第322話 魔王軍高官を狙え!

 俺たちの考える大筋はこうだ。


 せっかく魔王軍高官が来ているなら、その高官をダシにして、この店の魔王反逆罪をでっちあげればいい。


 幸いにして、さらに調査したらバーカウ店主の盗まれた彫像が見つかったので、この店はクロ、という事も分かっている。


 あとは作戦を立てて、実行に移すだけ。


 俺、アイス、ローロの三人で、店主と高官が話しあう扉の近くの、人気のない場所を陣取って話し合っていた。


「作戦の方向性としては、主に二種類あると思ってる」


 俺はそう口火を切る。


「魔王軍高官をこの店で、魔王軍の調査を入れさせるやり方。もしくは、高官のヘイトをこの店に向けさせて魔王軍に戻して、この店をつぶさせるやり方」


「行方不明の方、は、時間がかかりそう……? 嫌疑を持たれて調査が来て、っていう風に、段階を踏むし……。あと、行方不明にする、っていうのが、少し難しい、かも……」


「ヘイトを向けさせる方は~、この店の店主の口のうまさ次第では失敗するかも~? うまく行けば話は早そうだけど~」


 アイスが前者、ローロが後者について言及する。どちらも妥当な指摘で、俺は頷く。


「行方不明の方は、ちょっとノウハウがないからな。殺さずに拉致するってだけなら多分難しくないが、どこかで解放とかその他もろもろを考えると面倒だ」


 人間のように殺して後始末、とはいかないのが魔人だ。殺したらイコールで解放となる。死人に口なしとはいかないから、面倒さが勝ちそうだ。


 強い魔人であれば、殺してからしばらくは復活しない、という話もあるが……当てにするのは良くないだろう。高官であることと強いことは一致しない場合もある。


「店主の口のうまさに関しては、殺せば短時間だが確実に潰せる。その間に高官が逃げ帰れば、あとは話なんて通じないだろ」


「じゃあ~、ご主人様はヘイト作戦で行くってこと?」


「そうだな。こっちにしよう。アイスもいいか?」


「うん……っ。ウェイドくんのしたいことが、わたしのしたいこと、だから……っ!」


「ありがとな。じゃあ行くぞ」


 俺たちは連れ立って歩き出す。ローロが「あ、いちお言っておくけど、ローロは戦わないからね? 巻き込まれて死にたくないし~!」と言うのに苦笑しつつ、扉に近づく。


 扉の前には、メイド服を着た魔人が二人、控えていた。呼ばれるのを待っている、という雰囲気だ。


 アイスが静かに氷鳥を放つ。チチッと鳴いて、氷鳥は二人のメイド魔人たちの頭上に飛ぶ。


「もういい……、よ?」


 アイスに言われて近づくと、メイドたちは身じろぎ一つしないまま、凍り付いて動かなくなっていた。まるで氷像のようだ、と思いながら、俺は視線を外す。


 それから、扉に耳を当てた。


『ガッハッハッハ! そうかそうか! 例の彫刻が手に入ったか! いやまったく、あの古物商には困らされていたからな。よくやったぞ』


『いえいえ……いつもお世話になっている大佐殿のためなら、このくらい』


 なるほど、と思う。元々は高官が欲しがったものであったらしい。それを横から奪ったのが、ここの店主だと。


『おい! もっと酒を持ってこい! 飛び切りの奴だ! 大佐殿をもっといい気分にして差し上げるのだ!』


 店主が部屋の中から命令をする。メイドたちは凍り付いて動かない。俺たちは目配せしあって、これを機とすることとした。


 深呼吸を一回。それで気持ちが整う。俺たちは揃って適当な布で顔を隠し、俺は「梵=我ブラフマン=アートマン」と呟き、扉に触れる。


 開戦の合図は、いつだって派手がいい。俺は、渾身の力で思い切り扉をぶん殴る。


 激しい破壊音と共に、扉が砕けながら室内に散らばった。店主が「なぁっ!?」とパニックに頭を抱え、一方高官は腰の軍刀を抜き放ちながら怒髪天になる。


「どういうことだ! 店主! 貴様謀ったか!」


「いえそんな滅そ」


 そこでアイスの氷鳥が店主の口を凍らせ閉ざす。俺は店主の否定を覆すように、高らかに宣言する。


「恨んでくれるなよ大佐殿! この店のさらなる躍進のため、お前にはここで消えてもらう!」


「―――あれほど苦心した彫刻を用意したのは、確実に私をここに呼ぶためか! してやられたぞ店主! 貴様は反逆罪で地下牢獄の奥の奥に送ってやる!」


「んー! んー!」


 店主は涙ながらに否定するが、すでに俺は高官に襲い掛かっている。デュランダルを普通の剣サイズに変更し、一般暗殺者、という体で跳躍からの切り付けを放つ。


 高官も流石戦闘慣れしていると見えて、上手く俺の一撃を受け止めた。「ふふ……! 中々やる……!」と俺を睨む。ごめんな手加減してて。


 俺は高官の危機感を煽るため、みんなに嘘の命令を出した。


「大佐殿を殺すなよ! 殺して逃げられたら作戦は失敗だ! 殺さずこの場で無力化し、スラムまで持ち帰る!」


「了、解……!」


「え? さっきの作戦とちがいたっ!?」


 アイスは嘘と分かった上で頷き、ローロは勘違いしてアイスに叩かれている。


 高官は俺を睨みながら、不敵に笑った。


「やはりスラムか……! ならず者の蔓延る下賤の民め。お前こそ我が剣技の錆にしてくれるわ」


「……お命、頂戴する……!」


 俺は会話からぼろが出ないように適当なことを言いつつ、手加減しながら切りかかる。高官は俺の剣を弾いて、反撃に転じようとしたところを俺が先んじて潰す。


 見せ方は、わずかに格上、というところだ。一瞬で詰めて殺しには来られないが、高官の手は確実につぶせる。そういう力量を演出する。


 あとは、手が滑ったふりをして殺せば、一番話が早い。高官は大軍を率いてこの店を潰しに来るだろう。その間に俺たちは、彫像を抱えて店に戻ればいい。


 俺は手元でデュランダルを回す。高官は「そろそろ魔術の使いどころだな……!」と腕をなぞった。ルーンの光が高官の軍服の下で輝きだす。


 さぁこい。それで焦った俺が、手を滑らせて殺す。完璧な流れだ――――


 そう、油断していた時だった。


 轟音と共に、壁を破壊しながら現れる者がいた。紫電を纏い一瞬にして店主を消し炭にする。高官は何か魔術を放って相殺するが、強く壁に打ち付けられて動けなくなる。


「ッ!? だ、れ……だ……?」


 俺は飛び込んできた相手の姿を見て、段々と語気を落とした。相手もすかさず戦闘の構えを取ったが、俺やアイスを見て小首を傾げる。


 乱入してきたのは、フードを被り暗殺者の出で立ちに身を包んだサンドラだった。


「……何で?」


 サンドラの呟きに、俺は口端を引きつらせる。こっちのセリフだよチクショウ。どうすんだこれ。


 事態は一気にややこしくなった。まず店主が死に、この場から解放された。しかも高官が死なないままでこの場にいる。何よりも、サンドラが何のためにこの場に来たのか分からない。


 サンドラも同じ考えのようで、ム、と口をすぼめて視線を巡らせている。


 ど、どうする? 俺は剣を構えながら冷や汗を垂らす。最近会ってなかったから、どういう事情で動いているのか全く分からない。報連相って大事だなと痛感する。


 そこで、サンドラが口を開いた。


「何者? あたしはここの店主に放たれた刺客。敵対するなら容赦はしない」


 ありがとう! 事情を教えてくれてありがとうだけど、あんまり状況は良くなってない! 高官は動けないままに俺たちを睨みつけてる!


 俺は警戒の素振りで応答する。


「俺たちは、ここの店主の依頼で高官に消えてもらおうと考えている」


 サンドラが、びくっ、と震えた。敵対関係が明確化してしまったからだろう。難しい顔になる。


 しかも俺たちのそれこれが実は嘘、というのも良くない。店主の動き次第で色々パーになる。時間の猶予はあまりない。


 だから俺は、提案した。


「あくどい話になるが―――俺たちは敵対しなくてもいいと思う」


「……? それは何故?」


「俺たちは、店主の護衛は頼まれていない。お前が店主を狙っても、妨害する理由がない」


「……分かった。それでいい。サンダースピード」


 僅かに口角を上げたサンドラは、次の瞬間には電気の残滓を置いて消えていた。俺は息を吐く。いろいろと危なかったな今回……。


 それから、満を持して高官に向き合う。さて、無力化されてしまったから、ここから下手を打って殺すのが難しくなったぞーどうするー?


 そう思っていたら、何を思ったか、ローロが「はいはーい!」と手を上げた。


がここから先やってい~い? スラムの暗殺者として、経験を積みたいの!」


「……? ああ、いいけど……」


「じゃあ~、えいっ!」


「あっ」


 何を勘違いしたのか、ローロはどこからか手に入れてきた刃物で、高官の頸動脈をすっぱり切った。それから「大成功♪」と俺たちにウィンクして舌を出す。


 ――――ローロ、マジでファインプレーだそれ!


「おい! 話を聞いてなかったのか! 大佐殿は殺さずにと言っただろ!」


「えっ!? あっ、、間違えちゃった……?」


「ああ……! くそ、この依頼は失敗だ……」


 俺は歯噛みする。アイスも眉を垂れさせて首を振る。呻いていた高官は、「すぐにこの店も、お前たちも潰してやるからな……」と言って絶命する。


 数秒の沈黙。高官が確かに死んだことを、アジナー・チャクラで確認する。


 ローロは言った。


「ローロ、いい仕事するでしょ~! ご主人様♪」


「今回は、お前の機転に助けられたよ。いい仕事だった」


 あの高官、見るからに強い魔人じゃなかったし、復活もすぐだろう。コトはうまく運ぶはずだ。


 俺は苦笑してローロの頭をなでる。ローロは「優しいご主人様は、長く生きててほしいからね~」と、にひひっと笑うのだった。







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