幸い、常識は身に付いたことだし。
そう思っていたら、スールが前に出て、こう言った。
「彼女の身分については、ワタシが保証しましょう」
「ん? お前はこいつの随伴者の……。ん? んん!?」
お偉いさんは、スールの顔を見るなり、何かに気付いたように目を剥いた。何? とトキシィは成り行きを見守る。
「貴様、いや、あなた様は、もしや出奔なされた、将軍のご子息の一人……?」
「はい。魔王軍の皆様方には、我が父、並びに兄、姉がお世話になっております」
何だ何だ? と怪しくなってきた成り行きに、トキシィは視線を右往左往させる。お偉いさんに思えた魔人は、腰を直角に曲げて、スールに首を垂れる。
「しっ、失礼いたしました! 将軍のご子息の関係者とはつゆ知らず……!」
「いえ、わざわざ言うまでもない、と黙っていたワタシが悪かったのです。可能であれば、家族にはこの件はご内密にお願いできますか?」
「はっ、はい! ご家族が知ったら喜ぶでしょうが……秘密にせよというのであれば、その通りに」
「ありがとうございます」
スールにまた一礼して、お偉いさんはその場を立ち去っていった。その様子に、「スール。お坊ちゃまだったんだ……」と感心するトキシィ。
それから一拍おいて、トキシィは気づくのだ。
アレ? じゃあ結局、本当に合格しちゃったの、私? と。
トキシィの話を聞いて、俺は感心しきりだ。
「すごいなそれ。まさかすでに潜り込んでるとは思わなかった」
「私もまさかまさかだよ……。絶対落ちた! って思ったら、スールが大逆転決めちゃうし」
「微力ながら、お力添えできたようで光栄です」
「いや、スールの存在も超重要だったな。案内人としてすべきことをしてくれた」
「恐縮です」
スールはあくまでも優雅に、そっと謙遜するばかり。ピリアは「スールちゃん、ただの驚き要因だと思ってたのに、やるぅ~」とスールをいじっている。
そこで俺は、素朴な疑問を一つ。
「……でも、魔人って死んでも復活するよな。軍医って必要なのか?」
俺が問うと、スールが「ああ、それはですね」と口を開く。
「何てことはありませんよ。魔王軍の兵士が死んだら、塔で復活する規定なのです。ですから、魔王軍は戦闘中、可能な限り死なない方がいい。復帰に時間がかかりますから」
「あー、そうか。塔以外で復活すると、塔が危ないもんな。でも、離れた場所での戦闘で死なれるのも困るから、軍医が頑張るしかない、と」
「大変だったよほんと~」
トキシィの愚痴に、みんなで笑う。俺は納得と共に感心だ。
「そうか……みんなやるな」
「ちなみにピリアは上手く乗っかって魔王城外苑で遊んでるよ」
「失礼な! アレは敵情視察って言うんだよ、トキシィちゃん」
「ギャハハ、弟子に叱られてやんの」
「ムティーだって遊んでるだけじゃん!」
ケタケタ笑うムティーにピリアが物申す。とりあえず師匠連中は当てにならないことを俺は悟り始める。
「これで全員か? ローロは俺たちと同じでバザール組だし」
俺が確認すると、レンニルがローロに尋ねる。
「ローロ、そうなのか?」
「うん。ほら、ちょっと前にお兄ちゃんがローロのこと置いてった日にね? 人攫いに遭って~」
「いくらで売れた?」
「結構高値だったけど、買主が変態で困ったよ~」
その会話に全員がやばい目で見る。俺たちも大概変わっている自覚はあるが、魔人兄妹の倫理観はこの場においても異様な雰囲気を放つのですごいと思う。
「ほ、他にはいないか? というか、サーカスについて情報ある奴はいないか?」
魔人兄妹の空気を遮るように俺が言うと、沈黙が続いた。いない、ということだろう。
唯一知り合いとして、クライナーツィルクスがいるが、あの三人も思えばあまり知っていることが少ない。しばらくは情報収集がいいだろう。
「分かった。じゃあ大まかに四つに整理すると、情報収集でみんなが主に動いていたのは、
・魔王軍にトキシィ、ピリア、スール。
・バザールに俺、アイス、クレイ、ローロ。
・スラムにサンドラ、ムティー、レンニル。
・サーカスは人員なし、って感じだな」
俺の取りまとめに、みんなが頷く。
俺は考えをまとめて、みんなに語り掛ける。
「よし。じゃあ全体的な情報を総括し、これから俺たちはどう動くのか、という話を始める」
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