第324話 クレイの見た城下街

 クレイは情報収集に動くにあたって、まず少額の商売から動くことに決めた。


「幸い種銭はあるしね。さて、どう動こうかなっと」


 クレイはアレクの指導の下で、投資や商売にはかなり長けている。


 だから城下街に入ってすぐ、この地域が商業地区に当たる地域だというのは分かったし、動くべき場所も目星をつけた。


「なるほど、表通りと裏通りで治安が違うのか。なら、チャンスがあるのは裏通りだね」


 人攫いらしき人物に何度か目を付けられたが、クレイはそういう輩の追い払い方も知っている。


 つまる話、力関係が分かればいいのだ。


「おっ、あいつ……」「デカいが、イケルか……?」


 例えばそう。周囲からこんな声が聞こえたら、すかさずクレイはこう切り出す。


「おっ、良いところに。君たち、いい話があるんだけど」


「っ。い、いや、間に合ってる」


 人攫いは、人攫いというつもりでいるから敵対してくる。だからクレイは、先んじて声を掛ける。僕がお前らを食ってやる、という姿勢を見せれば、戦わずして人攫いは退いていく。


 そうやって歩いていて、クレイは当たりを見つけた。


「おじいさん、露天ですか?」


「あん……? ああ、ああ、見てってくんなぁ」


 ぼろ布を敷いただけの地面に、雑に転がされたみすぼらしい品物。ものによっては泥にまみれている。常人なら、こんなものを買いはしない。


 だが、クレイの審美眼は、買いだと判断した。


「じゃあ、これと、これと、これを」


「えっ、か、買ってくれるのかい……? じゃ、じゃあ、銅貨二枚……」


「ありがとう、おじいさん。これでおいしいものでも食べてください」


 クレイは銀貨を渡して、施しという姿勢で老爺に告げる。周囲で「金持ちがよ……」「あいつ、手当たり次第に声かけてたおっかねぇ奴だろ。どんな仕事してんだ」と噂される。


 そしてそのすべてが、クレイの思惑の通りだった。


 クレイは受け取った品物を宿に戻って洗い、丁寧に磨いて、そのままの足で大手骨董品屋に赴いた。それらを差し出し、「買取願いです」と告げる。


 鑑定士は、クレイの足元を見たように鼻で笑った。


「あー? ああ、これね。二束三文だよ。銅貨一枚」


「へぇ? ずいぶん目利きができないみたいだ。ではここではなく違う場所で」


 クレイが帰ろうとすると、鑑定士必死の形相でクレイを引き留める。


「な、なぁんだ、坊ちゃん。モノの価値が分かるなら、最初から言ってくださいよ、へへ。ちゃ、ちゃんと鑑定しますんで、お願いしますよ」


「……では、よろしくお願いします」


 クレイは再び品物を差し出す。鑑定士は少し悩んで、こう言った。


「……金貨五枚。妥当な線だと思いますが、いかかです?」


 ―――クレイは、笑う。


 すべて、クレイの思惑通りだった。商業地区ならば、こういうことが起こる。モノの価値は常に流動的で、見る目がないと天にも至り地にも落ちる。


 だから、それを探していたのだ。買い取ったのも、施しという体でいれば疑われない。怖がられていれば襲われない。


 すべて完璧に、クレイの手のひらの上で事が進んでいた。


 だからクレイは、さらに言う。


「まだ足元を見てますね。これは大金貨二枚が妥当な金額のはずです」


「そっ、それは、店頭価格というものです。買取でその値段は出せません」


「では、そうですね。分かりました。金額は金貨七枚で良いです。十分儲けは出ますよね?」


「そ、それは、そうですが。……何が目的です?」


 クレイは、にっこりと微笑んで言う。


「何のことはありません。商人ギルドに参加させてください。新参なもので、ツテがなくて」


 ――――ここまでが、クレイの初日。クレイは一日で、自らが商人であるという身分を手に入れるに至った。






 それから数日の間は似たようなことを繰り返して、クレイは種銭を膨らませていた。


 やっていることは、俗にいう御用達商人に近かった。貴族など金を持っている魔人を狙って訪問し、上手くおだてて、極めて高額で売りさばいた。


 クレイは数日の間で、メキメキと業績を伸ばした。やりながら思うのは、やはり治安の悪さはチャンスの多さに直結している、ということ。


 キレイな街では、ここまでの荒稼ぎは出来ない。銀貨で買ったものが金貨で売れることなど、カルディツァではありえない。


 とはいえ、主目的はあくまでも情報収集。ある程度、魔人たちもクレイに一目置くような雰囲気を感じてきた辺りで、クレイは商人ギルドに赴いた。


「こんにちは、稼いでますか?」


「ボチボチです。クレイさんの方は、随分と景気が良いようで」


「ハハハ、運がいいだけですよ」


 商談の体で商人ギルドに赴き、魔人商人と歓談しながら、クレイは周囲の様子を観察する。


 街の常識レベルの情報はすでに網羅していた。だからここからは、この商業地区―――バザールについて、誰よりも詳しくなろうと考えていた。


 魔人商人と、酒と歓談を交わしながらしばらく話していると、派手な面々が歩いてくるのを見つける。


 その先頭で歩くのは、蛇を思わせる女性だった。


 キツイ釣り目、たまに唇からはみ出る二股の舌。豪奢な服。手の甲の鱗。彼女が歩けば、全員が道を開けた。


「ところで……あの方は?」


 クレイが小声で尋ねると、魔人商人は「ああ、彼女ですか」と小声で言った。


「この商人ギルドの長ですよ。通称、『女帝』ヨル。この商人ギルドで最も稼ぐ、我らが商売人の女帝です」


「ほう……それは立派なことで」


 クレイは皮肉っぽく言う。魔人商人の話す言葉に、忌々しさを感じたからだ。


 魔人商人は、クレイの思惑通り見事にそれに食いついた。


「そうなんですよ。あの方は実に横ぼ……こだわりの強い方で。その厳しさに、何人が商売を辞したか分かりません」


「それは、それは。ですが、商売というのはこう、横のつながりもあるものです。そんなことをしては、うまくいかないのでは?」


「それが、彼女の背後には魔王軍がついているとのことで。そう易々と手を出せないのです」


 ということは、襲撃が予定されたこともあったが、見事に返り討ちにされた過去がある、ということか。


 魔王軍との連携もある。まさに女帝、というところ。


「それに、もう彼女にはもう一つ盾があってですね」


 魔人商人が言った直後、かなり巨躯の獣人魔人が、商人ギルドに姿を現した。


 それは、鹿の獣人だった。角全体に、ルーン文字が入れられている。服に覆われてなお、全身の筋肉が浮き彫りになっていた。


 その獣人魔人を見つけるなり、女帝ヨルは駆け寄って、仲睦まじげに歓談を始める。魔人商人が「彼です」と言う。


「大鹿エイク。元はスラムの『エーデ・ヴォルフ』で、ドン・フェンの右腕をしていたという噂です」


「エーデ・ヴォルフ……」


 聞いたことがあった。スラムの暗殺ギルドでも、もっとも有名で大きなクラン。そのトップの力は、神に匹敵するという噂すら聞く。


「となると、彼も相当強いんですか」


「そうですね。かなり、強いと聞きます。曰く、彼の支配領域に呑まれれば、もはや何人たりとも逃れられない、と」


 支配領域、とクレイは思う。スールに見せてもらった記憶があるが、あれは人間相手では絶大な力を誇る。


 魔人ならば、一回殺されても復活するが、人間相手では絶望的だ。ほとんど確実に殺し、情報も取り込まれなければ分からない。


 しかし、ここは魔人の巣窟魔王城下街。クレイは大銀貨を差し出しながら、さらに小声で問う。


「彼の支配領域について、情報はありますか?」


「……彼に飲み込まれ、復活直後に塩となった魔人が、こう言い残したと聞きます」


 魔人商人は、大銀貨を受け取りながら、こう言った。


「『大鹿エイク』の支配領域には、古龍が潜んでいる、と」











 俺はクレイの話を聞き終えて、こう言った。


「ずっと思ってたけどクレイの商才すごいよな」


「アレクさん仕込みの商いだからね。このくらいは軽いものだよ」


 さらっと言ってのけるのだから、クレイも逞しい。元王族で商人の才能もあって、師匠は隣国の皇帝……主人公みたいだなこいつ。


「他にも、商人ギルドで連帯して行った事業がうまくいってね。僕もうまく噛んで、今日解体される予定の商店を、丸々買い取る予定なんだ」


 今日解体?


「……もしかして、大通りの?」


「うん。良く知っているね。ウェイド君もバザールで動いてたのかい?」


「ああ、俺とアイスはバザールで働いてはいたんだが……多分その店、俺とアイスで潰した店かもと思ってな」


「……世間は狭いね」


「だな」


 お互いに苦笑する。クレイは続ける。


「予定としては、次の事業も上手くやって、商人ギルドの長にまで成り上がってみようかな、と考えているんだ。そうすれば色々と動かせるものも増えてくるからね」


「面白いな、それ。具体的にはどうやって?」


「ひとまず、商店を大きくして、上手く商人ギルド長を罠に嵌めて退陣してもらって、ってとこかな。そしてその過程で立ちはだかるのが」


「件の大鹿エイク……って訳だな。確定で支配領域使いの敵か。それに、古龍の噂……中々ワクワクしてくる話だな」


「はははっ、ウェイド君らしい反応だ」


 クレイにからかわれ、俺は肩揺らしてくっくと笑う。


 クレイ、俺、アイスがバザールで活動していた人員、という感じらしい。上の流れをクレイが、俺とアイスで市井の雰囲気を、という分かれ方をしていたようだ。


 となると、気になるのが一人。


「トキシィはどこで何してたんだ?」


「私? 私はそのー、何というかー」


 何だか歯に物を詰まらせたような口ぶりで、トキシィは指を合わせる。


 そこに割り込むようにして、ピリアが言った。


「魔王軍で、お医者さんごっこしてるよ! トキシィちゃん、スールちゃん、ウチの三人でね」


「魔王軍!? よく潜り込めたな!」


 敵の本拠地じゃん! すっげ!


「あははー……。まぁその、成り行きがあってね」


 トキシィは、そんな風に語りだす。









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