第323話 サンドラの見た城下街

 俺は一人、大通りでその様子を眺めていた。


 俺たちが潜入した百貨店は、狙い通り魔王軍の一斉捜査で完全封鎖されていた。わずかな抵抗も数と武力で押しつぶし、店主も従業員も全員お縄についた。


 このやり方はしばらく擦ることになるかもな、と思いつつ、俺はそのままの足で、以前働いていたバーカウの骨董品店に向かう。


 そこは、先日の襲撃された姿のままだった。バーカウはいない。周囲の魔人たちに聞いても、誰も知らないと。


 クライナーツィルクスの三人も、探してはみたが見つからなかった。あの三人は強いから、また会えるとは思うが……。


 ニブルヘイムとは、こういう地なのかもしれない。足場は常に不安定で危うく、簡単に何もかもがなくなってしまう。それに慣れることこそ、真にことなのかもな、と。


「……帰るか」


 俺は感傷に浸りつつ、雪の降る街を進む。宿屋に戻り、扉を開く。


 その一階の酒場では、すでに俺が声を掛けたみんなが、腰を掛けて集まっていた。俺のパーティメンバーに、師匠連中、スールにレンニル・ローロの兄妹も。


「あ! ウェイド遅ーい! もー、みんなもう揃ってるよ!」


「悪い悪い。これで全員か?」


 トキシィの言葉に苦笑しつつ、俺は肩と頭の雪を払う。すると、クレイが答えた。


「全員だよ、ウェイド君。みんな揃ってる」


「よし。じゃあ早速取り仕切るか」


 頷き返し、俺はみんなの前に立つ。常に薄暗がりの満ちるニブルヘイムで、みんなの顔を暖炉の火がゆらゆらと照らしている。


「みんな、集まってくれてありがとな。今回集まってもらったのは、一旦みんなの近況を聞いて、本格的に作戦を立てて動こうと思ったからだ」


「ついにだな。まったく、暇で死ぬかと思ったぜ」


「ウチらはとにかく暴れまくるやりかたしか知らないもんねー! キャハハッ! でも、たまには新鮮でいいんじゃない?」


 ムティーとピリアの師匠二人が軽口を叩く。俺は肩を竦めつつ、「ということで、だ」と切り出す。


「ひとまず、全員の近況を聞いて回りたい。それを整理して、どう動こうかってのを考えられればと思ってる」


 俺が呼びかけると、サンドラが声を上げた。


「誰から話す?」


「言い出しっぺの法則でサンドラから」


「分かった」


 サンドラのここ最近の話が始まる。











 ここ最近のサンドラは、スラムで活動していた。


 サンドラはまともな仕事ができない。冒険者時代に、付き合いで鉄等級の仕事をいくつかこなしたときに、それを知った。


 なので、サンドラは仕事を探すときに、必ず荒事の気配から探っていく。そうやって荒事の気配につられて奥へ奥へと進んでいった結果―――


 何か知らないが、サンドラはスラムの暗殺ギルドに辿り着いていた。


「アンタ、腕が立つな。暗殺ギルドで働いてみないかい」


「分かった、やる」


 スラムに流れ着いて、人攫いに襲われ撃退。すると通行人にそんな風に誘われて、気付けばサンドラは暗殺者になっていた。


 元々強いし人殺しに頓着がないしで、荒事にひたすら向いているサンドラだ。素で魔人みたいな性格なサンドラには、スラムの空気が肌に合っていた。


 情報収集が主目的なのは分かっていたが、サンドラは積極的に話しかけるのは得意ではない。


 だからとりあえず、色々依頼を受ける過程で、どうにでもなるだろう、という考えで、ひたすら依頼をこなしていたのだ。


 さて、そんなある日のこと。


「ワンキル」


 『サーカスで調子に乗っている曲芸師を、観衆の目前で殺せ』という依頼をサクッと済ませた後、サンドラは暗殺ギルドへと戻っていた。


 道端でほとんど死んだように倒れる人々のことなどろくに気にもせず、サンドラは一人でスラムを歩く。偶に襲われるが、サンドラは難なく撃退する。


 すると正面から、巨大な狼の獣人を先頭にした集団が歩いてきた。


「……?」


 サンドラは、その物々しい雰囲気が気になったが、用もないので素通りしようと思ったのだ。


 しかし、向こうから話しかけられて、事態は変わった。


「お前、最近噂になってるやつだな。金の落雷とか呼ばれてる奴だ。違うか?」


 先頭の巨大な狼獣人の魔人に言われて、サンドラはこう返した。


「サンダーボルド」


 スラムで学んだこと。それは話しかけてきた奴は全員人攫いなので、殺すべきである、ということだ。


「うぉおっ、やるなァおい! ガハハハハッ!」


 しかし、大狼はそれを避けた。サンドラは少し目を見開いて、分が悪い、と踵を返す。


「サンダースピード」


 サンドラは雷の速度になって駆け出す。不意打ちを躱してくるような強者が、連れ合いを連れて歩いている。そこでさらに追撃を加えるほど、サンドラも命知らずではない。


 だが、大狼は追ってきた。


「おいおい! 一撃入れて逃げるたぁご挨拶じゃねぇか!? えぇ!?」


「っ……」


 サンドラは後ろを確認して、大狼以外がついてこられないことを確認する。


 それからさらに少し走ってから、サンドラは急停止した。大狼に向かう。パツパツ、と四肢に電気を漲らせる。


 それに大狼はやる気を見せて―――しかし首を振り、サンドラに制止の意図を示すように手のひらを突き出した。


「あぶねぇ、乗るところだった。ここでヤメだ。別に俺は、お前と殺し合いをするつもりはないんでな」


「……? じゃあ何で声を掛けたの」


 訝しむサンドラに、大狼は言う。


「いや、興味があったら声の一つも掛けるだろ。女一人の癖に、スラムを庭みたいに練り歩く強い奴って聞いたら、そりゃあ興味の一つも湧く」


「……そう」


 そういうものか、と思う。それから、相手を見る。


 強い。目の前の狼は強い奴だ。サンダーボルドを躱し、サンダースピードに追いついた。その上で余力を残している。


 今のサンドラは、殴竜シグに叩きのめされた頃のサンドラではない。実力をつけ、一度はシグを下した実力者だ。


 そんなサンドラについてくる以上、金はくだらない実力がある、と思う。下手をすれば白金級。


 だからサンドラは、手を差し出した。


「人攫いじゃないならいい。あたしはサンドラ」


「ガハハッ! カラッとした奴だな、気に入った! それに俺を知らないとは、豪胆な奴だ。ますます気に入ったぜ」


 大狼はサンドラの手を握り返し、こう言った。


「俺は、フェン。暗殺ギルド最大のクラン『エーデ・ヴォルフ』の頭領ドン。ドン・フェンと呼ばれてる」


 大狼は、そう語った。サンドラは、「覚えとく」とだけ告げて、また軽い足取りでその場を離れた。












 サンドラの話を聞いて、俺は頭を抱えていた。


「……『エーデ・ヴォルフ』の名前は、俺も聞いたことがある。スラム最大手の暗殺クラン。強い奴が、睨まれないように手出しを避けた場面も見た」


「強かった。仲良くなった」


 サンドラはドヤ顔でVサインだ。こいつマジで……と思うが、それもまたサンドラか、と思い直す。


「そうか……。何というか、サンドラらしいというか」


 この災い転じて福となす感じは、実にサンドラという感じがする。元々サンドラって敵だもんな。今では嫁だ。数奇な運命をしていると思わざるを得ない。


「ちなみに、ムティーとレンニルも、スラムでちょこちょこ動いてるのを見る」


「まぁな。好き勝手に暴れるのにはちょうどいい」


「俺もその、あまり愛想を売るのは苦手ですから」


 サンドラに指摘され、ムティー、レンニルは頷く。なるほど、その三人がそっちなのか。


 情報を整理したほうがいいな、と思って何か紙を探すと、すでにアイスが書記代わりにペンを走らせていた。頼りになるなぁと思いつつ、俺は任せることにする。


「次は、僕が話そうかな」


 手を上げたのは、クレイだった。それに俺は、「おっ」と声を上げる。


「じゃあクレイ頼む。今回の情報収集で、お前はどんな感じで動いたんだ?」


 俺が水を向けると、クレイはさらりとこう言った。


「出来ることを一つずつ、って感じかな。今はちょうど、商人ギルドで名前が売れてきてね。店を構えることになったんだ」


「クレイお前、この数日で一体何したんだ」


 数年頑張ってやっとだよ、みたいな話を、数日分の活動報告としてクレイは語り始める。








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